黄泉へ返せ2
千夜とサヨは望月の祖、凍夜と戦っていた。マガツヒの神力は平和システム『K』であるサヨが『正』の力で相殺した。
千夜は凍夜に刃を向け、憎しみのない静かな気持ちで凍夜を止めようと動く。
しかし、凍夜は向かってくる千夜をバカにするように笑った。
「千夜、なんだ? 下克上か? 愉快だなァ」
凍夜は千夜に容赦なく蹴りを入れる。千夜は素手で凍夜の足を弾き、着地した。
「千夜サン!」
「……大丈夫だ。腹に入るのが一番困る。容赦はしてくれないのが父だ」
千夜は苦笑いを浮かべつつ、手裏剣を放つ。手や足、動きを止める部分に向かって投げる千夜。
凍夜は殺す気で、千夜は救う気で父娘はぶつかる。
殺す気である凍夜の方がためらいがなく、千夜は徐々に押され始めた。
小刀で凍夜の足を狙うが凍夜は千夜の顎に容赦のない膝蹴りを入れた。千夜は素手で凍夜の膝の軌道を変え、致命傷をさける。
「……手首が折れた」
千夜がそう言い、サヨが戸惑う。
「せ、千夜サン! 大丈夫じゃないよね?」
「……向こうは私を殺す気のようだな。やはり私はこの人の娘にはなれなかったようだ」
千夜は少し悲しげに目を伏せた後、手裏剣を再び投げる。
手裏剣は凍夜に当たらず、すべて避けられた。
かからない忍術『糸縛り』をかけ、なんとか体の自由を奪おうとする。
「私は恨みでは動かない。望月の問題を解決しにきたのだ」
千夜は厄に染まらないよう、自分で再確認するため、言葉を小さく口にする。
「そう。私は恨みや憎しみでここに立ってはいない」
千夜は折れた手首で凍夜の拳を受け流すが、拳はそのまま腹へ貫通してきた。
「がはっ……」
千夜は呻き、凍夜がさらに口角を上げた。
「一発入りゃあこっちのもんだ。おかしいな? 逆らうなら殺しに来いと言ったはずだが?」
凍夜の雰囲気は変わらず、千夜の顔面めがけて刀の柄を突き上げた。千夜はわずかに下がり、回避する。しかし、鼻をかすり、千夜の鼻から血が噴き出した。
「避けた、避けた。愉快だ」
「……愉快か」
凍夜はそのまま蹴りを千夜の腹へ入れる。千夜は両手で凍夜の足を抑え、バネのように飛び上がると、凍夜の顔めがけて鋭い回し蹴りをした。しかし、千夜は体重が軽く、小さいため、凍夜に手で払いのけられてしまった。
千夜は近接戦闘が不利であることがわかっているため、飛び道具と忍術を主に使う。
しかし、千夜は凍夜を殺す気はない。逆に拳を顔面に入れられ、腕で致命傷を回避したものの、腕は折れてしまった。
「千夜サン! 千夜サン、本気で攻撃しないとっ!」
サヨがイツノオハバリを構え、千夜の前に立った。
「サヨ、私は父を殺す気にはなれない……。私は甘いのだろうか。私達の苦しみをわかってくれるという期待をするのは……。父が過ちに気がついてくれると思うことは間違いなのだろうか」
「……千夜サン……」
千夜はせつなげに微笑み、手裏剣を投げる。
「そんなわけ、ないわな。父には感情がないのだ。わかっている……」
千夜は小刀を構え、手裏剣を避けた凍夜に飛びかかった。
凍夜は刀を抜き、娘を笑いながら斬り殺そうと動く。
「……こんな父娘……悲しすぎる……」
サヨが苦しそうにつぶやき、千夜を助けるため、動き出した。
千夜は凍夜の刀を危なげに避け、足や手を狙い小刀を振るう。
「……お父様、もうやめてください。これは皆が幸せになれない行為です」
「アハハハ! ずいぶん強くなったじゃないか! ただ、下克上したいなら俺を殺せと言ったはずだ」
「……そんなことは望んでいない」
千夜が凍夜の腕を小刀で薄く斬った。しかし、凍夜は痛みを感じない。腕を斬られたことに気づいていない。
普通に怯むことなく、千夜を袈裟に斬りつけた。千夜はわずかに後ろに下がり剣先から外れる。
かわしたはずだが、千夜の着物が破れ、肩から腹へかけて血が滲んだ。
「……かまいたち……か」
「くっ!」
さらに千夜を攻撃する凍夜にサヨが間に入り、イツノオハバリで刀を受け止める。
「お前は最初に会ったアイツか」
凍夜は愉快に笑いながらサヨを見た。
「ちっ……」
サヨは力負けしていたが、イツノオハバリがサヨに力を貸していた。マガツヒの力がサヨを傷つける。サヨは『K』の力を増幅させ、なんとか保っていた。
望月凍夜は強い。
記憶内の凍夜より、遥かに強い。
「くそっ……強すぎる」
サヨが切り傷を作りながら千夜を守る。
「サヨ……下がれ! お前は攻撃をしてはいけないんだ!」
「……千夜サンを守るだけ! 千夜サンを守るだけ!」
サヨは念じ、凍夜と戦う。
剣術をやったことのないサヨは凍夜に押され始めた。
「望月は守らなければ……おじいちゃんを救う……。あたしのおじいちゃんは子供の時にこいつに……」
イツノオハバリの形状が変わった。光輝く硬い翼が剣から現れ、太陽と月の模様が輝く。
「おじいちゃんを守る……。皆を守る……。こいつがいなければ皆幸せだったかもしれない……」
サヨは剣を構え直す。
「いや、考えるな。望月の害悪に『憎しみ』は通じない。あたしが堕ちたら終わりだ。ただ、救うことだけを考えろ!」
サヨは凍夜の刀をイツノオハバリで弾くが、攻撃はしない。
周りを漂うマガツヒのみを斬っていく。
「マガツヒを……剥がしてやる」
サヨがさらにマガツヒを狙うと、凍夜が刀で反撃をしてきた。
サヨは危なげに回避するが、腕や足を斬られた。
「いたっ……」
サヨは更夜や千夜、逢夜、他の親族達、おはるがどれだけ痛かったかを身にしみて感じた。
「……痛い……体を軽くかすっただけなのに……すごく痛い」
凍夜の回し蹴りが顔面に入る。
「がっ……!」
サヨは吹っ飛ばされ、黒い砂漠に落ちた。
「サヨ!」
さらにサヨを斬りつける凍夜の間に入り、千夜はサヨを守る。
サヨを抱きしめた千夜は背中から凍夜に斬られた。
「……っ! せん……」
「サヨ、すまん……。私は弱いようだ……」
千夜の血がサヨの腕をつたう。
「千夜サン……」
サヨは千夜がやられたことで頭が真っ白になった。自分は凍夜に殺される……そんな気持ちにもなる。
サヨに恐怖心が宿ってしまった。
「やっ……やめて! こんな……こんな酷いこと……」
「敵にそう言うか? お前ら、何しに来たんだ?」
「あ、あんたを止めに来たんだ!」
サヨは恐怖に耐え、叫ぶ。
千夜は動かない。
気を失ってしまったようだ。
「お前の頼りはその弱い女か。使いもんにならなかったんだよな、ずっと」
「……なんだ、その言い方……。あんたの娘だろうが……」
凍夜の言葉にサヨの感情が溢れ始める。
「自分の娘にっ……なんでそんなこと……言えるんだ!」
サヨは涙を滲ませ、凍夜に叫ぶ。
「そこまでだ」
ふと、逢夜の声がし、サヨと千夜は凍夜から離された。
「お、逢夜サン!」
「憎しみに支配されるな。お前は『K』だ。お前に矛盾が出て消えたら更夜が悲しむ」
「……あいつ、千夜サンをっ!」
「……サヨ、お姉様はあいつに負けたんだ。それだけだ……」
逢夜はサヨに背中を向け、凍夜に向かって行った。
「逢夜サン!」
「お前はそこにいろ。あいつを殺してくる」
「待って!」
サヨは手を伸ばすが、危うい逢夜に手は届かなかった。
「行かなきゃ……行かなきゃ……」
サヨは震えていた。
『K』のデータが『殺す』というワードを常に弾いている。
「殺しちゃ……だめ……」
サヨは目に涙を浮かべ、うなだれた。
「殺しちゃダメぇ!!」
叫んだ刹那、またも違う銀の髪が揺れる。
「……っ!?」
「千夜……遅くなってしまった……。すまない」
落ち着いた男の声。
栄次に似た切れ長の青い瞳、総髪。
「……誰?」
「お前がサヨか。大丈夫か? 落ち着くんだ」
動揺するサヨに男は羽織をなびかせ、目線を合わせる。
「俺は……望月夢夜。千夜の夫で別の望月家。そして婿養子だ」
「……千夜サンの……旦那さん……」
「俺は武神になり、今は剣王軍にいる。以前、凍夜を倒し、望月家を終わらせた者だ」
夢夜は千夜を抱き上げ、せつなげに目を伏せる。
「西の剣王軍……。そっちに東のワイズ軍……プラズマくんはあたしのせいで軍の邪魔をしてしまった……。あたし……どうしよう」
「……サヨ、凍夜とは戦うな。俺はこれから千夜をそこにいるワイズ軍に一度渡す。そして、逢夜と共に凍夜を再び殺す」
夢夜の言葉にサヨが震える。
「……殺す……。本当にそれでいいの?」
「俺は武神だ。西はそういう判断をした」
「せ、千夜サンは凍夜を殺そうとなんてしていない! 和解しようとしていたんだ!」
サヨは夢夜に叫ぶ。
夢夜は傷だらけの千夜を抱きしめ、サヨに静かに言った。
「和解なんて無理だ。あの男は興味でしか動けない。俺の妻は何度もアイツに苦しめられた。今もそうだ……。優しい千夜のことだ、凍夜を動けなくしようとしたんだろう。話し合いをするために」
「……そうだよ」
サヨの鋭い返答に夢夜は弱々しく気を失っている千夜を悲しそうに見つめた。
「千夜は俺の女だ。生前からもそうだが、こんな酷いことができるアイツを俺は許せない。俺は一度アイツを殺してるんだ。今回も相討ちしてでも殺す」
「……千夜サンがそれを望んでないって言ってんだよ! あんたが武神なら、破壊方面に感情が動いても狂わないはずだ。元々、そういう神だ」
サヨの声がどんどん鋭くなっていく。
「お前も怪我が酷い。熱くなるな。千夜を太陽神と天御柱の結界へ連れていく。お前も一緒に」
夢夜の態度は変わらない。
「嫌だ。あたしは凍夜のマガツヒを剥がしていくつもり」
「……子孫が必死にならずとも良い」
夢夜はサヨを落ち着かせようと、千夜を先に結界へ連れていった。
「……お前誰だ?」
結界へ入った時、みーくんが首を傾げたまま声をかけた。
夢夜はとりあえず、名乗る。
「……望月夢夜。千夜の夫だ。凍夜と相討ちして望月を壊し、一族から戦神、武神だと信仰され、西の剣王軍へ入った」
「剣王軍……修羅場だねぇ……」
夢夜の話を聞いたみーくんは横目でプラズマを見る。
「……それより、千夜さんが」
プラズマは冷や汗をかきつつ、夢夜が抱いている千夜を心配した。
「凍夜と対話をしようとしていたようだ。千夜らしい優しさで涙が出る。俺の大切な妻だ……。俺はこれから凍夜を抑えに行く。千夜の処置を頼めないか……。昔から無茶をするおなごなんだ」
「千夜殿……酷い怪我だ……。だが、うまく急所をはずしている。俺が応急処置をしよう。ここには時間を巻き戻せるアヤがいない。あるものでの処置となるが……」
栄次がふらつきながら千夜を受け取り、傷の様子を見始める。
「頼んだ……」
「サヨもさがらせてほしい……」
「サヨは動かないと思われる」
栄次の言葉に夢夜はため息混じりに答えた。
「……そのことなんだけど」
太陽神サキが言いにくそうに続ける。
「黄泉が開かないんだよ。誰かがブロックしてる。イザナミじゃないはずなんだ。それで……サヨの『正』の力とイツノオハバリでマガツヒを浄化させて力を削いでいく方法が今は一番いいんだよ」
「そうか……彼女に戦わせるのか」
栄次は気を失っている更夜を見る。更夜はまだ救われていない。
『恐車の術』が解けていないのだ。
「それでは、俺は戦いに向かう。逢夜が先に戦っているはずだ。サヨを守り、マガツヒを削ぐ手伝いをしよう」
夢夜は多くを語らず、サヨの元へ走り去った。
※※
一方、サヨの世界にいるルナは『過去見』をしつつ、わからないながらリカ、アヤ、逢夜の妻ルルに内容を話す。
「と、いうことですっ! わかんないけど!」
「……黄泉……」
アヤの巻き戻しにより傷が治ったリカは小さくつぶやいた。
「ワールドシステムとはちがうのかしら……」
アヤはルルにお茶を配りながら考える。
「何かやれることはないかしら? 栄次もプラズマもサヨも更夜も千夜さんも怪我をしているみたいだし」
「『K』がいないから、私達を運べるひとがいないから、アヤを戦場へ入れることができない」
ルルは心配そうに眉を寄せながらお茶を飲む。
「……黄泉をブロックしてるってひと、私、心当たりがある」
リカはアマノミナカヌシの神力を放出しながら立ち上がった。
「リカ……」
「アヤ、私、マナさんのところに行きたい。あの子を呼んで」
「あの子?」
「海神のメグ。あの神、私をワールドシステムから何回も外に出してる」
リカが言い、ルルが答える。
「あのね、メグは東のワイズ軍なんだ。ワイズに頼んだ方が……」
「ワイズ……メグは動いてくれないの?」
リカが尋ね、ルルは言いにくそうに続ける。
「連絡できないでしょ?」
「いや、私が友達だからできるわよ」
アヤの発言にルルは驚いた。
「なんで知ってるの!」
「……メグと出会った経緯は忘れてしまったけれど、気がついたらお友達だったわ」
「そんなこと……私だって連絡先知らないのに。同じワイズ軍なのに」
ルルが驚いている中、リカは続ける。
「メグは『K』だった。だから、呼べればアヤを戦地へ送れる。千夜さんや更夜さん、サヨを治せる」
「……確かに」
「ねー! ルナは? ルナは? 何したらいいの?」
痺れを切らしたルナが役にたとうと叫び出した。
「ルナはこのまま報告を」
アヤに言われ、ルナは元気よく頷く。
「わかったー!!」
アヤはルナの返事を聞きつつ、メグに連絡を入れた。