鬼神の更夜5
サヨは栄次、プラズマ、逢夜を連れて望月凍夜を探す。
宇宙空間を進んでいると、栄次が鋭い声を上げた。
「止まれ!」
「うわっ? な、何?」
サヨが止まり、慌てて栄次を振り返るとプラズマがサヨを引っ張り、後ろに回した。
「だ、だから……なに……」
サヨは一番後ろに回され、前にいた栄次と逢夜の背中を見据える。二人とも刀を抜いていた。
「更夜だ」
「え……おじ……」
サヨが言いかけた刹那、風圧がサヨを横切り、逢夜の腿あたりを切り裂いた。全く見えなかった。
更夜の影すらわからない。
「逢夜サン!」
「騒ぐな! サヨ、更夜はやはり……おちた。この下にある世界に入った。俺と栄次を下に落とせ! 今すぐに!」
逢夜が怒鳴り、サヨはなんだかわからないまま、データを遮断させ、ふたりを下に落とした。
「K」のデータを相手に流すことにより、サヨの一部になり、サヨが動く方向に一緒に動く仕組みである。データを遮断すれば、壱の神は浮いてはいられない。
真下にはネガフィルムが絡まる沢山の世界があった。
「咄嗟に切っちゃったけど、壱のひとが、個人の世界に入るには知り合いか、誰でも入っていいって心が言ってる人じゃないと入れない!」
「大丈夫だ。この下は更夜の世界だ」
「先に行っていろ。更夜を助けてくる」
落ちながら栄次と逢夜はそれぞれサヨに答えた。ふたりはやがて見えなくなり、静かな宇宙空間がネガフィルムの位置を動かし、変えた。
「弐は変動する。しばらくここには戻ってこない……。おじいちゃん……」
サヨが心配し、残っていたプラズマが口を開いた。
「更夜はやはり、マガツヒにおちていた。栄次と逢夜が負けたら、あの男を抑えられるヤツはいない。俺達は無理だ。サヨ、更夜はな、恨みの度合いが強いから、いつも鬼神を隠している」
「……おじいちゃんはずっと辛かったんだよ。あたしは知ってる。……おサムライさんと逢夜サンに任せて、進まなくちゃ……」
サヨは更夜の変わりように驚き、悲しそうに目を伏せた。
「サヨ、更夜は栄次がなんとかする。負の感情を持ち込むな」
「わかってる! だから、進まなくちゃって言ったの!」
サヨはまだ若い。突然に色々な事が重なり、落ち着いているように見えても、少しのことで動揺する。
「サヨ、マガツヒの禍々しい気配を呼んでしまったようだ。そういえば、千夜はどこに?」
「千夜サンは直に凍夜を探しに行ったんだろうなって思うけど……。ん? 今、この下にまわって来た世界、望月家のなんかを感じる」
サヨはプラズマを連れ、世界が移動する前に気になる世界へ入り込んだ。サヨはどこか焦っている。戦いの渦中にいたことがないサヨは情報を早く集めたがっているのかもしれない。
「お、オイ! 待てっ! そんないきなり入るな!」
「……プラズマくんが入れてる」
サヨは少し覗くだけのつもりだったが、プラズマが世界に入れていることに驚き、先へ進む。
関連のある者しか個人の世界には入れない。誰が入っても良いとしている世界なのかもしれないが、望月家の気配がするため、サヨは放っておけなかった。
「おじいちゃんがいる世界じゃない。誰の世界だ?」
サヨは赤い空に黒い砂漠の世界に足をつけた。
「……華夜さんの世界かもしれない」
プラズマがつぶやき、サヨは首を傾げる。
「わかるの?」
「世界の空気が似てる気がする」
「ふーん……」
サヨとプラズマは黒い砂を慎重に踏みながら砂漠の山を登る。
砂の山を降り、平坦な砂地へ来た時、華夜ではない声がし、ふたりは身体を固まらせた。
「こっから先は俺の仕事なんだが」
軽やかな男の声だ。
「だ、誰っ!」
サヨが辺りを見回すが姿が見えない。しかし、プラズマにはもう、誰なのかわかっていた。
「でやがったな……。天御柱……」
「バケモンみてぇに言うなよ、紅雷王。久しいなあ。……いや、親族……になるのか?」
「なに言ってるのかわからないが、邪魔をしないでくれ」
プラズマが冷や汗を流しながら答えた時、目の前で黒い竜巻が突然に巻き上がり、鬼の面をつけた青年が現れた。
橙の長い髪、鋭い水色の瞳、青い着物に袴の青年。
「……イザナギ、イザナミに関係する神。サヨ、東のワイズ軍になんとなくいる神だ。凍夜ごとマガツヒを消すつもりだよ。厄神だから厄神に襲われたこの世界に入れたんだな」
プラズマの説明でサヨは誰が正義なのかわからなくなってきた。
天御柱神はワイズの命令により、「壱の世界を守るために」マガツヒを黄泉へ返そうとしている。
望月家とはぶつかる神だ。
「そうか。敵になるのか。プラズマくん達は本来なら高天原に任せる予定だったわけで、彼とはぶつかる事はなかったんだね」
サヨがつぶやき、複雑な表情をプラズマに向ける。
「そういうことだ。元々歯向かうつもりはない神だ」
「オイ、逆らうとか言ってるが、なんだ? 世界の危機だぜ、なあ。ヤツは弐にある個々の世界から関係する世界を渡り、壱にいる『個体』を中から支配、破壊して、負の感情を吸っている。世界が破壊される前にヤツを抑えないと大変なことになる」
天御柱は諭すように言った。
「それは俺達がやる。だから、手を出さずに見ていてくれないか?」
プラズマは交渉に入るが、天御柱が許すわけはない。
「お前らが抑える? 死ぬぞ。大人しくしてろよ」
「……できない」
「あー、そう。じゃあこっから先には行けないぜー」
天御柱はプラズマとサヨの前に立ちはだかった。
「ここから先に……華夜さんがいる……。先に進んで千夜を連れてこないと……」
プラズマがつぶやき、サヨは天御柱の横をすり抜けようとした。
しかし、サヨは天御柱に捕まってしまった。
「はっ、離してよ!」
「お嬢さん、『K』だろ? 触らぬ神に祟りなしだぞ」
「離せってばっ!」
強引に抜けようとするサヨの腕をとり、天御柱は砂の上で押さえつけた。
「顔を横にしてろ。砂が口に入る。痛かったら言え」
「うっ、動けないっ! 紳士的にどうも!」
サヨはもがきながら、なんだか優しい天御柱に叫ぶ。
「……女には優しくしねぇと、殺しちまうからな……。厄神や厄災の神は混乱や破壊を産む荒々しい男よりも、産み出し、平和を望む女を先に殺す習性がある」
「さ、さすが厄災……」
サヨがつぶやいた刹那、プラズマが霊的武器『銃』を使い、神力を込めた光線を発射させた。
天御柱が一瞬手を離したので、サヨはその間に脱出した。
「……なんだよ、紅雷王? 俺とやる気なの?」
「どいてくれ。それだけだ」
プラズマは天御柱に鋭く言った。
「あー、そう。お前は俺の神力を防げねぇだろ!」
天御柱が神力を刃にし、プラズマに飛ばした。プラズマは苦手な結界で防ごうとしたが、体を薄く切り刻まれてしまった。
血が黒い砂に吸い込まれていく。
「通してくれ」
「じゃあ、俺を倒してみろ。てか、こんなことしてる場合じゃねーんだよ」
天御柱はプラズマが放つ光線銃を弾きながら笑う。
プラズマは未来を見、天御柱がどこに避けるか予想して撃っているため、天御柱は避けずにすべて弾いていた。避ける必要すらないということだ。
「サヨ……先に行け!」
プラズマが叫び、サヨが走り出す。天御柱はサヨの手をとり、一周回すとプラズマの元へ押し、プラズマの神力の槍をすべて弾き飛ばした。
「お前、すごいな。俺の動きと彼女の動きの未来を見ながら瞬時に俺を狙ったわけか」
「どうでもいい! 通してくれ!」
「だから、俺を倒せって言ってんだよ!」
天御柱はプラズマに鋭い神力をぶつけ、プラズマを切り刻む。
「がはっ……」
プラズマは結界を張ったが、多数がすり抜けて体を切り刻まれた。
「プラズマくん! くっ! 通せ! このやろう!」
サヨが再び走り出し、天御柱にぶつかる勢いで通り抜けようとする。しかし、天御柱はサヨを受け止め、柔らかく押し返した。
「口が悪い子だなァ。おしとやかじゃないぞ」
「ちくしょう!」
サヨは天御柱を睨み付けた後、あることを思い付く。
……この男は私を攻撃してこない。
プラズマに再び神力を向ける天御柱の前に咄嗟に立った。
「サヨっ!」
プラズマが叫び、天御柱がサヨを横から引っ張った。神力の刃はサヨの体をすれすれで飛んでいき、プラズマを切り刻む。
「いってぇ……」
プラズマが呻き、天御柱が軽く笑う。
「危なかったな、お嬢さん」
「……それはあたしに利用されるよ?」
「威勢がいいな。そりゃそうだ。だが、俺を利用するには力が足らねぇんじゃねーの? 紅雷王、仲間も守れねーのか? もうやめろよ。女の子、殺しちまう」
「……サヨ……」
プラズマは切り刻まれながら必死で結界を張る。
攻撃をしかける隙すらない。
攻撃特化な厄災の神に勝てるわけはなかった。
天御柱はサヨをわざと攻撃しない。サヨがすぐに死んでしまうことがわかっているからだ。
サヨは天御柱の反対の存在であり、平和システム「K」。
天御柱はサヨを殺したくない。
以前、リカがこちらに来た事件でプラズマが「女神を蹂躙する気質の男神はほとんどいない、世界が滅ぶからな」と言っていたのは本当である。
ただ、厄災や戦神系の荒々しい神は「破壊」方面の力を持っているため、以前は産み出す力の強い女性を狙い殺していた。
天御柱はそれを自制している。
「……プラズマくん。なんとかして抜けるね……」
サヨは眉を寄せ、天御柱の横をすり抜ける方法を考え始めた。