抜け出せ! 3
「うう……」
リカは泣いていた。同じことを強制的にやらされ、何度も「タケミカヅチ」という男に斬られた。
アヤの方面から逃げて、栄次に会うと決まってタケミカヅチに斬られる。
そう、もうすでに五回も最初と同じことをしている。
不気味な億物件の土地から、歴史神ナオ、そしてタケミカヅチ。
こちら方面は何度も同じ場面になってしまうのだ。
「もう……あの男に殺されたくない」
リカは栄次に泣きついていた。
「……」
栄次は困惑しながらリカを見据えている。栄次は毎回リカに初めて会っているため、リカの行動が理解できない。
「タケミカヅチが! 私を殺しに来る!」
「……大丈夫か? あの神がリカを狙う必要はないはずだ。怖い夢でも見たのだろう」
「ち、違う!」
この会話は前回したのだ。四回目の時、リカが怖がってナオに会いに行くのを渋った。その時に、栄次から「狙われる必要はないはずだ。安心しろ」と言われ、安心してついていったら殺されてしまった。
「もう嫌……怖い……痛い……」
リカが激しく泣くので、栄次は困惑したまま抱き寄せた。
「わかった。襲われること前提で行く。初動は俺が受け流す。安心しろ」
五回目に聞いたことのない言葉が出たので、震えながら栄次に頷いた。
そしてあの気味悪い億物件を通りすぎ、イタリアンレストランの壁にある階段を降りる。
栄次はリカを前に歩かせ、刀の鯉口を切った状態のまま、歴史書店に入った。
「失礼する」
「わっ! なんだよ! 栄次! 俺を殺しにきたの!?」
開口一番で、着物にワイシャツ姿の青年ムスビが顔を青くして栄次に叫んだ。
「ムスビ、ナオを守れ」
「は?」
ムスビが眉を寄せた刹那、栄次はリカを乱暴に倒し、刀を抜いた。甲高い金属音が響く。
「たけっ……たけみか……」
リカは半分過呼吸になりながら体を起こし、栄次と刃を交えている男を見る。
「はーあぁ。邪魔してほしくないなあー」
タケミカヅチは薄い笑みを浮かべながら栄次を力で押し付けていた。
「くっ……驚いたな……本当に襲ってくるとは」
「ど、どうなってるの?」
ムスビは目を丸くし、動揺しながらナオの元へと走る。
「ナオさん! なんかやべぇ!」
本に埋もれて眠っていたナオもあまりの異常性に目を開けた。
「タケミカヅチ!? 西の剣王がなぜここに……」
「俺達を処罰しにきたわけではなさそうだけど……ほら、俺達が住んでる高天原西のトップじゃん」
ムスビはなんだかわからずに強い結界を張り、栄次とタケミカヅチを離した。
「それがしの軍の……暦結神ムスビ、霊史直神ナオ。そこにいる女を渡せ」
タケミカヅチ、西の剣王は腰が抜けているリカを指差し、静かに言った。
「ちょ、ちょっと待って……この子、怯えちゃってるよ。あんた、何したんだ。この子に」
ムスビがリカの背中を撫でながら、剣王を睨み付けた。
「そうです。弱き者を蹂躙するような考え方はわたくしは嫌いですね」
ナオもリカに寄り添い、剣王に鋭く声をかけた。
「やーだねぇ。その子、こちらの世界を壊すんだよー。だから仕方ないんだよ」
剣王は軽く結界を破ると、平然とリカに近づいてきた。
「まずい……」
栄次が刀を振りかぶり、剣王に挑む。剣王タケミカヅチは剣神であり、軍神だ。
腕の立つ栄次でも勝てる相手ではない。
栄次は力負けし、尋常ではない力で剣王に弾き飛ばされ、歴史書の海に落とされた。
「な、なんだかわかりませんが、逃げます!」
ナオがどこからか巻物を取り出した。
「火の神、カグツチ!」
ナオは巻物に書いてある歴史を素早く読んだ。刹那、巻物からごうごうと炎の渦が舞い、剣王を攻撃し始めた。
「なるほどねぇ、読んだ神々の歴史を纏える能力かあ。じゃあ、これだ」
剣王は軽く笑うと、十束の剣「アメノオハバリ」を手から出現させた。
「アメノオハバリはイザナミ、イザナギ家系のみ出せる剣。そう、カグヅチを斬った剣だねぇ。それがしの父でもあるんだよー」
話しながら、きれいな装飾がされた不思議な剣でカグヅチをあっという間に斬ってしまった。
「ああ、油断したねぇ」
カグヅチが消えて、視界が晴れるとリカ達の姿がなかった。
「まあ、いいか。気配でどこにいるかわかる」
剣王はアメノオハバリを光に包んで消すとリカ達を追いかけていった。
※※
「はあ……はあ……」
リカの他に震えているナオとムスビを連れ、栄次は道を駆けた。
「急げ! 剣王はすぐに来る」
リカは目に涙を浮かべながら住宅街を走る。生きたいという生存本能からか、足の震えは収まり、必死で栄次についていくことが今のところできている。
「わたくし達も上司に逆らってしまったので今は逃げたいですね……」
「ですねー」
ナオとムスビは身を寄せ合ってリカの後を走っていた。
行き道とは逆に走り、住宅街を抜けて、大きな公園を突っ切ると目の前に図書館があった。
商店街とも住宅街とも違う、反対の方角だ。
「図書館……よし、行く道は決まった」
栄次が頷き、ナオとムスビも納得した顔をした。しかし、リカだけはわからない。
……図書館って逃げ場がなくなっちゃう……。
リカが困惑していると、公園の木の上から剣王が降ってきた。
「なっ!」
リカを頭から斬り落とそうとした刹那、栄次がすばやく剣王の剣を受け止める。
「……くっ……」
「あーあー、また受け止めるのぉ? 困っちゃうなあ」
剣王は呑気に言うが、栄次は剣王の力にじりじりと押され、声を発することができない。
……もう、ダメか。
リカはあきらめた。栄次に会ってナオに会うのは「死」しか待っていない。
……ならば、もうやらない。
次があるならば、ここを避ける。
「その前に……」
リカは青ざめているナオを見た。
「ナオさん、私が神かどうか調べて。私が死ぬ前に。お願いします!」
栄次が剣王と戦う僅かな時間でリカは自分がなんなのか知ることにした。
「……え……」
「はやく!」
リカの気迫にナオは戸惑いながら巻物を取り出し、リカに投げた。巻物はリカをまわり、ナオの横にいるムスビに吸い込まれ、消えた。
「……わかりました。あなたは……」
「リカっ!」
栄次の鋭い声が聞こえる。
剣の唸りも背中から感じる。
しかし、リカは動かずにナオを真っ直ぐ見据えた。ナオの言葉を聞き漏らさないように。
背中に衝撃が走る。
力がなくなる。
暗くなっていく……。
沢山の電子数字に囲まれながら、最期に聞こえた。
「あなたは、時神です」と。
ナオ
ムスビ