時空が歪む4
プラズマとサヨが幼いリカを連れて混乱しながら更夜がいる弐の世界へ入った。
「あねじゃー! あねじゃあああ!」
少年の泣き声が聞こえた。
「えいじっ!?」
プラズマとサヨは年齢が五歳あたりに落ちている栄次らしき少年を見た。
栄次は更夜に思い切りお尻を叩かれている。
「な、なにしてんだよ……」
「コイツ、いきなり刃物で斬りかかってきやがった。危なかったんでお仕置きをしている。とりあえず……だが」
動揺するプラズマに更夜は鋭く言ったが、かなり困惑していた。
お尻を叩いているチビッ子は栄次である。栄次が相手だからかわからないがかなり本気で叩いていた。栄次は大泣きだ。
リカはサヨの影に隠れ、サヨは顔を青くした。
「うっわ~……男の子には容赦ないわけ? かわいそうなんだけど」
「更夜、栄次だよな……。その子……」
「そうなのかわからんくらい危なっかしいガキだ! 赤子がいるんだぞ! わかってんのか、クソガキ!」
横で気持ち良さそうにアヤが寝ている。ちゃんとベビーベッドが用意されていた。
「……更夜、もしかすると栄次も当時の五歳に戻っている可能性がある。姉貴を呼んでいる……。お姉様が戦で亡くなった時期で、たぶん、大人の男が全部敵に見えているんだ。殺さないと殺されると思ってる。混乱してるんだ」
プラズマがそう言い、更夜は叩く手を止めた。
「……そうなのか? 栄次」
小さくなった栄次は子供らしく泣きながら頷いた。
「悪かったな……。乱暴なガキだと思っちまった」
更夜の言葉を聞きながら、栄次は包丁を元あった台所へと返し、お尻をさすりながら戻ってきた。
「あねじゃは……あねじゃが見つからん」
いつも着ていた袴や着物が着れなくなり、裸のまま、突然更夜を襲ったらしい。当時の栄次のまんまなのか、栄養管理ができておらず、かなり細い。
「……当時の農村、確かにガキは裸でウロウロしていたが、今は服を着ろ。あー……ルナのしかねぇ……」
更夜はとりあえず栄次にルナの服を着せた。
「なんだ、これは……服か?」
「服だ。着とけ」
「わかった」
栄次は更夜が危害を加えてくる男ではないと判断し、更夜に従った。
「さ、先ほどはご無礼を……申し訳ありませんでした」
栄次が更夜に頭を下げ、あやまった。更夜をお偉いさんの武家だと思っているようだ。
「本当に栄次なのかわからんくらいにガキだな……」
「あねじゃを知っていますか?」
鼻をすすりながら泣く栄次は姉をずっと探している。
「お前の姉は死んだ」
更夜は栄次の肩に手を乗せ、静かに言った。栄次は絶望的な顔になり、その場で崩れ落ちて大声で泣き始めた。
「……おサムライさん……こんな状態からひとりで立ち上がったんだね……」
サヨが栄次の頭を優しく撫でる。栄次は突然、サヨにしがみつき、震え、顔をサヨの胸に押し付け泣き始めた。
「あねじゃ……あねじゃっ」
「……皆……こんな感じで……どうするの? プラズマくん……」
サヨはプラズマを仰ぐ。
「……栄次はリカが思い付く物語に左右されてるな。アヤは本当にルナが原因なのか……? 俺もどうしたらいいかわからねぇ……。更夜、ルナはそちらに任せていいか? 俺はこれから歴史神に……」
プラズマが最後まで言い終わる前にリカがプラズマに絵を見せた。
「栄次お兄ちゃんもおそろい! プラズマお兄ちゃんも小さくなりました! なんか、『夢』の世界はマナの思いどおりになって不思議」
「……っ」
プラズマが怯えた顔をした刹那、体が突然、光りに包まれ、プラズマは五歳あたりの少年へと変わった。立ち上がると服が脱げて裸になる。
「なっ……プラズマくん!?」
「ガキになりやがった!」
サヨと更夜は目を丸くし、リカはきょとんとした顔をしつつ、裸のプラズマに頬を赤く染めた。
「……おたあさま? 我の本日のやることは終わりました。おたあさまは何処ぞ? また倉は嫌です! 今日はちゃんと我はやりました! 『未来見』は正しく行いました……。我は……」
プラズマは何故裸にさせられているのかわからず、サヨと更夜を怯えた目で見上げた。
「……なんだ、お前、『未来見』の仕事をちゃんとやらないと罰があったのか」
更夜が尋ね、プラズマは下を向いた。
「誰ぞ……おたあさまの付き人か? 本日のやることはやりました。我をほめてください……。倉は嫌です。我は……しっかり業務を行いました!」
「倉ってなに?」
サヨが動揺しながら聞いた。
「我が業務をこなせないと柱に縛り付けられて暗い倉に一日閉じ込められるのだ。怖い……」
「酷いな……」
サヨが唸る。
「まわりはプラズマの『未来見』が世界を左右していると思っていたんだろうな。プラズマの『未来見』にとりつかれてるんだ。だから、『未来見』で絞首刑の者の未来を見たプラズマが怖がるのを、何かしらの罰を与えて従わせていたんだろうな」
「そういうことか。かわいそうだね……」
サヨはなんとも言えない顔でプラズマを見た後、不安そうに更夜を仰いだ。
「おじいちゃん、どうする? これから……」
「とりあえず、ルナの服を着せる……。プラズマも栄次もかなり痩せてるな……。苦労したんだな、ガキの頃から」
更夜はプラズマにルナの服を渡した。
「……これはなんぞ?」
プラズマは服かどうかもわかっていない。彼は奈良時代の人間だった。あまりに時代が離れすぎていて、会話も通じなそうだ。
「服だぞ。ここに頭を入れる、ここに手を入れて着る」
横から五歳の栄次が声をかけ、プラズマは迷いながらなんとか服を着た。
「なんぞ、これは。軽い上、あたたかい」
「俺は少々、かさばる」
二人は男の子同士で安心したのか、なんとなくの会話を始めた。
「我は紅雷王。お前は誰ぞ?」
「俺は栄次だ」
「そうか。童を見たことがなかった故、お前は珍しき」
「そうなのか」
プラズマが静かに話し、栄次がてきとうに答える。
「おなごがおる」
「おなごだな」
二人はリカを見て首を傾げた。
「よろしく! マナっていうの。一緒に遊ぼう」
「何をするか? おなごを見たことがない故、わからない」
「おなごとは遊んだことはない」
二人が困っているとリカは満面の笑顔で笑った。
「おはなし、作ろうか! お絵描きもできるよ!」
リカは栄次とプラズマを机の前に座らせ、紙を渡し、クレヨンを見せた。
サヨは冷や汗をかきながら、三人を見て、言葉を慌てて発する。
「ね、ねぇ! もう子供にするネタはやめてくれるかな?」
「わかった。違うおはなし、書こうかな」
リカの発言にサヨは「嫌な予感がするけど……」と苦笑いをした。
「文字は書けん。それから尻が痛くて座れん……。こんなに尻を叩かれたのは初めてだ。ズンズン痛い」
栄次が半泣きで尻をさすっていたので、更夜が座布団を三枚に重ねて、その上に栄次を座らせた。
「悪かったな。二百発くらい一気にマジでぶっ叩いたからな」
「おじいちゃん! かわいそうなんだけど! 泣いてるじゃん!」
「栄次だから大丈夫だろ。こいつらに夕飯を食べさせる。ガリガリすぎて見ていられん。リカはかわいいがな。それよりもトケイとスズだ。ルナは見つけたのか?」
更夜が未だに連絡がない二人を心配する。
「……うーん。見に行こうか?」
サヨが更夜にそう尋ねたが、更夜は首を横に振った。
「俺は動けない。だから、お前は歴史神に今すぐ助けを求めに行け。プラズマが歴史神に相談しようとしていたからな。まあ、歴史神は何かを握っているようだがな」
「そうだね。トケイって子は信頼していいの?」
「心配ではあるが、彼を頼るしか今はないんだ。仕方あるまい」
アヤが泣き出した。
更夜はアヤを抱きかかえ、あやし始めた。
「泣かなくていいぞ。俺はすぐそこにいるからな……。アヤ……。静夜に……ハルにそっくりだ。泣きたいのは俺だぞ」
更夜の優しい声を聞きつつ、サヨは顔を引き締め、壱の世界への扉を開き、壱へと向かった。