心の行く先は5
栄次とスズはある屋敷に来ていた。そう、ここは栄次と更夜が戦国時代に一緒に住んでいた屋敷である。
ここに同国のスズが敵国の忍だと思われる更夜と、恐ろしく強い栄次を暗殺しにやってくる。
「スズ、大丈夫か?」
栄次はスズを心配した。
スズはもう一度、トラウマである記憶を繰り返さねばならない。
「大丈夫だよ。栄次……。あたしはさ、なんか変な気持ちなの」
「……スズ。更夜の家族に会ったな」
栄次は更夜の記憶を見つつ、答える。
「あたし、ハルさんに嫉妬してたんだ。……あたし、最悪だよね」
「いや……そんなことは」
栄次の言葉にスズは軽く笑う。
「栄次は優しい」
目の前で流れていく記憶。
更夜は淡々と敵を倒し、感情なく、人を殺している。
娘の静夜を早く取り戻すため、凍夜に逆らわずに動く。
「そろそろ、あたしが出てくるね。あたしさ……更夜を好きになっちゃいけなかったかも」
「スズ、好きになることは悪いことではない。更夜はお前が大好きだぞ。俺は過去が見えるのだ。お前のために好きなものを作る計画を立てたり、お前がいない時に寂しがっていたり、お前はもう、更夜の一部なのかもしれんな。故、更夜を好きだという気持ちはなくさない方が良い。お前はもうすでに、人間のくくりではなく、霊だ。人間の常識はもうない。好きでいてやれ。お前の恋はしっかり実っている」
栄次が珍しく恋について語った。
「……うん」
「更夜とおはるは恋愛し夫婦となったが、おはるも更夜もスズを受け入れている。共にこの時代を生き抜いた俺達は皆、仲間だ」
栄次が語り、スズは更夜の過去を見続ける。
……俺は死ねない。
死んだら誰が娘を守る?
ハルは死んでしまった……。
ハルが守った命を俺が守らねば。
更夜は悩んでいた。
更夜を暗殺しにきたという幼い少女が現れたからだ。
……俺はコイツも殺さねばならないのか?
更夜は目線を横に動かす。
更夜のその行動を不思議に思ったスズは更夜が見ている方に視線を移した。
よく見ると庭の木の上に更夜の兄、逢夜がいるのが見えた。
「更夜のお兄さん……だ」
スズはいままで全く気づいていなかった。監視されているとスズが死ぬ間際に明かしてはいたが。
「栄次は気づいてた?」
「……いや。当時は過去を見ないよう、気にしないようにすることで精一杯だった故、気づいていない。この時期はまだな」
「そう……」
スズは再び更夜の記憶を見ていく。更夜の感情が筒抜けだ。
……気づかないふりをして、先に城主を暗殺しよう。そうすればこの子を殺さなくてもいいか。
更夜は栄次とスズが鬼ごっこをしているのを遠くで眺め、目を細める。
……むなしいな。
この気持ちはなんだろう?
わからねぇ。
……くそっ。
「バカ丸出しだな」
栄次とスズが追いかけっこをしているのを見つつ、更夜は口角をあげ、笑った。
やがてスズは更夜と栄次を相討ちさせようと動き始める。
「……更夜、ごめんね……」
記憶を見続けているスズは、自分の行動を更夜に小さくあやまった。
声は届かないが、スズは自然とあやまっていた。
「人間は相手の気持ちの中まではわからない。スズ、仕方のないことだ。この時代は皆必死だ」
「うん」
栄次に言われ、スズは再び口を閉ざした。
「そろそろ、行こうか。スズ、また痛い思いを……」
「大丈夫だよ。栄次。あたし、ちゃんと更夜に言うことがあるから」
スズは歩き出した。
武器を持ち斬りかかり、頬を更夜から叩かれた後、逆上したスズは更夜に飛び道具を投げる。
必死のスズと今のスズが重なった。
「俺も行くか」
栄次も当時の困惑している自分と重なる。せつない瞳で、押さえ付けられているスズを見た。
「いっ……ぎゃああ!」
スズが更夜に腕を折られ、痛みに耐える。更夜の顔には感情がない。
ただ、ここは記憶内部。更夜の感情は相変わらず筒抜けだ。
……片腕だけでいいか。
子供だぞ……。
細い腕だ……。
子供の力なんて大したことないじゃないか。それを大人の男が押さえ付け、骨を折っちまう。
最低な暴力だな。
こんな簡単に折れちまうのか。
いや、骨は簡単には折れない。
俺がコイツの腕を折ろうとして折ったんだ。何言ってやがる。
拘束させるだけにしてやろうとなんて、初めからしてないじゃねぇか。
痛いか?
苦しいか?
同情は……せんぞ。
死ぬわけにはいかないんだ。
「……っ。こ、更夜……」
スズは痛みに耐えながら小さく声を上げる。
「……」
更夜は何も言わず、スズを引っ張り、歩きだした。
「こ、更夜……聞いて……」
「……」
更夜は何も言わない。
……何も考えるな。
……何も考えるな。
とりあえず、コイツを殺すか生かすか……。
……連れて帰って……静夜の姉に……。
夢を見てるのか、俺は。
俺は嫌われているだろうな。
彼女にも監視がいるはず。
……殺そう。
嫌だなあ……。一生抱えそうだ。
スズの着物を淡々と剥ぎ取り、白い着物一枚にさせ、忍道具を黙って並べる更夜。
スズに生きるか死ぬかの問いかけをし、監視がついているとスズが言う。スズは覚悟を決めて死ぬ……。更夜を恨んで死ぬ。
「更夜」
しかし、スズは更夜が考えた予想通りには動かなかった。
「……命乞いか? もう手遅れだ」
「娘さん、お嫁さんを悪く言ってごめんなさい。あたしが入れる場所じゃなかったよ。更夜が沢山悩んだこと、更夜が優しいこと、あたしは知ってる。やっぱり、この時代の記憶を柔らかくするのは無理。更夜の記憶をこうだったかもって幸せにするのは無理。
更夜はあたしを殺さなきゃいけない。もうそれしかなかった。だから、もう、それ以外を考えるのはやめよう。
更夜はあたしを『殺すしかなかった』の。娘さんと一緒に生活する未来なんてそもそも選択肢になかったし、私を生かす未来なんて元々なかったの。だから、これでいいんだよ、更夜」
スズの言葉に更夜は目を見開き、栄次は目を伏せた。
更夜は刀をゆっくり下におろした。
周りにいる男達の声が聞こえる。
「なにやってんだ! お前が殺るって言ったんだろうが」
「幼女だろ? じゃあ、俺が拷問してもいいか?」
「首を落とす前にな、女のくせに男にたてつくガキにわからせてやれ!」
「おい、アマッコだぞ。相手にするな」
「幽閉したらどうだ? お前ら、そんな敵意を向けるなよ」
「かわいそうに」
バカにした笑い、残虐な言葉、同情の声……様々な言葉がスズと更夜、栄次に刺さる。
「スズ……よく頑張った」
栄次が近づき、悔しそうに唇を噛むスズを解放した。
酷い言葉をかけられたスズは悲しい気持ちになりながら、近くの木の上にいた逢夜を見据える。
「ああ、更夜の心に入り込んじまったようだ。俺も自分に向き合わねぇといけないよな。更夜に悪いことをしちまった」
「色々なところで色々な人の感情が混じっちゃって、退路がなくなって、ひとつの運命だけになってしまった。あたしはどうやっても助からなくて、あそこで死んでたんだよ。
でもさ、更夜があそこであたしの人生を終わらせなかったら、こういう続きになるんだ。悲しくなる言葉をかけられて、辱しめられて、苦しくなる。死にたくなる。更夜はわかってくれてたんだね」
スズは逢夜を見てから、栄次、更夜と目線を動かす。
「あそこで死んでいたから、その後、更夜を好きになって、抱きしめてほしくなったんだろうね」
鋭い針が飛んできた。
スズのこめかみ、首を狙う。
スズの監視役がスズを殺そうと針を投げたのだ。
更夜は持っている刀で針をすべて叩き落とした。
「……そうだ。選択肢がなかった。夢は夢のままだ。だが、こんな形で生が続く以上、夢は叶うのかもな」
「更夜、静夜さんとは一緒になれなかったけど、あたしはルナと姉妹になれた。夢、叶ったことにならないかな……。あたしは部外者じゃないんだよね……。家族にしてくれたんだよね……?」
スズが悲しげに微笑んで更夜を見上げる。
栄次と逢夜は二人の会話を黙って聞いていた。
いつの間にか白い光が辺りを覆い、スズに酷い言葉をかけていた男達が消える。
「……家族だよ。スズ。お前が凍夜に拐われた時、俺はお前をすごく大事にしていたことに気がついた。お前を他人だと思ったことはないんだ。一度、こうやってお前に酷いことをしてしまったから……どうやって関われば良いのかわからなかったんだ……。ごめんな」
更夜はとても優しい顔でスズを見ると、折ってしまった腕を触る。
「ありがとう。更夜。それと、追い詰めちゃってごめんね」
目線を合わせ、しゃがんだ更夜にスズは手を回した。
更夜はスズの小さな体に戸惑っていたが、なるべくやわらかく引き寄せ、子供ではなく、女性として抱きしめた。
栄次は更夜の優しい顔に涙ぐむと、口を開く。
「……更夜、皆が待っている。帰ろう」
「……ああ」
更夜は栄次に一言、幸せそうにそう言った。