黄泉へ返せ1
「あのお侍さん、どこに行ったの? 忍者さんも、明夜さんも……」
サヨの兄、俊也は不思議そうに宇宙空間を飛んでいく。俊也の前にいた更夜の娘、静夜は俊也をちらりと見ると答えた。
「お侍様と逢夜様は今、私が特定の世界へ送り届けました。明夜様は横にいらっしゃいますが、霊なため、この宇宙空間では見えません」
静夜は宇宙空間を飛びながら小さくつぶやく。
……お父様……戻って来られますように。
「今はあなたを壱へ」
静夜は俊也を連れ、宇宙空間を飛ぶ。しばらく飛び、ネガフィルムが絡まる世界のひとつにたどり着いた。不思議そうな顔をしている俊也を連れ、静夜は世界に入る。
「さあ、あなたの世界につきました」
「……」
静夜にそう言われ、俊也は首を傾げたまま辺りを見回した。
俊也の世界は家族がいる世界だった。現実世界に近いが、家族以外いない、不思議な世界。サヨや双子のかたわれのルナ、父深夜や、母のユリが俊也を迎えていた。
「家族がいる世界なんですね」
「……うん」
俊也がうなずいて笑い、静夜は微笑んで俊也を見送った。
「俊也!」
ふと横から今まで見えなかった千夜の息子明夜が現れ、俊也を呼んだ。
「明夜さん! ほんとに見えるようになった……」
「家族は大切に。頼って生きろ。な?」
「……ありがとうございます……。明夜さん……いえ、ご先祖様」
「ああ、頑張れよ。あっしはお前さんの中にいる。お前さんを形作る中にあっしの子孫達がいる。だから、大丈夫だァ。皆いる。実はひとりじゃねぇんだ。目覚める頃には忘れてるだろうが、二度と弐をさ迷うな。肉体を置いてこっちに来るには早すぎるさ」
「……はい」
俊也は頭を下げると自分が作り上げた世界で家族と楽しそうに話し始めた。
「ほら、もうあっしのこと、忘れてらァ。こんなもんだ。夢として処理されんだろうな」
「明夜様、あの……栄次様、逢夜様の元へ行く前にこことは違う場所で『厄を抑えている太陽神』を迎えに行ってもよろしいですか?」
静夜に恐る恐る尋ねられ、明夜は軽く笑った。
「いちいちあっしに怯えなくていいんだ。お前さん、相当刷り込まれてるな? 旦那にもそうだったのかィ? 優しくしてもらえなかったかい?」
「え……いえ……私の旦那様はお優しい方でございました」
「そうかい。望月に関わったから思い出しただけだね? あっしはお前さんについていくから、安心しなせぇ」
明夜が軽く笑い、静夜は安心した顔で明夜を見る。
「ありがとうございます。では、向かいますね」
「ついていくよ」
楽しそうな俊也を横目に見つつ、静夜と明夜は俊也の世界から離れた。
静夜は黒い砂漠に赤い空の、厄に犯された世界に再び足をつけた。凍夜の支配がだいぶん進んでおり、こういった世界が多くなっていた。こうなった世界の持ち主は精神を病んでしまっている。
早く元の世界に戻さないと人間は自死を選ぶかもしれない。
「ここはまた……酷い世界で」
明夜は辺りを見回し、ため息をついた。
「はい、ここは私のお父様の世界です」
「なんと!」
「こちらには……」
静夜が言いかけた時、女性の声が聞こえた。
「静ちゃん……来てくれてありがとう」
「お母様、お父様の世界が……」
静夜が言い、明夜は驚いた。
「お母様? お前さんの母ちゃんかい?」
「はい」
「なんと……!」
驚く明夜に、静夜の母は少女姿のまま、軽く微笑んだ。
「ええ、私は望月更夜の妻、ハルです」
紅色の着物を着た、「太陽の王冠」をかぶった女性は明夜に挨拶をした。
「あ、ああ、おはるさんでしたか。お初ですかね?」
「ええ……あなたは?」
ハルが尋ね、明夜は軽く頭を下げ、名乗る。
「はい、あっしは望月千夜、夢夜の息子、明夜です」
「望月家……。……今、見てわかるとおり更夜様の世界は厄に犯されました。私の太陽神の力では、やはり守れませんでした」
「……おはるさん、太陽神様になられたのですか?」
明夜が驚き、ハルは頷いた。
「ええ、サキ様付きの太陽神でございます。……太陽の元を歩いてほしいと私のお墓の前で更夜様が願ったため、私は太陽神になりました。優しい光に包まれ、今は幸せです」
「そうでございましたか! ……大変でしたねぇ……」
「ええ、しばらくは更夜様の世界……ここにいたのですが、太陽神になってからは弐の世界にいられなくなり、霊的太陽にいましたので、亡くなってからはわりと平和でした」
ハルの柔らかい表情に明夜も自然と微笑む。
「これから、旦那さん、助けに行きますかい? 娘さんの静夜さんは壱(現世)の世界にいる神様も運べるようで」
「ええ、存じ上げております。私をここに連れてきたのは静ちゃんなんです。太陽の主、サキ様とご友神、天御柱様と共に」
「……そうでございましたか」
明夜の返答に静夜は頷く。
「はい。お父様を助けたくて……」
静夜とハルは赤い空と黒い砂漠の世界に変わってしまった更夜の心の世界を悲しげに見つめた。
「……更夜様は罪な男だ。嫁様と娘様にこんな顔、させるとは。行きますかい?」
明夜が尋ね、静夜、ハルは顔を引き締め、赤い不気味な空を見上げた。
※※
一方、先に更夜がいる世界へ送ってもらった栄次、逢夜は更夜を抑えるため、戦いに入っていた。栄次はスズをせつなげに見て更夜を傷つけてしまうことに心を痛める。
しかし、更夜を止めるためにはそうするしかない。
「……スズ、すまない」
鋭い攻撃をしてくる更夜をなんとか避けつつ、栄次は刀を振るう。
更夜は武士ではなく、忍。
刀同士の戦いになるかどうかはわからない。更夜は両利きであり、剣術、槍、薙刀、弓、鉄砲、飛び道具などなんでも一通りできる男である。
飛んできた手裏剣を刀で弾き飛ばした栄次は踏み込んできた更夜の刀を危なげに避け、三秒前の過去見で爆弾が仕掛けられた事に気づき、飛び上がる。
飛び上がったさらに上から神力の槍が降り注ぎ、結界を張れない栄次は空中で神力の槍を霊的武器『刀』で弾いていく。着地した場所は糸が張り巡らされており、忍術『糸縛り』だと素早く気づいた。糸に切られながら手裏剣を避け、爆弾を避け、更夜の猛攻に耐える。
「……更夜……」
「あいつを……殺したい。俺は……」
更夜は憎しみと悲しみの感情にとらわれ、戦っている相手が栄次であることすらわかっていない。
「殺したい」
「……更夜、俺だ。栄次だ。わかるか?」
「殺したい……」
更夜は神力を纏わせながら憎しみの涙を流し、栄次を睨み付ける。
「殺してやる……。ハルを返せ……。静夜にあやまれ……。家族を返せ……。死ね……。……はあ……はあ……死じまえ!」
「更夜、戻ってこい……。マガツヒに負けるな……更夜! それは『今』のお前の感情ではない! お前は戦国を抜け、かわいらしい忍の嫁がいて、やんちゃな娘を育てている、心優しい男だ!」
「……俺は嫁を守れねぇし、子供なんか育てられねぇんだよ!!」
「更夜! お前は立派に家庭を持つ男だ!」
必死に叫ぶ栄次の言葉は更夜には届かない。
「せっかく……戻ってきたというのに……。……前に進んだというのに」
栄次は息を深く吐くと更夜を見据えた。
「過去を見れるからと俺まで憎しみ、悲しみにとらわれてはいけない。更夜を……」
栄次は刀を構え直す。
「倒さねば」
更夜の手裏剣を刀で弾き、黒い砂を巻き上げ、更夜の背後を狙う。更夜は忍。基本背後はとれない。栄次が刀を振るったのは『変わり身』の枝だった。
黒い砂が上がり、視界を塞ぎ、更夜は栄次に攻撃を仕掛けていく。栄次は更夜と戦う高揚感を抑えつつ、更夜の隙を狙う。
見事に隙がない更夜に栄次は冷や汗をかく。栄次は戦いの高揚感の他、更夜の強さに怯えていた。
更夜は痛みを遮断できる。
つまり、死ぬまで動きが変わらない。
……恐ろしい男なのだ。
この男は。
栄次は自分が負けるかもしれないという気持ちも同時に持ちつつ、更夜の攻撃を避けていく。
栄次は武神神力を纏わせながら鬼神神力を纏わせる更夜と戦う。
……一瞬のみ隙をつくり、居合いでっ!
栄次は刀を鞘にしまった。
「ふぅ……」
息を吐き、自然体になる。
斬られる自分が頭に浮かぶが、精神力で抑えた。
攻撃を仕掛けていた更夜はわずかに止まり、栄次の不自然さに一瞬警戒した。
更夜の小刀が栄次の首に向かう寸前、栄次は目を開き、刀を抜く。
二人の時間がやたらとゆっくり流れているように感じた。
「……えいじ、たすけてくれ」
一瞬だけ更夜が柔らかい笑みを浮かべ、栄次にそう言った。
「ああ」
栄次は刀を抜きながら足を踏み込み、更夜の小刀ごと更夜を斬った。
更夜が赤い空に舞う。
スズが叫んでいた。
栄次に叫んでいた。
「嫌だ! なんでこんなことするの! 栄次っ!」
栄次は目を閉じ、息を吐くと刀についた血液を着物で拭い、ゆっくりと鞘に戻した。
更夜は逢夜の前に落ち、大の字で倒れる。折れた刀を見て我に返った。
「栄次……俺は……」
「戻ったか。動くな。手加減はできなかった。俺が死ぬところだった故」
「……すまない……俺は」
「……」
栄次は何も言わず更夜に背中を向けた。
「負の感情を利用された」
「その通りだ」
更夜は口から血を漏らしながら唇を噛みしめ、泣く。
「アイツは俺から色んなもんを奪う。笑いながら……奪うんだ。だから、アイツは俺が殺すつもりだったんだ……。栄次……」
「お前は厄に入り込まれる。その感情で良いか、よく考えろ」
栄次は振り返らずにそう言うと、凍夜と戦うサヨと千夜の加勢に向かう。しかし、栄次は更夜と二回戦った痛みの蓄積があり、膝をついた。刀を杖代わりに立つが戦える状態ではなかった。
慌てたプラズマが栄次に肩を貸し、ふらつきながらサキとみーくんが張ってる結界に入る。更夜は逢夜が担ぎ、結界に入ってきた。
「もう動けん……サヨと千夜殿が……」
「俺も動けない……。まだ黄泉は開かないのか?」
プラズマがみーくんとサキに尋ね、二人は困った顔をした。
「まだだよ。イザナミにハッキングできないんだよ。ブロックされてるみたいなんだ」
サキがそう言い、みーくんが頭をかく。
「んー、俺の母なんだがなんでブロックされてんだか?」
みーくんはずっと何かに集中している。
「……更夜……」
スズが気を失った更夜に寄り添い、手を握っていた。
「スズ、すまない。こうしなければ止まらなかったのだ」
「……」
スズは静かに泣き始め、栄次は黙ってスズの頭を撫でた。