ルナはふたりいる6
ルナは自分の心の世界に過去見で見た、いじめっこ達を呼ぶ。
満月がやたらと大きい草原の世界。
「全員、やっつけてやる!」
ルナの世界に呼ばれた少年、少女達は戸惑い、不安げな顔を向けた。生きている魂が「弐の世界」に来たので、これは夢を見ている処理となる。
「ルナの世界に皆来たな」
「な、何? ここ。なんで皆いるの? てか……コイツ……ルナ?」
口の悪い少女がルナを下げずんだ目で見る。
皆、それぞれに動揺しているが、ルナにたいしては何も思ってはいないようだ。攻撃的な雰囲気の子は一部である。
まわりに合わせてルナをいじめていた子がほとんどということだ。
「ルナは許さない! あっちのルナが泣いていた!」
ルナは少年に殴りかかった。
「お前はルナのランドセルを蹴ったやつだ。蹴り飛ばしてやる!」
「なにすんだよ!」
ルナは多人数と喧嘩を始めた。
「全員ぶっ飛ばしてやる」
ルナの瞳が更夜の目付きに似る。更夜の荒々しい雰囲気をルナはそのまま受け継いでいるようだ。
「ルナは喧嘩、強い!」
反撃され、殴られるが関係なしに殴り返す。女の子を投げ飛ばし、男の子を蹴り飛ばし、笑う。
「弱いねー。くそがきども。こんなの痛くないよ? ルナのが痛かったんだよ!」
倒れて腹を押さえている少年の背中を思い切り踏み潰し、女の子の顔を蹴り飛ばし、泣き叫ぶ女の子の髪の毛を引っ張り、怯えている男の子の顔面を拳で振り抜く。
「何、泣いてんだよ。てめぇら……。ルナは許さねぇぞ! 全員、ルナにあやまらせてやる」
怪我をした男の子の胸ぐらを掴み、叩きつける。
ルナは血にまみれたまま、不気味に笑っていた。怒りを通り越した笑みだ。
更夜が見せるあの気性の荒さである。
「ハハハ! そんな弱さでルナをいじめてたの? ありえないんだけど? 中途半端にやんなよ。中途半端な気持ちで人をいじめんなよ。てめぇら、最低なんだよ! 怒りがおさまらない……。全員、殺してやろうか……」
月夜に照らされ、血にまみれたルナの、にやけた顔を見た子供達は涙を流し、震え、痛みに呻く。
「……ルナは優しいんだ。そんな優しいルナをお前らは傷つけた。誰も助けてくれないなら、ルナが助けなくちゃね……」
ルナは発散方法が暴力になっていた。これはルナをいじめていた子達と同じだが、ルナは気づいていない。
「もう、皆気絶しちゃったの? つまんないなあ。立ち上がってよ? 起きてよ? 起きろって言ってんだろ!」
ルナの声が反響する。
もう誰も答えない。
誰も立っていない。
「う……うう……」
ルナはその場に座り込み、静かに涙を流した。
「ルナをいじめた! 向こうのルナが泣いていた! いじめたな! 泣かせたな! ルナは許さない! こっちの世界で悪夢を見やがれ! 『ルナ』は絶対許さない……」
……違ったかもしれない。
この方法は違ったかもしれない。
身体中が痛い。血が流れていることに気づいてなかった。
「起きろよ! 許してやらないからな!」
ルナは泣く。
ひとり、静かに泣いた。
「だって……ルナが……ルナが……かわいそうだったんだもん……。ルナは……悲しいよ」
満月がルナを照らす。
静かになった草原。
後ろから誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
「ルナ……間に合わなかった」
更夜がうずくまるルナの後ろに立っていた。
「おじいちゃん……ごめんなさい。ルナ……わかんなくなっちゃった……」
ルナは振り返らずに近くの草をいじりながら涙を流す。
「気分は晴れたか?」
「……ぜんぜん」
「派手にやったな。現実世界だったら、大変なことになっていたぞ……」
「……おじいちゃん。ルナ、許せなかったんだよ」
ルナは更夜にすがり、大粒の涙をこぼし始める。
「あいつら、ルナをいじめたんだよ……。ママとパパが大事にしてたルナを平気で傷つけた。だから代わりに……」
「ああ、そうだな」
更夜はルナを優しく抱きしめる。傷ついたルナを見て、更夜も悲しくなったが気持ちを抑える。
「ルナは死んじゃったから……パパとママに会えないんだね……。ルナが見えないのはルナが死んでたからだったんだ。ルナが産まれた時、皆泣いてた。なんでルナは死んじゃったんだろう……」
「……」
更夜はルナの言葉に何も言えなかった。
ただ、抱きしめた。
ルナの気持ちは伝わる。
だが、更夜は何も言ってやれない。本当の親がいること、親には会えないこと、理解はできても、納得はしない。
更夜はルナを大事に育ててきた。だが、本当の親にはかなわない。わかっている。
「ルナ……、……他人を心に呼ぶことはもちろん、他人の心の世界に入るのはいけないんだ。ここはあちらのルナの心……。お前は暴れてはいけなかった」
「……」
ルナは黙って聞いていた。
「向こうのルナが……どうするかは本人と『運命』だ。神は見守るしかできない」
少し離れて更夜の言葉を聞いていた赤髪の青年、プラズマは目を伏せ、黙ったまま二人を見据えた。
「……ルナ、お前が助けられるわけじゃないんだよ」
更夜は柔らかくルナに言う。
ルナは鼻血と鼻水が混ざったものをすすりながら、更夜にすがって泣いた。
「うわあああ! ルナはっ! だってルナが! ルナはぁっ!」
「……大丈夫だ。ルナ……落ち着きなさい」
更夜が落ち着かせようとしたが、ルナの神力が暴走を始めた。
「ルナ……落ち着きなさい」
更夜がなだめるが、ルナは気持ちの落ち着かせ方がわからない。
子供らしく叫ぶように泣いている。
「ルナ……」
プラズマが間に入り、ルナの頭に手を置き、神力を流した。
しかし、ルナは時空を歪ませ、更夜とプラズマは慌ててルナの神力を抑え込んだ。
「おじいちゃん!」
サヨのテレパシー電話が耳に響く。更夜はプラズマを連れてから、サヨにこの世界へ入れてもらった。
サヨの焦った声で更夜とプラズマは青い顔になる。
「あのね! アヤがっ! アヤが六歳くらいになっちゃった!」
「どういうことだ!」
更夜の声が静かな世界に反響していった。