抜け出せ! 1
「おいおい、友達置いてどこいくんだ?」
走って逃げているリカの耳に、聞き覚えのある男性の声が響いた。
「はっ!」
気がつくとリカはいつもの公園にいた。夏の日差しが暑すぎて、人がまるでいない。汗を拭いながらベンチに座っている男を見る。冷や汗なのか、普通の汗なのかわからないが、リカの顔を汗が絶えず流れていく。
「よぉ? TOKIの世界はあるだろ?」
「……」
リカが震えていると後ろからマナが追い付いてきた。
「なんで逃げたの? 遊びにいったのに……」
「ご……ごめんな……さい」
なぜかリカはマナにあやまってしまった。従わなければいけないような気がした。理由はわからない。
「そろそろ、わからせてあげる」
「……え……?」
リカが呆けていると、マナが男にアイコンタクトをした。男は軽く笑うとゆっくり立ち上がった。
「スサノオ様」
「ああ、わかったよ。あんま、やりたくねーけどな」
男は不気味に笑っていたが、突然に雰囲気を変えた。リカは夏なのに氷のような冷たい気配に襲われる。
「ひっ……」
「恭順せよ……」
男がそう発した言葉ひとつひとつがリカの体を貫いていく。まるで、槍にでも突かれたかのような衝撃と意識を失いそうになる重圧が襲いかかる。
意思に反し、体が勝手に膝をついた。そのまま手を地面につける。公園のじゃりがやたらに近い。
……これは……まるで
「きれいな平伏だ」
男が軽く笑ったことで、リカはようやく何をしているかわかった。じゃりが膝に食い込んでいる。頭を上げられない。
声も出ない。
……これは……土下座させられてる!
服従しろ……そう言ったのか?
「向こうの世界、行く?」
「……」
マナに尋ねられて、リカは口をつぐんだが、こじ開けられるように口が勝手に開き、自分ではないかのような陽気な声を出した。
「それって平行世界? 行ってみたい!」
「良かった! じゃあ、零時にこの公園にきてね」
リカはぞっとした。平伏させられながら、「友達」のように会話をした。まるで声だけが巻き戻しにあったみたいに平然と、心理状態が違いすぎる中で楽しそうに声を上げた。
……異常すぎる。
いつまで頭を地面に擦り付けていたのかわからないが、気がつくと体が軽くなっていた。頭も動かせる。恐る恐る前を向くと、もう二人はいなかった。
「いない……」
誰もいない公園はいつの間にか雲が覆い、蒸し暑さが増している。先程まで鳴いていたセミはまばらになっており、これから雨が降ることを教えていた。
※※
あれから呆然としていたリカは足取りがおぼつかないまま、家に帰り、なんとなく夜まで過ごした。魂を抜かれたみたいにどう過ごしたか思い出せない。
ただ、強烈に「公園に行かなければいけない」という思いは抱えていた。
気がつくと夜の十一時半だった。蒸し暑さから逃れるようにエアコンをつけ、ベッドに横になる。
……まずい。
まるで、ドラマや漫画のような「数日後」などの言葉で勝手に時間が経ってしまっている、あの現象に似ていた。
もう夏も終わる。
お昼にツクツクボウシが鳴き、夕方になればヒグラシと秋の虫が混合して鳴いている。
しかし、いつ、夏が終わった?
いつ、夏休みが残り一日になった?
それがまるで思い出せないのだ。
そしてリカはまた、感情と反してこう言う。
「あ、公園に行く時間だ。マナさんが待ってるかなあ?」
違和感しかない。
自分が二人に分離しているかのようだ。リカは雨の降る公園へと傘を差して現れ、マナが笑顔で向かい入れる。
そしてリカは再び、メグという少女に会うのである。