時空が歪む2
サヨに連れられてプラズマは壱の世界(現世)に帰ってきた。
時神の家に出られるようにサヨが扉を調整しているため、プラズマとサヨはいきなり、畳の部屋に足をつけることになった。とりあえず靴を脱いで縁側に置く。
「帰ってきたか! こちらのルナが眠り、アヤとリカが!」
栄次がアヤを抱えて慌てながらプラズマとサヨを迎えた。
アヤは四歳くらいに年齢が下がり、リカは六歳あたりになっていた。本当に子供に戻っている。
「これはまずい……」
「アヤは徐々に年齢が落ちていっている……。このままだと」
「消滅だな……」
プラズマは冷や汗をかきながら小さくなったアヤに目線を合わせた。アヤは心まで当時に戻っているようだ。
「……アヤちゃん、俺がわかるかな?」
プラズマは記憶の確認をした。
「……わかりません……。ぱぱ、ままのところに帰らなくて良くなったの?」
アヤは両親に顔が似てなかったため、虐待されていた過去を以前、プラズマに話していた。
アヤは親の元へ帰りたくないのだ。プラズマは震えているアヤの頭を撫でると優しい顔で微笑む。
「何にもしないよ。知らない人に囲まれたら、怖いよな。服は着替えたのかな?」
「はい。おうちにあった小さいのを着ました。……あの……お腹、すいた。おやつ……」
「さっきロールケーキ食べたんじゃないの? もうおやつはおしまい」
プラズマがそう言うとアヤは納得ができなかったのか泣き始めた。アヤは大泣きタイプではなく、静かに泣くタイプのようだ。
「しょうがねぇな……。かっわいい……」
プラズマはアヤをだっこしてなだめ、リカに目を向ける。
リカは外見六歳くらいで、紙とクレヨンで何かを夢中で描いていた。その横でこちらのルナが倒れ、眠っていた。
「ルナは寝てるだけか?」
栄次にプラズマは尋ねる。
「ああ、そのようだ。人間にはない現象がアヤとリカに起こったため、夢の処理となるようだ」
栄次が答え、プラズマはリカを見つつ、頷いた。
「なるほど……。服とかよく見つかったな……。ああ、うちによく遊びに来るルナの着替えか。リカは……なに描いてるんだ……? ……これは」
プラズマが覗き込むと、リカはプラズマと栄次を描いていた。
鏡文字も書きつつ「かこしん」、「みらいしん」と横に書いていた。
「俺達か」
「わたしのせかいを描いてます」
六歳のリカが笑顔でプラズマに言う。
「時間はだいじ。でしょ?」
リカの雰囲気ではない。
リカはもっと元気で明るい。
今はどちらかというと……マナ。
アマノミナカヌシ、マナだ。
「お絵かき楽しい。おはなし、作ったよ?」
リカがプラズマと栄次に描いた絵を見せる。
「お話、すごいな」
「時の神様が大活躍するおはなし! トキのせかいで時間を見てる。トキのせかいでは役割がある。役割とかルールを破った『かみさま』は罰が飛ぶ。女の子のかみさまがいてね、ルナにしようかな! ルナはルールを破っちゃうの。それでね……」
まるで今後の動きを話しているかのようにリカは作ったお話を語る。聞きながら栄次とプラズマは顔を青くした。
「それでね、時神のアヤが……お兄さん達、聞いてる? 『マナ』のおはなしおもしろくない?」
「……!」
リカから『マナ』の単語が出て、栄次とプラズマは驚き、言葉を詰まらせる。
「マナ……?」
「え? そうだよ? そういえば、ここはどこ? お兄さん達は『だれ』?」
リカが純粋な目で見つめてくる。
「俺はプラズマで、こっちは……」
「栄次だ」
「そうなんだ」
リカは楽しそうに笑うと描いた絵を眺めた。
「な、なあ、栄次。こちら側のルナはどうする? うちで寝かせておくか?」
気がつくとサヨが倒れているルナに薄手の毛布をかけていた。
それからタオルを持ってきて折り畳み、ルナの頭の下に入れてやる。
「寝かせておいた方がよい。このまま帰すと母上が心配する。あちらのルナが、こちらのルナの心の世界の時空を歪ませてしまったようだからな。時空をおかしくしたことで、世界が処理に追われ、現代神のアヤがおかしくなっているようだ。リカはわからぬ」
「この件が終わるまで目覚めないか?」
プラズマがさらに尋ね、栄次は首をかしげた。
「わからぬ。いままでこんなことはなかっただろう。こちらのルナが目を覚まさないということはないかと思われるが、意識がどこにいるかはわからぬ」
「ま、だよな……。あっちのルナは本当に手がかかる……。何をするべきか今回はわからねぇ……。まず、冷林に話を持っていく」
プラズマがおやつほしさに泣くアヤをだっこしながら困惑した顔を栄次に向けた。
「歴史神に修正を頼むか。東や西に話が行くのはまずいか?」
「お忍びで相談するか。ナオとムスビ、それから人間の子供達の歴史修正にヒメちゃんを」
プラズマが言い、栄次は頷いた。
「ルナ……。リカもアヤも……どうすんの?」
サヨは心配そうな顔で妹のルナの頭を撫でる。
「アヤちゃん、おやつはおしまい!」
「やだあ! やぁあ!」
プラズマがぐずるアヤを叱り、栄次は頭を抱えた。
「プラズマ、おそらくお昼寝だ。年齢が四歳なりたてあたりになったのだろう?」
「ああ、お昼寝か……。じゃあ、このまま冷林のとこに行くよ。鶴が引く駕籠の中で寝るかな。女の子、軽いよなあ……。男の子と骨から違うわ」
プラズマが暴れるアヤを軽々と抱えながら鶴を呼ぶ。
「俺はサヨと共にリカとルナを見ている。それから、飯は俺が作っておく。いつもアヤに頼りすぎているからな」
栄次がリカの様子を見ながら答えた。リカは絵を描くことに集中している。
「助かる。俺は何にもできねぇから、とりあえずアヤを連れてくぜ」
「ああ……。アヤがこれ以上、若くならなければよいが……」
栄次の心配そうな声を背中で聞きながらプラズマはアヤを抱え、廊下から外へと出る。
玄関先でツルが駕籠を引いて待機していたが、アヤを驚いた目で見ていた。
「なんだよい? 現代神?」
「ああ、話は後だ。とりあえず、冷林のところに行ってくれ。内密だ」
「わかりましたよい!」
プラズマが駕籠に乗り込む。駕籠は外からだとわからないが中は電車のボックス席のように広くなっている。霊的空間という特殊空間だ。
鶴は神々の使い。
口はあまり良くないが、決まりと命令はしっかり守る。
「あ、コラ! 窓から顔を出すな! 落ちるぞ!」
なんだか機嫌が戻ったアヤが空を飛ぶ鳥に手を伸ばし始めたため、プラズマは慌ててアヤを引き戻した。
「やぁあ!」
アヤが泣き始め、プラズマは困惑しつつ、アヤをしっかり持って外を見せてやる。
「ほら、見るだけにしなよ。落っこちちゃうぞ!」
「きれいね~」
アヤが楽しそうに笑い始めた。
寝る気配はない。
「……意外に問題児か? アヤちゃんは……。しかし……またなんかちょっと幼くなっている気がする……」
先程まで少しゆるかった服がさらにゆるくなっていた。
そしてなんだか温かいものがプラズマを濡らす。
「ん……!? アヤちゃん? 鶴! オムツと着替えが必要だ! どこかで調達だ!」
「うわあああん……」
アヤはただ泣き始めた。
年齢が三歳あたりに下がっている。三歳はオムツが外れていない子もいる……。
……これはまずい……。オムツ換えなんてやったことねぇし、女の子の着替え……しかもアヤ……。
それより、現代神消滅の危機だ。のんびり冷林のとこに向かってる場合じゃねぇ……。あいつはうちに呼ぼう。神力電話で。
「鶴! オムツと着替えを調達したら冷林のとこには行かず、彼を呼ぶ! だからうちに戻れ」
「わかりましたよい! で、サイズは?」
「ああー……んー……」
プラズマは服のタグを見た。
100を着ていた。
それよりも今は小さい。
「……80か90か?」
「オムツは紙おむつ、パンツタイプとこれ以上小さくなると困るんで、テープタイプを調達するよい!」
「く、詳しいな……。ありがとう」
プラズマは顔色悪く答えた。