闇の中に光を5
静夜は栄次と逢夜を凍夜がいる世界へと運んだ。傾いた天守閣がある。赤い空、黒い砂漠の世界。禍々しさはあるものの、凍夜の気配を感じない。
「……いねぇようだな」
逢夜がつぶやき、栄次が頷く。
「しかし、人の気配はする。危険性はなさそうだが」
栄次が警戒していると、銀髪の青年と黒髪の少年が黒い砂漠から顔を出した。
「あ~、お神さんだ。ありがたや~。厄除けさんと時神さん。変な組み合わせでございやすね~。ああ、失礼いたしやした」
「め、明夜さん! こ、このひと達は?」
軽く頭を下げた銀髪の男、明夜に俊也は顔色悪く、慌てて尋ねた。
「いやあ、俊也。相手はヒトじゃねぇ。神だ」
「……神……。あ、ちょっと待って……その横のお侍様、うちの隣に住んでませんか?」
戸惑う俊也に栄次は「ああ」と軽く答えた。
「お隣さんだな。サヨの兄か」
「ええっ……えー、そうです!」
「……早く目覚めた方が良い。向こうに帰れなくなる」
「そうは言ってもどうすれば良いか、わからないんです」
俊也は動揺しつつ、栄次に答えた。
「……」
栄次は急に黙り込んだ。
「あ、あの……」
「俊也、栄次は過去神だ。過去を見ている。状況は説明しなくていいぜ。この男が全部わかるからな」
逢夜が横から俊也の不安を取り除き、栄次は瞬きをする。
「ああ、なるほどな。千夜殿の息子……明夜殿。はじめまして。白金栄次と申します。凍夜から拷問を受けておりましたが、お体の方は……」
栄次の発言に横にいた静夜が震える。
「お嬢さん、怯えなくとも大丈夫ですよ。……あんたも大変だったんでしょう。……栄次様、心配ありがとうございます。何かがあったようでして、水飲み、腹蹴りが二回で終わりましたため、ちっと腹が痛いだけです」
「……おかわいそうに」
「それよりもお母様を知っているようでしたが……」
明夜は栄次を優しげに見た。
「ええ、千夜殿と先程まで共におりました。お優しい母君様でございますね。しかし、危ういです。彼女は自ら戦場へと向かわれました」
栄次の言葉に明夜が目を伏せる。
「そうでございますか。自分は戦う術を持ちません。戦う時代を生きていないのです。ですが、お母様は……。お母様をお助けくださいませ……」
「……なるべく、援助いたします。お母様にお会いしたくはありませぬか?」
栄次の問いに明夜は軽くはにかんだ。
「あー、もう孫がいる年齢でこちら(弐)に来ましたからね。今さら母ちゃん母ちゃんもお恥ずかしい」
「……お母様の愛情は変わりませぬ」
「そうでございますねぇ。お母様が亡くなってからあっしはずっと泣いていたようでございますから。母の優しいお声を物心ついた時に聞いてみたかったのは確かです。母に褒められたかった、叱られたかった、泣きついてみたかった……。
お父様が亡くなり、十歳のあっしはひとりで望月を立て直さなくちゃならなくなりました。どこかで孤独を感じていたんでしょうねぇ。
ずいぶん時間が経ってから孫ができて死ぬ間際、お母様に抱っこしてもらいたくなったのを覚えています。会いてぇなあって。顔も覚えてないのに」
明夜は優しい顔でそう言った。
「千夜殿のところに行きましょう。明夜殿」
栄次も優しい顔で答える。
「……お恥ずかしいですが……お母様に会ってみたい……」
「では、ここから早く出ましょう」
栄次が促し、逢夜が荒々しく息を吐く。
「ここに凍夜がいねぇんじゃ、意味ねぇしな。凍夜から探すぜ。お姉様も更夜もおそらく、凍夜と同じ場所にいる。俊也は自分の世界に帰れ。静夜がこちらにあるお前の世界に返してくれるはずだ」
「……あ、はい。えーと、あなたは?」
俊也は戦国時代の望月を知らない。
「ああ、俺はあんたの先祖、明夜の母、千夜お姉様の弟、逢夜だ。そこの女子は俺の弟、更夜の娘の静夜だ」
「は、はあ……。って、え? 全員親族!?」
逢夜の言葉を聞き、俊也は突然驚きだした。
「そうだよ、うるっせぇな! 耳元で叫ぶな! 忍は耳がいいんだよ!」
怒る逢夜に俊也は少し目を輝かせる。
「うわあ! ほんとに忍者なんですか!? 僕の先祖様は忍者だってお父さんが言ってて、学校で自慢してましたぁ! 皆からいいなー、カッコいいって褒められて嬉しかった」
俊也が楽しそうに語るので、逢夜は眉を寄せたが、その後、軽く笑った。
「そっか……。忍の価値観が変わったんだな。忍を、時代を、知らない世代か……。平和になったな。知らなくていいんだ。あの時代なんて」
逢夜は乱暴に俊也の頭を撫でると、静夜と明夜を見た。
「子孫は幸せに生きているようだ。無邪気な顔で笑ってる。この子に凍夜を教えちゃいけねぇ。静夜、まずは俊也を彼の心の世界に帰そう」
「……はい」
静夜は頭を下げて返事をし、明夜以外を浮かせた。
「うわっ、うわわっ! 浮いてる!」
「うるせぇ! 理由はめんどくさくて言わねぇ! なれろ!」
戸惑う俊也に逢夜が鋭く言い、栄次が落ち着かせる。
「逢夜、気が立っているのはわかるが、落ち着くのだ」
「……すまねぇ……」
逢夜があわててあやまり、静夜は進み始める。
「あれ、明夜さんは……」
「彼は霊だ。世界を渡れる。ええー……後からついてくる」
「そうですか」
栄次が悩みながら答え、俊也はとりあえず頷いた。