花は咲き、月は沈む4
サヨが我慢できなくなった頃、プラズマが部屋から出てきた。
髪はボサボサ、服はボロボロ、血まみれで足元がおぼつかない。
サヨは息を飲み、震えた。
「ひどい……」
「……サヨ、終わったぞ……。帰ろう。アヤに治してもらう」
「こんなの、おかしいじゃん……。あたしが……プラズマくんにあんなこと言ったのが最初なんだし……プラズマくんだけが……」
「サヨ、違うよ」
プラズマはサヨの肩を優しく叩き、傷だらけな顔で微笑んだ。
「話の方向性が違うんだ、サヨ。冷林が判断を誤った。ワイズは、俺のエラーを修正する目的で非道な罰を、非道だとわかっていながらおこなったようだ。アイツは何かを握っている。世界の秘密をな。どちらにしろ、冷林が決めた罰。俺は従う。封印刑じゃなかったんだ。良かったじゃないか」
プラズマはツルを呼び、サヨを連れてワイズの城から出た。
外にはみーくん、逢夜、ルルがおり、プラズマの怪我に目を疑った。
「なにされたんだ……ワイズに……」
逢夜が尋ね、ルルが怯える。
逢夜はルルを抱き寄せ、落ち着かせながら、プラズマを見た。
「軽い罰を北と東で決めるんじゃなかったのか?」
みーくんも眉を寄せて聞いてきた。
「冷林が決めた罰に従った。あんたらワイズ軍は……悪くない。冷林がワイズに指定した罰をやらせたんだ」
「……お前の軍、どうなってんだよ……。重刑じゃねーのか? これ」
みーくんがあきれた声をあげ、プラズマはふらつきながら、目の前にいるツルの駕籠へ入っていった。
「……冷林様は勝手に動いてワイズ軍を邪魔したことを許してはくださらなかったということだよ。北は……強くなる必要がある……。俺はもう行く。サヨ、乗れ」
「う、うん……」
サヨも乗り込み、ツルは飛び立つ。
「よよい! では進むよい!」
「紅雷王! ……ゆっくり休め……」
みーくんが最後にそうプラズマに言い、プラズマは軽く手を上げて答えた。
「……ワイズ……アイツのデータ……いじったのか? アマノミナカヌシに反抗した……そう言いたげだな」
みーくんは頭についている自身の仮面を撫でながら逢夜とルルに挨拶をすると、去っていった。
※※
時神の家にプラズマとサヨが帰ってきた。
廊下を走る音がし、プラズマとサヨをまず、栄次とアヤが迎えた。
「プラズマっ!」
「ああ、あんたら、こっちにいたのか……。てっきり、サヨの世界の方にいるかと……」
「なんで、こんなにひどい怪我を……」
アヤが泣きだし、更夜が眉を寄せた。プラズマはアヤの頭を優しく撫でた後、更夜に目を向ける。
「ああ、更夜、サヨは無事だ。俺は無事じゃなかったけどな……。後で説明するよ」
「プラズマ……」
更夜が戸惑いながら、暗い顔をしているサヨを抱きしめ、プラズマの傷だらけの背中に目を向けた。
「こんな非道な罰をお前は受けたのか……。これは高天原会議にかけるべきだ!」
「更夜、大丈夫だ。……すべて終わったよ。罰は軽くて済んだ。軽くて済んだんだ。交渉は軽かった」
「理不尽すぎる罰だわ……」
アヤがプラズマの傷口を優しく触り、涙を流す。
「アヤ、あんたは罪に問われてなかった。あんたのせいで罰をくらったわけじゃないからな」
「そんな……」
「もういいんだよ。アヤ。俺を治してくれ……」
プラズマの怪我の酷さに時神達は言葉を失った。
「これはあんまりだ……。高天原会議でもう一度……」
栄次がそう言ったが、プラズマは栄次がすべてを見ていると仮定し、首を振った。
「栄次、交渉は終わった。もういい。俺をアヤが治して今回は終わりだ」
「……冷林を叱責しろ。冷林に抗議だろう……これは」
栄次が小さくプラズマに言い、プラズマは栄次の肩を二回軽く叩いた。
「ああ、冷林とはちゃんと話すよ……。それからアヤ。俺の精神も身体と一緒に戻せるか? 『痛い記憶をなくしたい』んだ」
「……? わからないけれど、やってみるわ」
アヤは泣きながら巻き戻す。
アヤの正確な巻き戻しならば、ワイズにデータを修正される前に戻せるはずだとプラズマは思ったのである。
アヤはきれいにプラズマを戻した。プラズマの中に再び、太陽神の力が戻る。太陽神の力は先程まで感じなかった。消されていたのか。
「……ああ、そうか。アマテラス様関係を知ることをアイツは恐れているのか」
プラズマがつぶやき、ようやくしっぽを掴んだと、プラズマは笑った。
「プラズマ?」
アヤがプラズマを不思議そうに眺めていたので、プラズマはアヤを再び優しく撫でた。
「なんでもねぇ。さあ、元気になったし、サヨの世界で皆でワイワイ望月の復興でも祝うか?」
「プラズマくん……」
サヨはいまだ、不安げな顔をプラズマに向けていた。
「サヨ、ちゃんと冷林と話すから、気に病まなくていいんだ。せっかく、皆が幸せになったんだ。祝わないとな。先に行っててくれ。俺は……冷林を呼ぶ」
「う、うん……。でも、あたし、お兄も心配だし、一回となりの自分の家に戻るよ。皆は先に行ってて!」
サヨは扉を開き、アヤ達を自分の世界へと促した。
「プラズマ……」
アヤと栄次が心配そうに見ているため、プラズマは笑顔で送り出した。
「大丈夫さ、もう終わったからな。栄次から軽く内容を聞いていてくれ。今回はもう、俺と冷林の問題になった」
「わかったわ」
アヤと栄次はとりあえず頷き、サヨの世界へと入っていった。
最後に残った更夜はプラズマに頭を下げ、お礼を言った。
「ありがとうございました。今回は我が望月家のために動いていただいたこと、わたくしまでも助けていただいたこと、感謝いたします」
「……ああ。俺はほとんど何もしていない。頑張ったのは、サヨだ。サヨに関しても話すことがある。先に行っててくれ。後で飲もう」
プラズマは更夜に笑顔を向け、更夜は再び頭を下げて世界へと帰っていった。
「さてと、冷林を呼ぶ。サヨは兄貴の様子と家族の様子を見てきたら、また戻ってきて俺とあちらに行こう」
「うん。わかった。ありがとう。プラズマくん」
サヨはプラズマに軽く手を振り、玄関からとなりの家へと走っていった。
「さてと……冷林。お前、いつから俺達の家にいたんだ?」
プラズマが畳の部屋の障子を開けた。青い人型のぬいぐるみが机の下で震えていた。
「冷林」
プラズマは冷林を優しく呼ぶ。
冷林はプラズマに呼ばれ、さらに身体を震わせた。
「ほら、出てこい」
プラズマが冷林の首元を掴み、机の下から出し、顔を覗き込む。
冷林は小さな両手で、顔らしき渦巻き部分を覆い、小さく震えていた。
「怖くないよ。俺は怒っていない。本当は怒りたいとこなんだがなあ……。今回はパニックになったんだろ? 前回みたいに何にも言わなければ、俺が封印されると、そう思ったんだろ?」
冷林はプラズマの言葉に小さく頷いた。
「やっぱりな。今回はワイズの事を考えて発言したんだな? 偉かったぞ」
冷林はプラズマの言葉に首を横に振った。
「冷林、罰は受けたよ。お前が言った罰、痛かったぞ」
冷林は深く何度も頷き、ずっと震えていた。プラズマが痛め付けられている動画をリアルタイムで観たのだろう。
「あんなに酷いとは思わなかったの? そうかそうか」
冷林は渦巻きを手で覆い、顔を上げない。怖がっている。
「ああ……泣いてるんだろ?」
冷林は首を横に振った。
「大丈夫だよ」
プラズマはとても優しい顔で冷林に笑いかけた。
冷林は初めて手をどけて、プラズマを仰いだ。渦巻きの下の方から涙がこぼれていた。
「……あんたの泣き顔が浮かぶよ。冷林」
冷林はプラズマを黙って見ていた。冷林の後ろにぼんやりと泣いている幼い男の子が映る。
水干袴に烏帽子をかぶった、幼い少年。
少年は怯えた顔でプラズマを見上げていた。
「大丈夫だよ」
プラズマはもう一度、冷林にそう言い、優しく抱きしめる。
「また……『おたあさま』に会いたくなったか? 冷林……いや、安徳帝……」
冷林は震えながらプラズマにすがった。映像がよほど怖かったらしい。
「謝罪はいいよ。もう、終わった話だから。俺はあんたの『おもうさま』のようなものだもんなあ。消えないよ。大丈夫だよ。ああ、栄次、抗議しろって言っていたが、冷林はこんな感じなんだ。わかってくれ」
プラズマは栄次が過去を見ているという仮定で一言言葉を追加した。
「ああ、そうだ。お前も一緒に来るか? ルナやスズがいる。お前と同じくらいの子だ」
冷林は首を横に振った。
「大丈夫だよ。お前、人恋しいんだろう? 今回の失敗はたぶん、栄次がうまく説明している。お前が責められることはないさ」
冷林は渦巻きの下方から沢山の涙を流している。
「うわあ……鼻水なのか涙なのかもう、よくわかんないなあ。泣くな、泣くな。北のトップだろ」
冷林は小さく頷くと、涙を手で拭った。
「ほら、鼻水? もかめ」
プラズマはティッシュで冷林の鼻水らしきものを拭ってやる。
「サヨが来たら、皆のところに行くからね」
プラズマは冷林を優しく撫でると、しばらく抱きしめてやっていた。
その会話は庭に回ってこっそり聞いていたサヨの耳にも届いていた。庭が見えるように障子扉で隔てられただけの部屋だ。外から丸聞こえである。
……プラズマくんがいつもと違う優しさを見せている……。
やっぱりちょっと盗み聞きは良くないよなあって思うよね……。
冷林ってちょっとよくわかんないし……って気持ちで聞いてたけど、スズよりも年下の男の子なのか、本当に……。
もう、聞かないで自分の家に帰ろ……先に。
サヨは納得しない気持ちを感じつつ、庭からそっと離れた。