闇の中に光を4
少し前、傾いた天守閣の一部屋。男二人が軍人将棋をやっていた。
「あっしの勝ちだァね、また。望月 俊也、しっかりしろや」
「……」
「なんだ? その顔は情けねーツラしやがって。色んなことを見て覚えやがれ」
千夜の息子、明夜は目の前でうなだれている俊也に将棋ゴマを渡した。
「もう一度だ。望月の男はナヨナヨ紙っぺらはいけねーヨォ」
「……サヨ……ルナ……」
俊也がコマを並べながらつぶやく。明夜は俊也の状態を見つつ、笑顔で答えた。
「ま、心配しなさんな。俊也にサヨにルナ、かわいい子孫はしっかり守るさ」
ヒコーキのコマをかざしつつ、俊也の頭を撫でる。
それから二戦、三戦としたが、俊也が勝つことはなかった。
まず、コマが覚えられなかった。戦略も向こうのが上で、ヒコーキで大事なコマをどんどん倒されてしまう。
「楽しいけど、難しいなあ……」
「楽しいだろ? 相手がどこにコマを配置するのか考えて組み合わせるんだ」
明夜は楽しそうにコマを並べていた。なぜだかわからないが、明夜といると気分が明るくなる。
「明夜さんはなんでここに?」
俊也は余裕が少しでてきたので、明夜に質問をした。
「お前さんを助けにきたよ。あっしも凍夜にとっちゃあ、跡取りだ。『国盗り』後の望月の主が欲しかったのさ。あっしは望月凍夜に従ったフリをして、ここに幽閉されてお前さんを助けにきたってわけよ」
「望月……凍夜って……?」
俊也はさらに質問を重ねた。
「お前さんは知らなくていい」
明夜がそう答えた時、障子扉が突然開いた。
銀髪の不気味な笑みを浮かべている男が明夜の前に立つ。
「明夜、俊也と何をしている? 俊也はお前よりも大事な跡取りだ。遊べとは言っていない。しつけろと言ったはずだ」
「戦略の勉強をさせておりましたが……よろしくなかったでしょうか?」
明夜の返答に凍夜は狂ったように笑うと明夜の腹を突然蹴り飛ばした。
「お前の言葉は聞いてないんだ。何をしても良い。服従させろと言っている。できなかったら罰を与える仕組みだぞ? 明夜……お仕置きは何がいい?」
凍夜の言葉に明夜は腹を押さえて立ち上がる。
「申し訳ありません。凍夜様。お仕置きはそちらでお決めくださいませ」
「……め、明夜さん……」
俊也の気持ちが不安定になった。恐れが出ている。
明夜は俊也を見、手をかざして何も話さないように伝えた。
明夜の瞳には光が入り、強い決意を感じた。
「では『水』にしよう」
「ほんと、あれ食べようみたいに……。しかし、良かった。俊也の前で、ではなさそうだねぇ」
明夜は凍夜に連れ去られてしまった。俊也はひとり残され、軍人将棋を眺める。
「……水ってなんだ……? お仕置きは体罰のことだ。水って……まさか、拷問か!?」
俊也に恐怖心が宿る。
「……水責めだ……。水飲ませてお腹蹴るやつだ! なんで……」
俊也は涙を浮かべる。
「なんで、そんなことをされるんだ……?」
俊也にはわからなかった。
望月凍夜が誰なのかもわからず、凍夜に従ったフリをしていた明夜は拷問される。
何が正しいのかわからなかった。
軍人将棋を見る。何回も明夜に負けた。明夜は頭が良い。そして、落ち着かせる言葉を選ぶのがうまい。
「あの人はやっぱり、すごい人だ……。助けにいくべきなんじゃ……」
俊也がそうつぶやいた時、明夜が上半身裸のまま、弱々しく俊也がいる部屋に帰ってきた。
ずぶ濡れで腹を押さえている。
「大丈夫? 明夜さん……」
「大丈夫だよ。しっかし、ほんと、容赦ねーなァ。イテテテ。えーと、着物と手拭い……ゲホゲホッ」
「ひどいよ……。僕が悪かったの?」
俊也は明夜の背中を撫でながら怯えた目をしていた。
「……そうやって下のモンをそういう風に思わせて支配するやり方だろ。気にすんじゃねぇよ」
明夜はタンスに入っていた手拭いで体を拭き、橙の着物に着替え直した。
「あの人、怖かった……」
「怖いだろ? しかたねーのよ、ああいう人なんでね。さ、行くか」
「え?」
戸惑う俊也に明夜はにこやかに笑って言う。
「逃げるぜ。凍夜があっしの拷問を途中できりあげたのよ。だからまあ、こんくらいで済んだわけだ。で、凍夜は今はこの世界にいない。周りが動き出したんだ。今なら逃げられる」
「逃げるって……もし、見つかったら……」
「見つかんねーように逃げるのに、見つかることを考えてんじゃねぇ! 希望を持って生きろや」
明夜は俊也の手を掴むと、堂々と部屋から出ていった。
……この人は怖くないのだろうか。
気持ちが強いんだ……。
僕なんかよりずっと……。
僕は弱かったんだ。
眠りから覚めなきゃいいのにって一瞬でも思ってしまった。
僕はね、辛かったんだよ。
取り残されていく自分が。
勝てない自分が。
志望大学は絶望的だと言われた時……あきらめちゃったんだ。
それの後悔で……僕は。
明日が来なければいいのに。
って思った。
「……」
俊也は明夜に手を引かれ、せつなげにうつ向く。
「顔をあげろや。進めや。後悔すんなら全部終わったあとにしろぃ。まだ終わってねぇよ? まあ、こういうのはな、終わらねぇのよ。人間は先を求め続ける生きモンだ。経験全部は無駄にならねぇさ。ぶつかりながらでも先には進めるんだ。ほれ、もっと早く走れ」
明夜は廊下を駆ける。
俊也も頑張って追い付く。
「そうそう。走ってりゃあ、そのうち、追い付くもんだ」
「……明夜さん……」
「全部知ってんよ。悩んだんだろ? 辛かったな」
「明夜さん、僕」
「もう一度、ちゃんと目覚めな。親御さん、妹達が泣いてるぞ。お前さんは、まだ、こちらに来るには早すぎる。帰るんだ」
階段を降り、天守閣の外に出た。俊也は知らずのうちに泣いていた。
「僕が明日なんて来なければいいのにって……言ったから……」
「ああ、マガツヒと凍夜にその感情を使われたんだよ。もう気にすんな。行こうか」
明夜は俊也を連れて黒い砂漠を歩き出す。
赤い不気味な空に、人が三人落ちて来るのが見えた。