戦いは始まる7
おかあさま、守れたかな……。
拷問器具が散らばり、傷だらけの少年は倒れる。
「逢夜っ……! 私はあなたが傷つくところを見たくないの!」
泣き叫ぶ少女。
「だからもう……私のために生きないで……自分のために生きて」
これから、本当に母を救える。
姉も救える。
「……」
逢夜は栄次とリカの元へ歩きだす。栄次は逢夜を見、優しく口を開いた。
「お前は母親も姉も好きだったのだな。お前が犠牲になったおかげであの時、二人を助けられたのだ」
「どーも。過去神はこえーな。それより、リカだ……」
元の逢夜に戻り、傷ついたリカを心配する。
「リカ……大丈夫か……」
栄次は座り込んでいるリカの背中を優しく撫でた。
「ちょっとクラクラして……」
「動くな。男の拳が顎に入っているのだぞ。腹も……見事に急所を狙われたか……。相手は女だぞ……むごい」
栄次はリカの状態を見る。
「ああ、栄次さん、私はこうなることをある程度覚悟して行きましたから、栄次さんが悪いわけではないので……。役に立てたのならそれで」
リカは痛みに顔をしかめながら、栄次にそう言った。
「良いわけないだろう……。リカを守れず、一方的に怪我をさせたようなものだ。俺はまだ、心が未熟だ」
「……そんなことないですよ、栄次さんは優しくて立派だと思いますよ」
リカにそう言われ、栄次は目を伏せた。
「そんなことはない」
「そんなことより、俺の記憶から出ないか? 戻って手当てしよう」
逢夜に問われ、頷いた栄次はリカを抱きかかえた。
「すみません……」
「あやまる必要はない。顎の一撃でまだ立てないのだろう? 無意識に結界を張ったのか、骨は折れてなさそうだ。リカはしばらく休むのだ。わかったな?」
「はい、わかりました」
リカの返答にまた頷き、栄次はどこかにいるサヨ達に声をかける。
「終わったぞ。記憶から出してくれ」
「ハイハーイ」
すぐにサヨの抜けた声が聞こえ、真っ白な空間が突然に和風民家の一室になった。
時神達が住んでいる家の中だ。
「戻ってきたか」
「ちょっとリカは!」
目の前にプラズマとアヤがおり、サヨとヒメちゃんと逢夜もいた。
「リカが怪我をしている。すまない。俺が……」
「手当てが先だ」
逢夜がリカを寝かせ、乱暴に服を脱がせ始めた。
「ちょっ……逢夜さん!」
「あー、アヤとあたしとヒメちゃん以外退出で!」
栄次と状況がわからないプラズマはサヨに背中を押され、戸惑いながら廊下に出された。
アヤは震えながらリカを見ていた。なんだかわからない恐怖がアヤを包む。
「アヤ、大丈夫? まさか望月家の術が……」
「え? ああ、わからないけれど……震えが」
「確かアヤは巻き戻しができたよね、リカを治せる?」
「ごめんなさい、力の制御が今はできそうにないわ」
「そっか、できるようになったらお願い」
サヨに背中を撫でられ、アヤはその場に座り込んだ。
逢夜は恥ずかしがっているリカに構わず、腹を触り、血を拭い、消毒し、骨折の有無を手際よく確認していく。
今までずっとやってきた……そんな風に見えた。
「動くな。顎が心配だな……。後、腹か。内蔵は問題ないか? ……いてぇんだよな、よくわかるさ」
逢夜の言葉にリカは大人しくなった。
「……こんな痛い思いをあの人の気まぐれでされるなんて、酷いし、子供にやることじゃないです」
リカは怒り、同時に悲しくもなる。
「本当にそう思います」
「姉や母、弟がやられているのを見るのも……辛いんだぜ。次は自分かもと怖くもなる。助けなければと思うのに、体が動かねぇ。血まみれになった相手に、助けられなくて悪かったと泣いてあやまるしか……できないんだ」
「……ええ。そうだと思います」
逢夜の発言はリカの心にも刺さった。
「まあ、望月凍夜周辺の歴史が最悪に荒れていたのは間違いないぞい」
ヒメちゃんは先程から顔色が悪い。
「ヒメ、悪かったな。わざやざ検索させちまって」
「……仕方ないのじゃが、ワシもかなり気分が悪い」
ヒメちゃんはうずくまっているアヤの側に座ると、ぼんやり逢夜を見ていた。
「……次は千夜かの? 更夜はどうするのじゃ」
「ああ……更夜は……出会えないから後だ。あいつが一番ヤバいとこにいる。憎しみが、負の感情が、オオマガツヒに入り込まれる」
逢夜がリカの顎を優しく触りながら、ヒメにそう言った。
「……じゃが、時神に損傷が出るのでは?」
ヒメの言葉に逢夜は頷く。
「ああ、そうなってしまう。だが、高天原に動かれ、凍夜を持っていかれるのは困る。望月が救われないじゃないか」
逢夜はリカの顎に消毒をし、ガーゼを貼る。
「……逢夜さん、私は動けませんけど、早く次に行った方がいいです。向こう(弐)に戻って千夜さんを」
リカは凍夜に会い、千夜に会い、救う気持ちが強くなったようだった。
「お前、強いな。妻にも見習ってほしいとこだ。妻は内気であまりハッキリ言ってくれねーんだよ」
「逢夜さんの奥さんは……」
「厄除けの神だ。東のワイズ軍。そのうち紹介できるかもな。ルルって名前の十六歳だ。ああ、戦国時代に俺と偽装結婚したセツって女が昔話になって神になったのがルルなんだ。俺がセツの父を殺す任務についていたんで、あの子を騙して結婚したんだ」
逢夜の顔が切なくなっていったので、リカは慌てて会話を切った。
「ご、ごめんなさい。なんか、言いにくいこと、言わせてしまいまして……」
「いや、別にもう過ぎたことだからな。やはり俺は凍夜の息子だった。偽装結婚したが、演技での相手の愛し方がわかんなかったんだよ。だから、支配しようと殴っていた。わかんなかったんだ。本当に」
逢夜は自身の手を見つめ、静かに言った。
「こんな暴力的な男、好きになれないだろ、普通。セツの父を殺した後にな、セツを殺さなくちゃいけなくなった。
でも、俺は殺せなかったんだ。セツがな、売れ残りの私に一瞬でも幸せを見させてくれてありがとうって言ったんだ。
どうしたらいいかわからなくなった。涙が勝手に出てきてよ、頭を地面に擦り付けてあやまった。
で、俺はあいつを守って死んだんだよ。俺が死んでからセツは俺の幸せを願い続けて後を追い、それが昔話となりルルになった。
俺はあいつの幸せを願い、あいつを守って死んだのに、あいつは死後の俺の幸せを願い後を追った。なんだったんだよってキレたさ。でもなあ、夫婦愛ってのがわかった気がしたんだ。
ルルには一度も手は上げてない。対話をすることにしたんだよ。ルルの気持ちを組むのは正直苦手だが、小さな言葉も聞き漏らさないようにしてんだ、今はな」
逢夜はリカからゆっくり離れると、立ち上がった。
「逢夜さん、今度、ルルさんに会ってみたいです。あ、治療ありがとうございました」
リカが慌てて言い、逢夜ははにかんだ。
「ああ、こちらも救ってくれてありがとうな」
「はあ、やれやれ、では、千夜を救いに向かうかの? 西の剣王軍のワシや東のワイズ軍のルルがいるんじゃ、高天原はすぐ動くはずじゃよ」
ヒメちゃんがサヨに目配せをし、サヨも立ち上がった。
「んでー、今回は誰が行くわけ?」
サヨはアヤを心配そうに見つつ、プラズマと栄次を呼びに向かった。