闇の中に光を6
プラズマはサヨに追い付くために黒い砂漠の世界を走った。
「……華夜さんはどうなった……? 気配が消えてるんだ」
つぶやきつつ走っていると視界が突然に黒に染まった。
「なんだっ!」
黒い砂嵐が吹き荒れ、辺りに闇のような暗い竜巻が舞う。
砂嵐と竜巻が去り、プラズマは警戒しながら前方をうかがった。
目の前に不気味に笑っている銀髪の男がいた。
「……まさか」
プラズマが目を細めると、男は笑いながら興味深そうにプラズマを見る。
「アマテラスの神力を纏わせたやつはお前か。マガツヒが嫌っているようだ。非常に興味がある。お前はこちらに染まるのか?」
銀髪の男、凍夜はいきなりプラズマに襲いかかってきた。
「くっ!」
プラズマは苦手な結界を張るが、マガツヒの神力は丸々貫通してきた。プラズマの体を切り裂き、通りすぎていく。
……防いだはずだっ!
マガツヒは俺とは真逆神力だ。
俺の『アマテラスの力』がこいつより弱いから、俺はこいつの力を相殺できずに、負けてるんだ。
プラズマはそこまで考えて眉を寄せた。
「どういうことだ。俺は今、何を考えた? 『アマテラスの力』? 俺は皇族だったが、そんなもの……。前回もそうだ……。前の神力が出そうだと無意識に……」
プラズマは冷や汗をかいて膝をつく。
……どうなってんだ……。
オオマガツヒの神力が再び、プラズマを中から破壊する。
「ぐぅ……なんだ……この力っ! 神力が逆流するっ!」
凍夜がゆっくりこちらに歩いてきた。
「せっかくだ。従わせよう。マガツヒ、問題ない。こいつは使える」
真っ黒な神力がプラズマを突き刺していく。
「がはっ……う、動けないっ! いてぇ! 身を切られる……」
プラズマは内部に入り込むマガツヒを神力を高め追い出そうとするが、相手の方が力が強かった。
「いっ……」
プラズマは体を切り刻まれ、血を流す。マガツヒは呼吸すらも支配を始め、プラズマは涙を浮かべながら必死で息をする。
……や、やべぇっ!
「……俺に従うか?」
凍夜の言葉でプラズマは迷った。凍夜はおそらく容赦なくプラズマを殺す。従いたくはないが、自分が殺されるのはまずいと、プラズマは考えていた。
一度従おうと口を開きかけた時、凛々しい女の声が響いた。
「大丈夫かい?」
太陽の王冠に赤い着物が見える。
「あ、あんた……どっちだっけ?」
プラズマはとりあえず、女に声をかけた。黒いウェーブの髪に、猫のような愛嬌のある瞳。
「サキだよ」
サキはプラズマの前に立ち、結界を張っている。先程の苦しさが嘘のようになくなり、傷もある程度塞がった。
「……サキ」
「あんた、もしや……」
サキはプラズマを見て眉を寄せる。
「アマテラスの神力があるのかい?」
「……!」
サキに言われ、プラズマは目を見開いた。
「まあ、いいよ。今はマガツヒを黄泉に帰さないとねぇ。あれ? みーくんはいないのかい?」
「みーくん?」
「天御柱神だよ。鬼のお面みたいのかぶってる……」
サキの言葉にプラズマは頭を抱えた。
「ああー……あいつがいないと黄泉は開かないのか?」
「んー、今回はねぇ、あたしの力とみーくんの力で黄泉を開く予定だったんだけどさ、まあ、他にもやり方はあるかもだねぇ。もう弐の世界の四分の一が砂漠の世界に変わってて、人間が悪夢を見始めてる。そのうち、精神が壊れていくさ」
「……申し訳ない……」
プラズマはサキの言葉を聞き、頭を下げてあやまった。
天御柱は先程プラズマと戦ったあの紳士な神である。
「ん? なんであんたがあやまるんだい?」
「……理由は言えないが……あやまる」
プラズマは自分が状態をおかしくしたと知った上であやまったが、罪に問われるのを意識し、理由はあえて言わなかった。
マガツヒは動きを止め、サキに侵入できないでいる。サキの太陽の力がマガツヒよりも上なのだろう。
「さあ……どうしようかな……」
サキがつぶやいた刹那、黒い靄から更夜が現れた。
更夜は瞳孔が開き、目に涙を浮かべながらサキに襲いかかった。
「なんだいっ!」
「更夜!」
更夜の刀を危なげに受け止めたサキは冷や汗をかきながら後ろに下がり始めた。
「助けてくれ……」
更夜がサキに泣きながらつぶやく。力が強い更夜はサキを斬ろうと力を込めていた。
「助けてくれ……」
「ち、力をゆるめておくれ……」
サキは力負けをしていた。
「更夜! やめろ! 相手は女神だ!」
「助けてくれ!」
更夜は叫び、さらに力をかけた。サキが刀を受け止めきれないと判断したプラズマは霊的武器『銃』を出し、更夜に向かって撃った。
更夜はサキから離れたが、再びサキを攻撃する。
「……更夜……その叫びは『今』の叫びか? それとも『昔』の記憶か? 意識はあるか? 更夜!」
更夜はプラズマの言葉には反応せず、ただ泣きながら助けを求めている。
「……サキを傷つけたらそれこそしゃれにならない……」
プラズマは更夜を霊的武器『銃』で撃つ。足を狙うが、更夜が速すぎて当たらない。
神力服従はオオマガツヒの力でかき消され、更夜を拘束できないでいた。
「……更夜……気を確かに持て!」
プラズマが声をかけ続けるが、更夜は止まらない。
サキが神力を解放し、更夜を弾き始めた。更夜の体がサキの神力で焼かれる。更夜は本来、サキの眩しい力で傷つくことはない。
これはマガツヒの暗い神力のせいなのだろうか。
「でも、このままだと、あたしがヤバいっ! この男、強すぎるじゃないかい……! みーくん! なにやってんだいっ!」
サキが焦った声を上げた刹那、男の腕がサキを優しく包んだ。
「……!」
「あー、ワリィ……。おまたせ。ああ、お前を守る契約はワイズとの約束だ。怪我はさせないさ」
サキは天御柱神、みーくんに抱き止められていた。
「み、みーくん! このシチュエーション、最高だよ! 最高に萌えるじゃないかい! 乙女ゲームみたいっ!」
「お前、そんなこと言ってる場合か?」
みーくんはあきれ、サキは興奮する。
「みーくん! みーくん!」
「うるせぇな……。神力を解放すんな! 俺が焼ける」
みーくんは元々、厄神だ。
太陽系の力には弱いが、今はサキに神力をあわせているため、相殺し、無事である。
「みーくん、あの男、強いんだよ!」
「ああ、望月更夜だろ?」
みーくんが話している間に更夜がみーくんを斬りつけたが、みーくんは何事もなかったかのように剣を体から抜く。
「俺は風だ。物理攻撃は通らない。って……」
みーくんがそう言った時には更夜が神力を槍のように飛ばしてきていた。
「神力は当たる!」
みーくんは慌てて結界を張り、神力を防ぐ。
「あっぶね! さすが剣王をヤッた男。神力が鋭いな」
「みーくん、剣王は生きてるじゃないかい……」
「サキ、そんなことはいい! あいつの剣を受け止めたんだろ? お前は女だ。平気か?」
「あー、腕は痛いね。骨いってるのかな……。後でアヤに治してもらうから大丈夫さ」
「ほんと、よく受け止めたな。戦おうとすんな! 神力で乗り切れ!」
みーくんに叱られ、サキは口を尖らせる。
「か弱い乙女に怒鳴らないでおくれよ。あ、そうだ、プラズマくん、マガツヒはあれかい?」
サキはプラズマに目を向けつつ、目の前に立つ望月凍夜を指差した。
「あ、ああ、そうだ。あんた、大丈夫か?」
プラズマはサキの怪我を心配したが、サキは豪快に笑った。
「アハハ! あんたのがヤバいよ、みた感じ。あー、あの男、望月更夜だっけ? すごく辛そうだねぇ。あっちの凍夜は笑ってるけどさ」
「ああ……本当の意味で更夜を救ってやりたい」
「……そんなこと、してる暇はもうないぜ。早く黄泉に帰さねぇとな。しかし、アイツが許してくんないのよ」
みーくんは更夜の、攻撃の手数の多さに頭を抱えていた。
「ほら、後ろにきた。って、ちっ! 神力が下からっ! うわっ! 爆弾だ!」
みーくんは慌てて結界を張り、爆弾を回避する。視界が悪くなり、みーくんはさらに集中力を高めることになった。
「みーくんは動けない。なら、あたしが先に準備を……」
「待って!」
サキがつぶやいた刹那、サヨの声が響いた。
「えーと……サヨ!」
プラズマがサヨを呼び、サキは首を傾げる。
「……?」
「あたしは凍夜と決着をつけにきた。望月家のすべてを背負って千夜サン、戦おう」
サヨは隣に現れた千夜にそう言い、『イツノオハバリ』を手から出現させた。
「サヨ、無理はするな。相手は強い。更夜もおかしくなっているようだ」
「……おじいちゃん……。おじいちゃんも救うから」
サヨの決意にプラズマが必死で声を上げる。
「サヨ! あんたは戦っちゃダメだ!」
「わかってるよ、プラズマくん。あたしの力でマガツヒを剥がしていくだけ」
サヨは冷や汗を拭うと凍夜に向かい刃を向けた。
「覚悟しろよ、望月凍夜。援護、お願い、千夜サン」
「ああ」
サヨと千夜は凍夜と戦闘に入った。
一方、みーくんは更夜を大人しくさせる方法を考えていた。
マガツヒの高い神力が更夜を包んでいるため、みーくんはうまく更夜を攻撃できない。
みーくんが更夜に神力を向けようとした刹那、黒い少女が涙を流しながらみーくんを止めた。
「更夜を傷つけないで……」
「……っ!? 霊?」
抱きつくようにみーくんを止めたのはスズだった。
「ガキの霊……」
「更夜を……傷つけないで……」
苦しそうに泣く子供の霊にみーくんは困惑したまま、動きを止めた。
「傷つけないようにするのは不可能だ」
みーくんはスズを持ち上げ、更夜からの攻撃を避けた。
「アイツはマガツヒに心を食われてる。助けが来なかった苦しみ部分だけ残った、地縛霊みたいなもんだ」
「……お願い。あたしが彼を傷つけてしまった……。追い詰めてしまった……。優しいひとなの……」
スズは切れ切れに言葉を発する。みーくんはスズを抱いたまま、更夜の攻撃を危なげに避けた。
「ダメだ。お前から殺られるぞ。ああいう系統の神は未来を作る子供、子供を産み出す女から殺す。ふつうの男は理性があり、守護本能が高いが、破壊に動くと理性を失い、攻撃的になる。あの男は理性を失い、ひとの区別すらついていない」
みーくんはスズを後ろにまわし、更夜の神力の槍を避けた。
更夜はなぜか、スズを狙い始める。
「ほら、お前、狙われてるぞ。人間の男がな、破壊方面に走ると世界が滅ぶんだ。世界征服を企む目の前のアイツ……凍夜のようにな」
「更夜は……違う。すごく悲しそうに泣いてる……」
「自暴自棄、なんだな」
みーくんはスズを抱きしめ、更夜の鋭い神力に刺さり、スズを守った。
「血が……」
「人間の少女霊を傷つけられる方が事件だ。女は平和システム『K』になることもあるからな。まあ、男でもまれにいるのだが」
「更夜……もうやめて……」
スズは更夜に願う。
しかし、更夜は戻ってこない。
スズが泣き始める。
「みーくん!」
サキの悲鳴に似た叫びが響いた。更夜が刀を振りかぶっている。狙いはスズだ。
みーくんは物理攻撃をすり抜けられるが、スズがいるため肉体をヒトに近づけ、わざと斬られた。
「みーくん!」
サキが手を伸ばしたが、何かに気がつき、手を戻した。
黒い砂ぼこりが晴れると、茶色の総髪をなびかせた侍がみーくんの前に立ち、更夜の剣を刀で受け止めているのが見えた。
「あんたは! 栄次!」
「ここは引き受ける。スズを頼む」
「いやあ、危なかった。あいつ、強いんだよ。物理的に」
「知っている」
栄次は更夜の刀をわざと力を抜いて下に振らせ、横向きに避けて競り合いを回避した。普通ならば腕を斬られているが、栄次は無傷で抜けた。
「あの男も化け物か」
みーくんはスズを抱えてサキと結界を張り、隠れた。
「サキ、どうする?」
「準備だけ、しとくかい?」
「そうするか……」
みーくんとサキはマガツヒを黄泉に帰すための準備を始めた。