闇の中に光を3
サヨは走った。
砂漠に足をとられながら悲しき魂がいる方へ。
プラズマが助けようとしていた華夜という少女の元へ。
彼女もマガツヒにとらわれて苦しんでいるはずだ。
しばらく赤い空、黒い砂漠を眺めながら進む。
目の前に青白い炎が揺れ、黒い靄に包まれた銀髪の少女が現れた。華夜はプラズマの神力に貫かれたはずだが、無傷だった。
サヨは感じた。
この少女はもうほとんど何かしらのエネルギーに『分解』されていて、弐の世界から消える寸前だと。
「少しの後悔が、ここに縛り付けているんだね。魂はきれいじゃないと分解されない。新しいものに作り替えられない」
「……あな……あなたは」
「望月サヨ。望月千夜の子孫だよ」
千夜の名前を聞いた華夜は震え、涙を流し始めた。
「しそん……」
「そう。千夜サンが心残りなんだね」
サヨがそうつぶやいた刹那、後ろで声がかかった。
「……私を呼んだか?」
足音すらしなかったが、サヨの後ろに千夜が立っていた。
「えっ! いつの間に!」
「呼ばれたから来たのだ。……お前は……死ぬ間際に見た顔だな」
千夜は華夜とは一度しか会っていないようだ。
「おねえ……さま」
揺らいでいた華夜の言葉が突然にはっきりと聞こえた。
黒い砂が巻き上がる。
「お姉様、ごめんなさい!」
「……?」
「お姉様が敵国の家族を助けたから違反で毒矢を放ったわけじゃないんです!」
華夜は当時にとらわれている。
彼女には『分解』できていない部分しか残っていない。
「お姉様が死んでしまう! 夢夜様! ごめんなさい!」
「ど、どういう……」
サヨには状況がわからなかった。千夜はサヨに軽く説明する。
「華夜は異母兄弟で、私よりも後に産まれたようだ。会ったのは私が死ぬ間際の一度だけ。間違いなく凍夜にしつけられている。
夢夜様は婿養子で私の旦那様だ。私は明夜を産んですぐに戦場へ。明夜を人質にとられ、戦に行くしかなくなった。
夢夜様は凍夜を殺そうとした。だが、実力差で夢夜様が殺されてしまうと考えた私は、凍夜の要件を飲み、明夜を人質に渡し、戦場へ向かったのだ。私が死んでから夢夜様が凍夜と相討ちしたと知る」
「千夜サンは……戦場で死んだんだ」
サヨが悲しげに言い、千夜は目を伏せ、頷く。
「そうだ」
「あたいが毒矢を放ちました! あたいが……殺したァ!」
華夜が叫びだし、千夜がなだめる。
「華夜、もういい」
「あたいはお姉様を殺しました……」
「華夜、もういい」
「あたいはお姉様を殺した……」
「華夜……」
「敵国の家族を助けたからじゃない……。あたいは耐えられなかっただけだ」
華夜は涙ながらに千夜に頭を下げる。
「あいつの暴力に十年耐えた。もう耐えられない……」
『あいつ』とは凍夜のことだろう。
「お姉様を殺せば旦那様の夢夜様がアイツを殺してくれると思ったの……。復讐心で殺してくれると思ったの!」
華夜は千夜の前で泣きじゃくる。千夜は黙って見つめていた。
「お姉様の家庭を壊したのはあたいだ! あなたがいなくなって明夜様はいつも泣いていた。あたいは最低だよ……」
「……華夜……お前、まさか」
千夜は華夜を優しく抱きしめた。
「……自害する必要など、なかったのだ……」
華夜は目から涙を溢れさせ、唇を震わせる。
「……耐えられなかったんです。大人の男の人が声を上げて泣いている。幼い男の子が泣き止まない。お姉様の名前を呼んで叫んでいるんです。初めて震えました。暗い闇にとらわれた気分でした。二人から大切なものを奪ったのはあたい……あたいなんだ」
「華夜。もう、いいんだ」
「死にたいよ……」
これは華夜が死ぬ直前の感情だろう。彼女にはもう、ほとんど中身がない。消化できない『思い』だけが『分解』できずに漂っている。彼女は十歳足らずの少女のまま。
「……華夜……」
千夜が声をかけようとした刹那、多数の望月達の魂が黒い霧に包まれ、現れた。
「キャハハハ! お父様、愛して罰を与えて! いつものように痛め付けて!」
「な、なに?」
サヨが驚き、千夜が答える。
「望月 猫夜。異母兄弟だ。弟である狼夜が猫夜をかばい、凍夜の仕置きを受けて四歳で死に、それから七歳の猫夜は罰を与えられることで狼夜に謝罪をしている」
「……ひっ」
サヨは思わず悲鳴を上げた。
異常な精神の壊れ方だ。
「お姉様を助けたい……。力がほしい……。お姉様……」
舌ったらずな幼い男の子の声。
「狼夜だ」
「……」
サヨは震えていた。
マガツヒはどれだけ望月家の悲しみ、後悔、憎悪を吸ったのか。
「男を産めない妻に罰を与えろ? なぜ……どうやればいい? 妻をほめたんだぞ、俺は! よく頑張ったなと……一緒に泣いたんだぞ……」
迷い苦しむ男の声が聞こえる。
「望月 雷夜だ。女の子を産んだ妻に主らしく罰を与えてわからせてやれと凍夜に言われたんだ。この男は凍夜の言いなりにされていて、言い付け通りに泣きながら妻を暴行した。そして加減がわからず、妻を殺してしまったんだ。彼は娘を守りながら苦しんで死んだ一生だった」
「……ひどい」
「俺の兄弟は壊れちまった。妻と息子には……何もしないでくれ……お願いだ! 『更夜』!」
先程とは違う男の声がする。
「望月 竜夜だ。雷夜、華夜の兄。望月の異常性に気づき、息子と妻を抜け忍にしたが、抜け忍は凍夜が許さない。……彼の息子と妻は……『更夜』に殺された。竜夜は自殺している」
「おじいちゃんが……」
「サヨ、すまない……。望月家は死んでからもこうだ。父のせいでな。更夜がまともに子育てをしていたことを私は誇りに思っている」
千夜の言葉にサヨは何も言えなかった。ひとりの男が作り上げた望月は誰ひとり幸せになっていない壊れた家系になっていた。
「殺したり、自殺した人がたくさんいる……。千夜サン……あたし、怖いよ……」
「……ああ、怖いよな。この他の望月は皆、おそらく私の息子、明夜が変えたのだろう。あの子は望月を変えた。明夜の行く道を見届けられなかった者達がこうやってとらわれているのだな。……しかし、憐夜がいない……。あの子には負の感情がなかったというのか……」
「憐夜……?」
サヨは眉を寄せたが、千夜はそれ以上は語らず、華夜に目を向ける。
「お前の後悔はここで終わる。私はお前を恨んでないぞ。夢夜様も息子も、お前を悪くは言わない。……サヨが……私の子孫が今もちゃんと生き続け、私達の人生を怖いと言ったよ。怖いと思うなら、平和に生きているんだと思わないか? 華夜」
「お姉様……ごめんなさい……」
「大丈夫だ。華夜……。また、新しい魂になり、望月に戻ってこい。私は守護霊だ。お前を歓迎し、そして祝福されて産まれるだろう」
「お姉様……ありがとう……」
華夜は優しい顔で涙を流し、静かに目を閉じた。電子数字が華夜を分解していく。
「さようなら。一度だけ会った異母姉妹……。次は優しい生を歩め」
千夜がつぶやき、華夜は安らかな顔で消えていった。
「……華夜サン……」
「彼女の負の感情のみが、凍夜に使われていた。彼らもそうだ」
いまだ、苦しんでいる望月達の魂達。彼らも兄弟や家族に会って負の感情から気持ちが離れたはずだ。マガツヒが彼らをこの世界にとどめているのだろう。
「……助けなきゃ」
サヨは無意識に手からイツノオハバリを出現させていた。
「サヨ、お前は武器を持ってはいけないだろう。それはどこで?」
「ずいぶん前にそこらで拾った! 大丈夫だよ。これはワールドシステムや黄泉を開くために使う。ワダツミが『オオマガツヒを黄泉に返す』って言っていた。
この剣はイザナミ、イザナギに関係あるんだ。黄泉にマガツヒを返せばいいなら、これで黄泉を開く!
さっきね、天御柱神がいたんだよ。あの神もイザナミ、イザナギに関係してるじゃん。つまり、高天原も黄泉を開けるヤツを弐に入れてきてるわけだ」
サヨは顔を引きしめ、辺りを見回した。苦しんでいる魂の声が絶えず聞こえる。
「なるほど、サヨは賢いな」
「大元にぶつかりにいこう。時間がないんだから」
「ああ」
千夜が頷いた時、遠くで黒い竜巻が発生し始めた。
「なに!?」
「……まさかの本人の登場だ」
千夜の言葉にサヨは竜巻を睨み付けた。
「望月凍夜……」