鬼神の更夜6
栄次と逢夜は赤い空に黒い砂漠の不気味な世界へ足をつけた。
「更夜どこだ」
栄次が声をかけるが、反応はない。栄次と逢夜は武器を構えながら殺気に満ちた世界を移動する。
後ろで突然に黒い渦が巻き上がり、振り返ると、今度は前から黒い渦が巻き上がる。
「更夜……」
気がつくと視界に手裏剣が映った。栄次は慌てて避ける。
「栄次、更夜が近くにいる。どこにいるかわかるか?」
逢夜に問われ、栄次は軽く首を横に振った。
「位置はわからない。あの男は忍だ。気配がない。逢夜、自分で自分の身を守れ。俺はまもってやれん」
「あー、あんたに守られなくてもなんとかするぜ」
栄次と逢夜が話しているすぐ下で刃が光った。
栄次は鼻を切り落とそうとしてきた刃をわずかに下がりかわす。
下に更夜がいたらしいが、今はもういない。
「逢夜、少し離れていろ。俺がやる」
栄次は集中力を高め、更夜の位置を的確に把握し始めた。
「……頼んだ」
逢夜は更夜と栄次が死闘した事を知っていた。再びぶつかることで、更夜と栄次の気持ちが安定するのではとも考える。
栄次は逢夜をその場で待機させ、刀を構え、神力を増幅させた。武神の神力が溢れ、栄次の瞳が赤く光る。
「……更夜」
栄次は更夜を目でとらえた。
更夜の瞳は憎悪で赤く光り、口元は自嘲気味に笑っている。
「当時と同じだな、更夜……。自分の人生の……ぶつけるところがほしいのか。憎悪のはけ口がほしいのか」
栄次は更夜の手裏剣をすべて弾き、忍術を容易に解いた。
糸縛り、影縫い……栄次はかからない。
更夜は神力を槍にして栄次に飛ばしてきた。急所ばかり狙ってくるのは更夜らしい。更夜はどんな武器も使いこなせる器用さがある。
栄次の前にようやく姿を見せた更夜は神力を薙刀に変え、栄次を凪払ってきた。
栄次は薙刀の間合いから外れ、遠くに着地する。
「……いつの間に神力を使うのがこんなにうまくなったのだ……」
栄次がつぶやきながら、後ろから斬りかかってきた更夜をかわす。
「斬られたか……」
栄次は更夜の刀の風圧で腕を薄く斬られた。
更夜は栄次の頭上から鉄砲のように速い神力を多数放出させ、栄次を休ませない。
「上か」
栄次は危なげに飛んでくる神力を避け、更夜を探す。
更夜はすぐ後ろから刀を突いてきた。栄次は体を捻り、かわす。
「強い」
栄次は飛び上がって更夜の手裏剣をすべて避けた。
しかし、後から飛んできた神力の槍が額をかすり、血を流してしまった。少しだけ怯んだ栄次に更夜の手裏剣と、かまいたちのような斬撃が襲いかかる。
血が流れる音がやたらと大きく聞こえた。
「……っ!」
気がつくとマキビシが辺りに落ちていた。栄次が一瞬怯んだ刹那、更夜が首を狙って刀を振るってきた。
栄次はマキビシを踏まないように危なげに避ける。体勢が崩れた栄次に容赦なく更夜の刃が襲い、栄次は切り傷を負いながらわずかに下がり、致命傷をさけた。
「……うぅ……」
栄次はマキビシを軽く踏んでしまい、足を怪我してしまった。
更夜は栄次に容赦はなく、さらに遠くから手裏剣を放ってきた。
「足を置く位置まで計算して手裏剣を……」
栄次はその場で逆立ちをし、腕にかする寸前で手裏剣を流した。
素早く戻り、飛んできた神力の槍を足を動かさずに避ける。
「……俺との戦い方がよくわかっている……」
再び頭上に飛んできた更夜を視界に入れ、上から雨のように降り注ぐ槍を、栄次は霊的武器『刀』ですべて叩き落とした。
それから栄次は更夜方面へ飛び上がり、マキビシを飛び越え、黒い砂漠に足をつける。
「更夜、反撃するぞ。いいな?」
栄次は一言そう言うと飛んできた更夜に刀を振るった。
栄次は高速で刀を動かし、更夜を的確にとらえるが、更夜は不気味に笑いながら当たる寸前で避けていく。しばらく風を切る音と銀色の光りのみが動き、ときおり血が舞った。
「やはり、あたらない。かすったか?」
栄次がつぶやいた刹那、栄次の頬すれすれに神力の槍が通りすぎる。頬を斬られ、血を拭いながら栄次は更夜をとらえ、刀を振るった。栄次の鋭い攻撃を簡単にはかわせない。
更夜は最小限に済ませるように当たりながら避け始めた。更夜は痛みを遮断できるため、普通に当たりながら向かってくる。
「……本当にためらいがないな」
栄次は困惑しながら、ぶつかり合わない刃を振り続ける。
「……」
更夜は何も話さない。
憎しみに支配され、ただ栄次に牙を向く。
「更夜……戻ってこい」
栄次が呼びかけても反応がない。急に地面が爆発した。
「炮烙玉か」
栄次は慌てて下がった。爆風で黒い砂が巻き上がる。
「お前は強すぎる」
栄次は視界にまぎれて突き刺してきた更夜の刀をかわし、足払いをかわし、背中からの袈裟斬りを振り返って刀で受けとめた。
甲高い金属音が響き、初めて刃が交わった。
「お前は強い。俺はあの時、お前に負けていたかもしれない。俺が死んでお前が残っていたらどうなっていたのだろうか?」
「自害だ……」
栄次の問いに更夜は静かに答えた。
「自害してたさ。ヒトの人生なんて『運命』だ。幸せな『運命』が良かった。この世に産まれた事……後悔以外ないんだ」
更夜は狂ったように笑いながら涙を流す。
「最低な人生だ! 最低な人生だ! アハハハ! 愉快だ、愉快だ!」
更夜の力が強くなっていき、栄次は刀を離さないよう必死に競り合う。
「俺なんて、何にも持っちゃいけなかったんだ! 殺人鬼。初めから鬼だったんじゃねぇか! あんだけ人を殺したんだ、まともな生活なんて、平凡な幸せなんて願うべきじゃなかった! なんて馬鹿者よ、俺は! アハハハ!」
更夜は狂ったように笑いながら、さらに栄次に力をかける。
助けてくれ……そう言っているようにも聞こえた。
「それがお前の本心か」
栄次はわざと力を抜くと刀が振り下ろされる前に前進、更夜に体ごとぶつかる。栄次は肩を斬られ、更夜には隙ができた。
栄次は更夜を乱暴に倒し、砂漠に押さえつけた。
更夜はそこから軽く抜ける忍術を使おうとしたが、栄次が涙を流していたのに気がつき、止まった。
仰向けに押さえられている更夜の頬に栄次の涙がひとつ、ふたつと当たる。
「もう抵抗するな……。お前の悲しみは……十分すぎるほどに知っている。共有している。実際に見ている。すべて……会話まですべて……知っているのだ。……お前と戦いたくない。俺も辛い。おはるや静夜のこと……スズ……守れなくて本当に申し訳なかった」
「……お前があやまる必要はない。……離せ」
栄次は更夜をそっと離した。
更夜が刀を構えたため、栄次も構える。
「……なあ、栄次」
更夜が鬼神神格を纏わせながら栄次に口を開いた。
「……なんだ」
「本気でいってもいいか」
「……ああ、来い」
栄次の返答にどこか安堵した更夜は軽く微笑むとさらに神力を解放させ、栄次に向かい刃を振るった。
栄次は間近まで動かず、集中を高め、息を吐き、正眼の構えから更夜を袈裟に斬った。
更夜が血を吐きながら呻き倒れ、栄次も膝をついた。
袈裟に斬られ、口から血をもらす。
たが、お互いわずかにかわし、致命傷からは外れていた。
「……更夜……」
栄次は自身から漏れ出る血を眺めながら更夜を呼んだ。
「もう過去にとらわれるな。俺とは違うのだ。お前は未来を歩けるはずだ。今いる皆を大切にしろ……。俺がお前の過去を大切に、忘れずに持っていてやる」
更夜は泣いていた。
どうしようもない気持ち。
怒り、悲しみ、苦しみ、後悔、悔しさ、比較、憎悪……沢山の感情が更夜を「あの時」にとどめたままだった。
そう、栄次と同じだった。
「更夜……あの時、俺を救ってくれてありがとう」
栄次はそのまま仰向けに倒れ、続ける。
「お前の娘、静夜は……お前を尊敬していた。木暮になった静夜は娘を産み……お前の一文字をとり、『あや』と名付けたようだ。わかるか?」
栄次の言葉に更夜は涙を拭い起き上がる。
「……まさか」
「お前の孫は時神現代神として、お前のすぐそばにいつもいたのだ、更夜」
「アヤが……!?」
更夜は驚き、目を見開いた後、目を伏せて涙を溢れさせる。
この涙は先程の涙とは違う涙だった。
「ああ……会いてぇな……。娘に……妻に……会いてぇな……。もう弐にもいねぇのかな……。幸せに生きたのかな……」
「おはるはわからんが……静夜はあれから幸せに平和に過ごしたようだぞ。アヤの他、木暮の血筋は今もしっかり続いている」
栄次にそう言われ、更夜は静かに嗚咽を漏らし始める。
「……ありがとう、栄次。気持ちがあたたかくなるのを感じるが、苦しみはまだ、続くかもしれない」
「そう簡単には捨てられない故、お前はこの世界に縛り付けられることになったのだ」
二人は寄り添うわけでもなく、離れたまま、それぞれ泣いた。
更夜と栄次を寂しそうに見つめていた影はゆっくり揺れてから、黒い砂と共に舞い上がっていった。