選択肢6
栄次とリカは住宅地を歩く。
この辺は高級住宅地なのか、家一つ一つがとても大きい。
売りに出されている土地もあった。
「げ……一、十、百……」
リカは売りに出されている土地の値段に白目を向いた。
「億物件……」
リカは歩き去る途中で、てきとうに土地を眺める。
「めっちゃ広い! ……ん?」
……なんだろ?
リカはよくわからない違和感に突然襲われた。
……なんなんだろう?
違和感の正体はわからない。
……ここ、気持ち悪い。
唐突に嫌悪感がリカを包む。違和感の正体がわからないため、リカの心に恐怖心が宿り始めた。
「……? どうした?」
栄次がリカの状態に気がつき、声をかけた。
「あ、あの……なんかここ、気持ち悪くないですか?」
「……?」
リカの言葉に栄次は首を傾げた。栄次は特にこの違和感に気づいていないらしい。
「私だけってこと……。まさか、ここも来たことがある……とか」
「とりあえず、気分が悪いならばここから離れる方がいいな」
栄次はリカの背中を優しく押し、空き地から離れた。
そこから先は特に何もなく、まだまだ続く広い高級住宅地を進む。
「ここだ」
しばらく歩くと坂道が現れ、坂道に連なる民家の中にイタリアンレストランがあった。
レストランは坂道に建てられているためか、半地下のような作りで、坂道より下にある。
「え……? レストラン?」
「いや、この地下に用がある。昔から彼女はここに住んでいるのだ。上の店はころころと変わっている」
栄次の説明を聞きながら、リカはそっと中を覗く。地下の階段はなく、レストランの店内はランチを食べに来たお客さんでいっぱいだ。
「……おいしそうなピザ……」
「おい、こちらだ」
呆けているリカを引っ張り、栄次はレストラン横にあった、あり得ないスペースを指差した。
レストランの窓と庭の間の壁に階段があった。
あり得ない光景だ。階段があるコンクリートの壁はリカの背丈しかないが、上はすぐ坂道だ。
つまり、坂道の中に階段があることになる。
「え? コンクリートの中に入るわけですか?」
「リカにもこの霊的空間が見えるか。ここは、神しか見えない空間だ。神社の社内も、人間から見ると鏡などが置いてあるように見えるのだが、神が見ると霊的空間になる。生活感溢れる人間と同じ生活空間が現れるのだ」
「は、はあ……」
いまいちピンときていないリカの背中を押しつつ、栄次は階段を降りていく。
「コンクリートの中になんて、入ったことないよ……」
やや怯えながら階段を降りると、不気味な障子扉があった。
栄次は障子扉の前に立つと、躊躇いもなく、障子扉を開けた。
ややほこり臭さが鼻をかすめ、古本特有の匂いがリカを包んだ。
「えっ……」
リカが恐る恐る中を覗くと、どうやら古本屋さんのようであった。
「お店……」
「いらっしゃいませー」
青い短い髪に、シャツに羽織に袴という、コスプレイヤーのような青年が優しそうな顔であいさつをしてきた。
「えー……と。この方がナオさん?」
リカが尋ねると、栄次は首を横に振った。
「いや、彼は暦結神ムスビと言う。ナオは女だ」
「……神様」
リカがぼんやりと男を眺めていると、男が栄次に気がついた。
「ああ、栄次か。ナオさんに用事? 何度も言うけど、ナオさんは俺のことが好きなんだからね。お前じゃないからな」
「どうでもよい会話をしにきたわけではない」
栄次に話を流されたムスビは栄次を少し睨むと、目の前に積み重なっている大量の本を横にどかした。
本の山だと思っていた場所は机で、その奥に椅子があり、羽織袴の赤髪の少女がだらしなく寝ていた。
「ナオさーん、ナオさーん。お客さんー」
ムスビは口を開けて間抜けに寝ているナオを揺すって起こす。
「起きないや……ならば」
ムスビは顔を引き締めると、不思議な力を放出した。威圧、畏れ、神聖といった言葉が当てはまりそうな何かだ。
リカは思わず、栄次に尋ねた。
「な、なに? あれ」
「神力だ。神には神格があり、神力が強力なほど、世界に影響力がある神だ。あの男の神格はなかなか高い」
栄次はリカに前を見るように促した。リカが机の方を向くと、ナオと呼ばれた少女が冷や汗をかきながら飛び起きた。
「きゃあ! ムスビ、普通に起こしてといつも言っていますでしょう!」
ナオは起きてすぐ、ムスビを叱りつけた。
「いやあ、だって、ナオさん、揺すっても起きないじゃん。神力を出せば一発で起きるし」
「多用しないでください! 命が持ちません!」
ムスビの言い訳を一蹴したナオは不機嫌そうに布巾で机を拭いた。
「神力……」
リカは先程の違和感を思い出していた。あの気持ち悪い感覚は神力かもしれない。
しかし、仮に神力だとしても、あのまっさらな土地には誰もいなかった。
「ところで……」
気がつくとナオが不思議そうな顔でこちらを見上げていた。
「お買い物ですか?」
ナオにさらに問われ、リカは言葉を詰まらせた。
「えーと、その……」
「ナオ、この少女はリカと言う。リカに何の神力があるか、調べてほしいのだ」
戸惑うリカの横から栄次が乗りだし、答えた。
「何の神力があるか……ですか。いいですよ。やりましょう」
ナオはリカに向かい、手をかざす。身構えたリカだったが、リカになにか起こるわけではなく、胸元辺りから巻物が飛び出した。
「え? ええー?」
リカの体から抜き取られた巻物は真っ直ぐに飛び、ナオの手に収まった。
「驚かないでください。この巻物はあなたの歴史なのですよ。神としての歴史です。人間の歴史はまた、別の神が担当しているため、見ることができませんが、神の歴史ならば私が担当なので、見ることができます。では、巻物をひらきます」
「わ、私、人間だと思う!」
巻物をひらこうとしたナオにリカが叫んだ刹那、隣で栄次が刀の柄に手をかけた音がした。
栄次が刀を抜こうとしたのと同時に、リカの目に水干袴を来た男が映った。声を発する間もなく、リカは水干袴の男に刀で斬られてしまった。
リカの体からは血ではなく、なぜか電子数字が大量に吹き出し、崩れ落ちることもなく、リカは光りに包まれて消滅した。
リカが最期に聞いた言葉はナオの言葉だった。
「剣王! タケミカヅチっ……なぜ……」
剣王……。
タケミカヅチ……。
さっきの違和感と同じ神力……。
※※
「はっ!」
リカは飛び起きた。
まず、袈裟に斬られた体を確認する。
異常はない。
次に、自分がどこにいるか本能的に見回す。
「あ……」
リカは自室にいた。自分の部屋のベットの上。エアコンをきかせた涼しい部屋の外ではセミが姦しく鳴いている。
外は明るく、雰囲気は午前中だ。
「あ……えっと……夢?」
リカはどこまでが「夢」だったのか考える。答えはすぐに出た。
……夢じゃない。
寒くないのに震えが止まらない。
「斬られた。そして『こちら』に戻ってきた……」
つまり……ループからは脱出したのか。
リカが震えていると、玄関先のチャイムが鳴った。
ピンポーン……。
リカは肩をびくつかせながら、玄関先へ向かう。玄関先へ続く廊下から様子をうかがうと、リカの母がすでに玄関先で誰かと会話をしていた。
「……まさか」
リカの顔色がさらに悪くなる。
「ああ、リカ、お友達きたよ。ほら、小説仲間だっけ? マナさん」
「マナ……さん」
母の言葉を聞き流しながら、リカはマナを怯えた目で見据えた。
「ああ、突然ごめんなさい。少し話したいことが……」
マナの言葉が最後まで吐き出される前に、リカはマナを押し出した。
「ご、ごめん! 私、これから用事があるから!」
マナから逃げるように、リカは蒸し暑い外へと飛び出した。
この蒸し暑さ、今日の夜は雨に違いない。
……つまり……。
ナオとムスビ