ルナはふたりいる2
桜の季節が終わり、新一年生のルナは伏し目がちに学校へ向かっていた。新しいピンクのランドセルはお気にいり。
ルナが知ったことではないが、昔は赤や黒、青あたりが主流だったらしい。今は様々な色のランドセルがある。
朝は姉のサヨと通学している。
兄の俊也はいつも忙しそうなため、一緒には行っていない。
「もうあついねー! 葉っぱも緑になったじゃん」
サヨはいつも陽気にルナに話しかけてくる。ルナは姉のようになりたいとも思うが、あこがれのままだった。
新学期が始まってそろそろ二週間。ルナは友達との話し方がわからなかった。それによりすでにクラスから孤立していた。
もう見えない友達の輪ができている。ルナはその友達の結束を深めるための餌食になっていることに気づいていない。
故に、話しかけようとしてしまう。
……ルナはいつも無視されちゃうの。皆、ルナのこと、きらいなのかな。
はじめはそう思っていた。
「あ、ルナ、学校着いたよ! あれ? 大丈夫? ねぇねの話聞いてる? 寝ぼけてる?」
「あ……だ、大丈夫だよ。お姉ちゃん……! ごめんなさい」
ルナは小さくあやまると笑顔でサヨと別れた。
「……最近、なんか変だな……」
サヨは慌てて走り去る小さな背中を眉を寄せて眺めていた。
ルナはいじめにあっていた。
子供達は自衛のため、おもしろ半分のため、仲間を取られたくないため、様々な思いを抱え、ルナを仲間外れにする。
ルナは元々内気な性格だ。
何をされても軽く笑ったまま、言い返さない。
子供にとっては良き標的であり、返す言葉が遅いルナにいらついていた。
女の子達はからかい、無視を始め、男の子は女の子に合わせてか、手が出始める子が現れる。
「どいてー、ジャマジャマ!」
男の子がルナを突き飛ばす。
ルナは尻餅をつき、座っていた女の子の足に頭をぶつけた。
「え、やなんだけど。足に当たった」
「うわっ、かわいそ~、大丈夫?」
別の女の子が心配したのはルナではなく、ルナの頭が足に当たった女の子。
「ご、ごめん……ね」
ルナは慌てて立ち上がり、自分の机に座った。机には汚い落書きがしてある。新しくもらったルナの大事な鉛筆はすべてシンが折れており、机はその鉛筆でグルグルと塗りたぐられていた。
消しゴムがない。
ルナは筆箱の中を探す。
鉛筆削りもなくなっていた。
……ママに買ってもらった消しゴムと鉛筆と鉛筆削り。
「あ~、ごめんね! ちょっと踏んじゃってさ。あんなとこに落ちてんだもん」
女の子から消しゴムが返された。乱雑にちぎられて返ってきた。
女の子が指差した方を見ると、廊下にランドセルの中身ごとぶちまけられていた。
鉛筆削りは見つからない。
ルナは目に涙を浮かべた。
……パパに買ってもらったランドセル。
ルナは立ち上がって廊下に出てランドセルの中身をしまう。
ランドセルは傷つけられてなかった。子供は範囲をわかっている。ランドセルをやるとマズイこと、そこまではできないことがわかっている。
中身をしまっていると男の子がランドセルを蹴り飛ばしてきた。
「邪魔なんだけど。廊下の真ん中!」
「あ、ご、ごめん……ね」
ルナはずっとあやまっている。
なんで皆、ルナに冷たいのか。
ルナはまだ、理解できないでいる。皆の結束を高めるためにルナが使われていることを。
※※
ルナは帰り道を暗い顔で歩く。
本当はママが迎えにくるはずだった。でも、ルナはママに会いたくなかった。友達と校庭で遊んでから帰ると嘘をつき、ママに遅くきてもらおうとする。
友達はいないので、この嘘はとても寂しい気持ちになった。
しかし、今はスマートフォンで子供の登下校が管理されているため、ママはすぐに気がつくはずである。
「ママ、迎えにきちゃうよね……。ママ、ごめんなさい」
ルナはさみしい気持ちを抱えつつ、駄菓子屋の前を通りすぎる。駄菓子屋の中に和服を来たおサムライさんがいた。駄菓子屋のおばあちゃんとお話をしている。
一年生の帰りは早い。
お昼頃だ。
ルナは駄菓子屋のアイスが入っているケースの前で中をうかがう。
おサムライさんが気がつき、鋭い目でルナを見てきた。
おサムライさんが怖かったルナは涙目になり、入り口で固まっていた。
「あ、すまぬ。睨んでいるわけではないのだ。俺はこういう顔で……。な、泣かないでくれ……」
「……ごめんなさい」
ルナはあやまってばかりだ。
とりあえず、よくわからないが毎回自分が悪いのだ。
そう思ってしまっている。
「……お嬢ちゃん、何か買うのかい? ヒモ引きアメ、タダにしてあげるよ」
駄菓子屋のおばあちゃんがそう言うので、ルナはヒモを引いてアメをもらった。
「えー……お嬢さんは俺達の家の隣に住んでいた子だな。母上はおらぬのか? 学舎の帰りだろう?」
「まな……? おとなりさんですか?」
「そうだ」
おサムライさんは優しく笑いかけてきた。
「……そうですか。ママは……その」
「嘘をついたのか。悪い子だな。母上を困らせてはいかぬ」
おサムライさんはルナに目線を合わせて、しゃがみ、さらに言う。
「すべてはお前のせいではない。お前は何も悪くない」
おサムライさんの言葉にルナは突然に悲しくなった。
どうして皆と同じようになれないのか。どうして皆の輪に入れてもらえないのか。
……かなしい。
学校ではいつもひとりだ。
「かわいそうに。家族にお話しようか。心細いだろう。ルナ」
「え……」
おサムライさんはなぜか事情も名前も知っていた。なんだか怖くなったルナはおサムライさんに何も言うことなく、走り去った。
「ああ……待ってくれ!」
おサムライさんは困惑しつつ、去っていくルナを見つめていた。
「栄次さん、ちょっと突っ込みすぎですよ」
駄菓子屋のおばあちゃんがそう言い、おサムライさん……栄次は眉を寄せた。
「うむ……難しい……。店主さん、今日はこちらを……」
栄次はケースに入っている醤油ぬれせんを二枚取ると、おばあちゃんに支払いをした。
「はい、毎度。あの子はちょっと難しいですよねぇ。心配です」
「はい。本当に……」
栄次は頭を下げると駄菓子屋の外に出た。もうなんだか暑い。
梅雨前だというのに、夏のようだ。
「怖がらせてしまった……。向こうのルナと違いすぎて、対応が難しいな……。顔はそっくりなのだが……」
栄次が家への坂道を歩いている途中、たまたま学校が早帰りだったサヨと母親のユリが慌てて道を駆け上がっていた。
「ああ、サヨ!」
栄次が声をかけ、サヨが立ち止まる。
「あ、ラッキー! おサムライさん、ルナがとっくに学校出ていったみたいなの! ママが間に合わなくて、家に帰ったのかな?」
「ああ、今、坂を登って行った。……あのな、ルナは……」
栄次が最後まで言い終わる前にサヨが言葉をかぶせる。
「いじめにあってる、でしょ」
「ああ、そのようだ。あの子は隠そうとしている」
「いじめ……」
母のユリは悲しそうに目を伏せた。
「あの子は自分の意見がなかなか言えない。……だからおそらく、いじめのことは言わない。ユリさん、どうなさいますか」
「見守っていてはいけませんよね」
栄次の問いにユリは一言だけ答え、頭を下げるとルナを追っていった。
「ねぇ、マシュマロ、駄菓子屋でおごってくれない?」
サヨが栄次に手を合わせ、栄次はため息混じりに頷いた。
「……買ってやっても良いが……更夜に怒られないよう少しずつ食べるのだぞ……。俺も一緒に叱られてしまう」
「いっきには食べないよ! あっちのルナが過去見したら全部バレちゃうしね。こっちのルナと一緒に食べるからさ」
「ならよい」
栄次はサヨの手に三百円をのせた。
「え、こんなにしないよ? マシュマロ」
「ふぁみりーぱっく……とやらを買いなさい。兄者もいるのだろう?」
「おにぃの? ありがとう!」
駄菓子屋に入っていくサヨを眺めてから、栄次は家へと歩きだした。
「遊べる友が……できると良いな。ルナ……」