夜の一族に光は2
「戻ったぞ。方針を決めた」
プラズマが部屋に入るなり言った。
「戻ってきたな」
救急箱を片付けている逢夜にプラズマはこれからの進み方を話す。
「まあ、そうなるわな。じゃあ、さっそく戻ろう。サヨ」
逢夜はプラズマの言葉にさっさと同意し、サヨを呼んだ。
「逢夜サン、決断はやっ! ハイハーイ、弐の世界の門、開きまぁす」
サヨはすぐに門を出し、入るように促した。
「じゃあ、ワシは先にいくぞい」
ヒメちゃんが一番に門をくぐる。
「リカ、弐でとりあえず、休め」
栄次はリカを優しくゆっくり抱きかかえ、負担なく歩きだす。
「痛くないか?」
「……はい、大丈夫です。ありがとうございます。千夜さんを助けたかったですが、仕方ないです」
リカは落ち込み、栄次は息を吐いて続けた。
「俺がなんとかする」
「……過去が見えるって辛いですね。初めてこんな気持ちになりました」
リカの言葉を聞きながら、栄次は弐の門をくぐる。
「人に同情的になってしまう。どうにかして助けたいと思ってしまう……。俺は昔からそうだ」
「わかりますよ。栄次さん。私はちゃんと栄次さんの相談は聞きますので、私で良ければ辛い気持ちを吐き出しても……」
リカは心配そうに栄次を見た。
栄次の「過去見」がどういうものかわかり、リカは栄次の気持ちを少し理解していた。
「大丈夫だ。ありがとうな」
栄次はいつも多くを語らない。
人に話しても意味がないことを良く知っている。
「辛かったら……」
「お前に相談することにする。リカ」
栄次がリカに話を合わせたことで、リカは自分の子供っぽさを感じた。
栄次は八百年生きている。
十八の青年のはずなのに、精神が自分とはかけ離れている。
自分より重たいものを彼は背負っている。
「俺はお前の方が心配だ。過去見に近い力を見たことで不安定になっている」
「……はい」
「今は休みなさい」
「……わかりました」
栄次とリカの会話を聞きつつ、アヤは複雑な表情を浮かべていた。皆が不安定になっている。
それはアヤ自身もだ。
自分は恐怖が抜けない。
なんだか嫌な予感がする。
「アヤ、門に入りな」
プラズマに声をかけられ、アヤは肩を上げ、怯えた。
「……大丈夫か?」
「……大丈夫なのかしら……私」
「大丈夫じゃねぇな。……逢夜!」
プラズマは門に入りかけた逢夜を呼んだ。
「ん? なんだ?」
「厄除けの神、ルルを呼んでくれ」
プラズマの言葉に逢夜は止まり、振り返った。
「妻は巻き込まない」
「……アヤが一番オオマガツヒに入り込まれる。あんたの妻の力で厄除けをしてくれないか」
「結界を妻に張らせるのか? 妻はそこまでの力はないぞ」
「……そうか」
プラズマが落胆の声を上げた時、すぐ近くから少女の声が響いた。
ヒメちゃんでもサヨでもなさそうだ。
「け、結界なら張れます! アヤを守ることくらい、できるよ!」
「おう? だ、誰だ」
プラズマが慌て、逢夜が頭を抱えて声のした方を見る。
「ルル、こっそりついてきて、盗み聞きとは悪い子だなあ……」
「ルル!? この子が……」
門をくぐっていないのはプラズマとアヤ、門を開いているサヨだけだ。三人は突然の登場に驚いた。
ルルは短い紫の髪をした活発そうに見える少女だった。
「逢夜! なんでウソつくの? 私、結界張れるよ!」
ルルは逢夜の前まで来ると、半分怒りながら言うが、逢夜がルルに目を向けた途端にルルは口を閉ざした。
「ルル、言いたかった事があるんだろ? 続きは?」
「……」
ルルは黙り込んだ。
「黙んなよ。文句あんなら言え」
「文句は……ないです」
ルルが萎縮し、逢夜は慌てて雰囲気を変える。
「あ、ああ、わ、わりぃ……すまねぇ。俺がお前を巻き込みたくなくて言った嘘なんだ。お前が怪我すんのもやだし、ワイズ軍が動くのも嫌なんだ」
「……私、ワイズ軍だけど、私は逢夜のために来たんだよ。だから、疑わないで」
ルルは少しせつなそうに目を伏せた。
「う、疑うよりも怪我が心配でしょうがねぇ……。凍夜に狙われたらと思うと……。い、今もな、ひとり怪我したんだよ。俺にとってお前は一番大事な存在だ……だから……」
ルルに対し、珍しく表情が情けなくなった逢夜にルルはさらに声を上げる。
「逢夜! そんなこと言ってる場合じゃないんだって!」
「どういう……」
逢夜が困惑していると、サヨが横から口を開いた。
「どうやらそうみたいだわ。弐の世界の『個人の心の世界』がオオマガツヒと凍夜に乗っ取られて、個人個人の想像力をなくしてる……」
「なんだと!」
逢夜が叫び、プラズマはアヤに寄り添う。
「あたしの世界はまだ大丈夫。拠点にするなら、ルルが結界を張って少しでも厄が入らないようにするしかないね」
「まずいな……そんなことをやり始めたか。弐(夢幻霊魂)の世界にある感情ある生き物の心を乗っ取り、壱(現世)を支配するつもりか」
プラズマが頭を抱えた時、アヤの震えが酷くなった。
「……アヤ、お前まさか……」
「わからないっ! やめてっ!」
アヤは突然泣き始めた。
「弐の世界にある心をオオマガツヒに……」
「嫌っ! 助けて……やだ……『凍夜様』が来る……」
プラズマはとりあえず、アヤを優しく抱きしめる。
「大丈夫。俺達がいる。ルル、なんとかできないか?」
「……アヤの心を弐の世界で見つけて、元凶のオオマガツヒを追い出すしかないよ」
ルルは心配そうにアヤを見ていた。プラズマはすぐに答えを出す。
「……更夜を探す前にこっちが先だ。アヤは……『壊れちゃいけない』神なんだよ。サヨ、俺はアヤを優先で助ける。とりあえず、アヤの心に連れていけ」
「……わかった。千夜サンはどうする?」
「俺をアヤの心に連れていくのが先だ。千夜は後回しにしろ」
プラズマはいつもの雰囲気を消し、やや高圧的にサヨに言った。
「……わかった。とりあえず、あたしの世界に」
プラズマはアヤを抱き上げ、背中を優しく撫でながら門をくぐって行った。
「……ルル、ついてきてくれ。さっきはごめんな」
逢夜はルルに手を伸ばし、一回抱きしめると手を引いて門に向かい歩き出す。
「……ひゅ~! ナイスカップゥ~」
サヨはにやつきながら最後に門を閉めた。