黄泉へ返せ3
「行かなきゃ……」
サヨはイツノオハバリを杖代わりに立ち上がる。更夜の兄、逢夜が凍夜を殺してしまう前に、マガツヒを削いで黄泉へ返し、凍夜のみをこの世界に残す。
これが一番平和な解決法なのだ。
「立て……あたしは平和システム『K』だ。殺すなんて言葉を出すあの男達を止めなくちゃダメ。あたしは『K』なんだ。最適で平和な道しか選べない」
サヨは歩き出す。
「逢夜サン……」
逢夜は凍夜を殺そうと動いていた。
「ダメだ……。マガツヒを削がないと!」
サヨがイツノオハバリをかざすと、剣が淡い緑色に光り始めた。
「マガツヒを削げ!」
殺そうと刀を振り抜いた逢夜の横を妨害するように、緑の光が突き抜け、凍夜のマガツヒの一部を剥がした。
「サヨ! お前は休んで……」
逢夜は間に入ってきたサヨに気がつき、口を開いたが、サヨは被せるように静かに言った。
「あんた……私情で凍夜を殺す気だろ。そりゃあそうだ。あんたは一番凍夜への恨みの感情が強い。おじいちゃんに話を持っていった時も積極的におじいちゃんを連れていこうとした。おじいちゃんは行かないって言ったのに。おじいちゃんのが強いから……おじいちゃんに凍夜を殺してもらおうとしたんだろ……」
「……その通りだよ。こいつは殺さなきゃ望月は救われない」
逢夜は凍夜をさらに殺そうと刀を振り、凍夜は笑いながら避けると逢夜にかまいたちを浴びせる。
逢夜の頬と髪紐が切られ、長い髪が腰に落ちる。
「……俺には恨みの感情はない。ないんだ。そう、恨んでいないさ。厄除け神なんだからな」
逢夜は言い聞かせるようにつぶやき、凍夜の首を狙う。
「……イツノオハバリ……削げ!」
サヨは逢夜を邪魔するように凍夜のマガツヒを削いでいく。
「……てめぇ……」
逢夜がサヨを睨み付けた。
「……イツノオハバリ、削げ」
サヨは淡々と凍夜のマガツヒを離していく。それに気がついた凍夜はサヨを再び狙ってきた。
「こいつに関わった望月家じゃダメだ……。こんな狂った人間がお父さんだったんだ……怖かったに決まってるよ……。歪んだ気持ちが『恨み』に変わる。あたしは……この年齢でもこの人、怖いよ」
「バカっ! さがれっ!」
逢夜は凍夜と戦おうとするサヨを引っ張り、後ろにさがった。
サヨの首すれすれに刀が通り過ぎる。
「戦を知らねぇヤツが間に入ってくんな! お前が平和を掴めたのはお姉様の夫の夢夜がアイツを殺したからだ! 思想を終わらせたからだ!」
「……それも恨みの感情だったはずだよ。当時はそうするしかなかったかもしれない。でも、今は違うんだよ。千夜サンも逢夜サンもあの時代にとらわれすぎてんじゃね?」
サヨは痛みを堪えながら凍夜に向かっていく。
戦うのではない。
マガツヒを削ぐために走る。
「いくなっ! サヨ!」
逢夜が声を上げ、凍夜がサヨの背後に回った。
サヨは極限状態の中、『神力』を放出する。時計の針が回り、サヨ近辺の時間が少し歪んだ。
「後ろに回ったか」
サヨは振り返り、少し距離をとる。首を狙った攻撃がサヨをかするがサヨは避けられた。
「イツノオハバリ、削げ!」
サヨが叫び、凍夜のマガツヒを少しだけ削り取った。
「サヨ! お前は戦うな……! 更夜が悲しむ……」
逢夜がサヨを引っ張り、怯まない凍夜の攻撃を避ける。
逢夜は腕を斬られたが、かすり傷で抜けた。
「死んでからも『人を殺さなくていい』! 救う気持ちで人を殺すなんて、それはもう『負の感情』だよ! 正義を振りかざしているだけの『私怨』だ! あたしはあんたが嫌いだ! 逢夜っ! それから……」
サヨは呆然とする逢夜の後ろから凍夜を殺そうとこちらに向かってくる夢夜を睨む。
「あんたもだ」
「サヨ、凍夜とこんな近くにいたのか……。すみやかにさがれ」
千夜の夫、夢夜は刀を持ち、好戦的に凍夜を見ていた。
「うるさい。落ち着いていた感情をまた『負の感情』に変えないで! おじいちゃんは落ち着いていたんだ。負の感情と戦ったんだ! あんた達はまた『負の感情』を持ち出す! あんた達は落ち着いてないよ。その『正義』は『私怨』なんだ。気づけ! 相手は人間だ。人間をマガツヒが纏っているだけ。マガツヒを剥がして黄泉へ返す。ただ、それだけだ」
サヨは逢夜、夢夜を千夜に似ている鋭い目で射貫くとイツノオハバリを構えた。
「……あたしは負けない。お前らがさがってろ……」
サヨは凍夜のマガツヒを少しずつ、削いでいった。
しかし、凍夜は強い。
サヨの体に傷が増える。
逢夜と夢夜はどうすれば良いか考えた。サヨはさがらない。
守っていこうとしたが、二人は自分達の感情が『私怨』なのかを考え、立ち止まった。
「……私怨かもな」
逢夜がつぶやき、夢夜は目を細める。
「……わからん。俺は望月を救って死んだんだ……。俺がやったことは『私怨』なのか」
「……私怨だな。お姉様が死んだから凍夜を殺したんだろうが。あんたは。それを望月を救うって『正義』の気持ちに変えただけだ」
「……当時はそうするしかヤツを引きずり下ろせなかったんだ」
夢夜がつぶやき、逢夜は目を伏せる。
「知ってるよ。わかるさ。アイツは……サヨはその時代を知らねぇんだ。だが、アイツは『死んでからも人を殺す必要はない』って言ったんだ。アイツは頭がいいな……。俺達の時代を理解した」
「そうか。あの娘は息子である明夜の子孫。守らねば……」
夢夜はサヨの危なっかしさを心配していた。
「ああ、そっちの考えのがいいのかもな……」
「……わかった。俺は武神。守護の方も強い神だ」
夢夜は傷を作るサヨをかばい始めた。
神力を放出し、守護の結界を張る。
「……夢夜サン」
「……俺が悪かった。今回はお前の指示に従う。私怨は向けない」
夢夜の言葉にサヨは安堵していた。『K』の力が『殺す』という言葉を常に弾いている。
サヨは自分が本当に『K』であるのを自覚すると共に、他の力が入り込んでくるのを感じた。