鬼神の更夜3
サヨとプラズマは気を取り直して、サヨの世界へと帰った。
屋敷の中に入ると、アヤがリカの怪我を巻き戻していた。
「アヤ……平気なのか?」
部屋に入るなり、プラズマが心配の声をあげ、アヤは表情を曇らせる。
「プラズマ、心配ありがとう。なんだか不思議な気分なの。怖い気持ちはなくなったのに、心が気持ち悪い」
アヤは自分の感情がわからないまま、リカの怪我を巻き戻す。
「……そうか。とりあえず、回復できるくらいまでは元に戻ったと?」
「……わからない。深い悲しみは残るわ」
「深い悲しみか」
プラズマが先程の華夜を思い出した。
「ヒメちゃん、おまたせ! 終わったんでしょ? 千夜サンの世界からふたりを出すね~」
サヨがヒメちゃんに手を軽く合わせてから門を開く。
「ああ、千夜に関しては術を切れたようじゃな。……のぅ、色々と、成功してるのかの? ワシは不安じゃよ」
横で門を開くサヨにヒメちゃんは不安げな表情を浮かべた。
「成功してるかはわからない。でも、失敗してはいないみたい」
「高天原が動いておるぞ」
ヒメちゃんの言葉にサヨは頷いた。
「わかってる」
サヨが小さくつぶやいた時、お茶を運んできた逢夜の妻、ルルが会話に入ってきた。
「あのね、ルナちゃんがね、未来を予知したみたいなんだけど、高天原東のワイズ軍、天御柱神が弐に入り込んでくるみたい。ね、ルナちゃん」
ルルは後ろでお菓子をつまみながら入ってきたルナに確認するように尋ねた。
「わかんない。鬼のお面の橙の髪の男!」
ルナがそう言い、プラズマがため息をつく。
「そうだな、天御柱だ。最悪だな。超ド級の厄神じゃねぇか……。イザナギ、イザナミ系の神だよ。神話の神だ。レベルが違う」
「……たぶん、オオマガツヒを処理しにきたんだよ」
ルルが慌てたように言葉を発し、サヨは目を泳がせた。
「そんなヤバイのが来たら、勝てないじゃん!」
焦るサヨが出した扉から栄次と逢夜が出てきた。
「なんだ? どうした?」
栄次がサヨの声に驚き、話を聞いていた千夜が軽く説明をした。
「まず、私の術を解いてくれて改めてありがとう。それで、あなた達が私の世界にいる間にルナが未来見をし、神話級の厄神がワイズとやらの命令でこちらに来ているようだとの話だ」
「プラズマ、プラズマの未来見はないのか?」
栄次がつぶやき、プラズマが口を開いた。
「弐の世界は未来見がうまくできないんだ」
困惑しているプラズマの背中をサヨが軽く叩き、口を開いた。
「弐の世界は不特定要素が強い世界だからねー。時間の感覚もバラバラだし~。あっちの世界とは元々の感覚が違う」
「なるほどな。こちらの世界を生きるルナの方がこちら関係は強いわけか」
プラズマが言い、サヨが頷く。
「プラズマ、ルナはどうしたらいいの?」
ルナが心配そうにクッキーを口に放りながら聞いてくる。プラズマは眉を寄せたまま、複雑な心境でルナの頭を撫でた。
「ルナはルル達と一緒にいな。今回はリカもアヤも待機していろ。相手がでかすぎる」
「プラズマ、無茶するんじゃないわよ」
アヤに言われ、プラズマははにかんだ。
「わかってるよ」
「じゃ、ワシはもう帰るぞい。もう必要ないじゃろ?」
一通りを見つつ、ヒメちゃんが言う。サヨがやることがないかどうかを確認した。
「なさそうだね。ありがと! ヒメちゃん! めっちゃ助かった!」
「ワシは西の様子を見てくるぞい。タケミカヅチから叱られるかもしれず、怖いのじゃが……」
ヒメちゃんが困った顔で笑い、プラズマが言葉をかぶせる。
「あんたは大丈夫さ。あんたの父親が守ってくれるはずだ。龍神でありながら、なぜか東のワイズにいるアイツがな。よく知らないが」
「ま、そうじゃな。ヤマタノオロチの係累故、龍神……かどうかもまあ怪しいのじゃが、パァパが……ああ父上が守ってくれるわな」
ヒメちゃんが軽く笑い、サヨが現世への扉を開く。
「ありがと! ヒメちゃん。送ってあげられないけど、帰れるよね?」
サヨに問われ、ヒメちゃんはにこやかに笑った。
「うむ」
「後で『Godin(SNS)』交換しよ!!」
「おっけーじゃ! かわいいものを教えてくだされ! パァパ……あ、父上からまだ制限されておる身じゃが、夜九時前なら大丈夫じゃぞい!」
「超かわいいんですけど! パァパ、厳しいんだ!」
サヨとヒメちゃんが盛り上がる橫でプラズマがため息をついた。
「とりあえず、また助けてもらうかもだから、待機はしていてくれよ」
「おっけーじゃ!」
ウィンクをしたヒメちゃんは扉を開いた。
「協力感謝する」
「助かったぜ。ありがとう」
千夜と逢夜が同時にお礼を言い、ヒメちゃんはにこやかに去っていった。
※※
同時刻……
先程、更夜がいた凍夜の世界に傾いた天守閣があった。
その天守閣内でひとりの少年が畳の一部屋を歩き回っていた。
落ち着かない様子だ。
「なんなんだろ、ここは……。なんで僕はここをうろうろしてるんだ?」
黒い髪の少年はひたすらに同じ場所を動き回る。
「外に出る方法もわからないし、サヨとかルナとか、お母さんもお父さんも心配するよね。どれくらいここをうろついてるかわからない」
独り言を言いながら落ち着きなく、置いてある机の回りを回る。
「なーに、やってんでぇ」
ふと、荒々しい男の声が聞こえた。
「ひっ! だ、誰?」
「誰か? おめぇ、俊也だろ?」
「は、はい!」
突然障子扉が開き、銀髪の若い男が入ってきたので、黒髪の少年は驚いて返事をした。
銀髪の青年は「ふぅん」と唸ると、普通に座布団を敷き、その上に座った。
「ほれ、座れ」
「ええっ?」
少年は驚きつつも、向かいの座布団に座る。
「あの……」
「申し遅れました。あっしは望月家の望月明夜でごぜぇます。そちらさんは?」
先程、思い切り名前を言っていたが、銀髪の男、明夜は名を尋ねてきた。礼儀みたいなものだろうか?
「ぼ、僕は望月 俊也です。同じ苗字なんですね?」
黒髪の少年、俊也は動揺しながら明夜を見る。
「同じ苗字ってか、おまいさんの先祖だよ」
「ん! せ、ご先祖様!? た、大変失礼いたしました!」
俊也はとりあえず、頭を畳につけて謝罪した。頭をあげる時に机に頭をぶつけてしまい、悶える。
「……あんたはドジっ子かい?」
「よ、よく言われます……」
頭を押さえつつ、はにかむ俊也。
「なんで先祖が目の前にいるのかとかは疑問に思わんのな、おまいさん」
明夜はどこか嬉しそうに俊也を見ていた。
「そ、そういえばっ! なんでご先祖様が!」
俊也が慌てて明夜に叫ぶ。
「まあ、いい、いい。サヨちゃん、ルナちゃんの兄ならもっとしっかりしろぃ。で、これ、やんぞ、ほれ」
明夜は机に将棋盤のような線がついている紙を敷き、将棋のコマのようなものを広げ始めた。
「い、いつの間に? て、これは……」
「軍人将棋だよ。ルールは今から教えてやらァ。とにかく、『不安』をなくし、『楽しんで』やれ」
「は、はあ……」
明夜が「楽しむ」ことになぜ、こだわるのか理解ができないまま、俊也は抜けた返事をした。
俊也は生きた人間の魂。
霊ですら壊される凍夜の世界に負の感情を持ち込んだら大変なことになると俊也は知らない。
「余計なことを考えるなよ、俊也」
『千夜の息子』、望月家を立て直した男、明夜は望月を守るため、守護霊として凍夜に染まらずに俊也の前に現れた。
……俊也を守り、隙を見て逃げる。
だから、サヨちゃん。
無理はしちゃあいけねぇよ……。