戦いは始まる6
リカは危なげに凍夜の攻撃を結界で防ぎながら逢夜に声をかけていく。
「逢夜さん! 隙をみて彼を倒してください!」
リカは叫ぶが幼い逢夜は動かない。状況に対応できず、怯えている。
「逢夜さん! 術を解くんですよ!」
「どっ……どうすれば……。お父様に逆らうなんて……」
逢夜の他、後ろにいた母親も困惑していた。
「私達が助けにきたんです! 今しか彼に逆らえない!」
リカが必死で呼びかけている間に凍夜は結界を破り、リカを殴り付けた。
「がはっ……」
リカが怯んだ隙に凍夜は強烈な蹴りをリカに入れ、リカは壁に激突し、血を流した。
「うぐっ……」
口から血が漏れる。
望月凍夜は強い。
一方で栄次は焦っていた。
リカを助けに行きたいが、望月千夜が許さない。凍夜の策が上だった。栄次が千夜に攻撃ができないことに彼はいち早く気がついたのだ。
「千夜……辛かっただろう。お前の辛さは想像を越える。俺は全部見えるのだ。救いにくる。故、今は手を止めてくれ。……ここで凍夜を倒せれば、お前は身体に傷をつけられなくて済む」
栄次が説得するも、千夜は攻撃をしてくる。ここで栄次に勝てなければ酷い目にあわされるという恐怖のが強いようだ。
幼い少女の身体で、栄養状態も悪い軽い身体で、栄次の刀を必死に受け止める千夜。
千夜はこの幼少期のせいで身体が今と変わらない。女性としての機能も婿養子夢夜と結婚し、愛され、食生活も安定した頃にようやく現れた。
「俺は全部知っている」
栄次は千夜を傷つけないよう、うまく合わせている。千夜は殺せないことに焦りを見せ、涙を浮かべた。
「勝てない……」
小さな声で千夜がつぶやく。
「どうしよう……」
震えながら栄次に小刀を向ける。
「強い……。勝たなければ……勝たなければ……熱い鉄、当てられる……」
「……」
栄次は刀を握りしめた。
更夜や逢夜の過去から千夜が虐待されているのを何度も見ている。千夜をこれ以上傷つけたくなかった。
しかし、千夜に手荒なことをし、気を失わせるしかリカを助けにいけない。
迷っていると、サヨの声がどこからか聞こえてきた。
「おサムライさん! 何してんの!! 逢夜サンの記憶内の千夜サンなんだから幻! さくっと抑えてよ! 逢夜サンに話しかけてるリカが限界に近い!」
「わかっている……」
栄次が苦しそうに答える。
「わかってないじゃん! リカがやられる方はリアルなんだからね!」
「……ああ」
叫ぶサヨに栄次は小さく返事をした。この間にも千夜が振り回す小刀を余裕を持って回避していく。
リカは腹を抑え呻き、結界を絶えず張っていた。刃物を避けた時、額を斬られた。怯んでいたら顎に拳が入った。
頭がぐらつき、意識が飛びそうになる。凍夜は本当に容赦がなかった。
人をためらいもなくこんなに殴れるものか。しかも表情がにやけたまま変わらない。
だが、不思議と殺しに来ない。
「うぎぎ……」
リカは気合いで立ち上がり、神力の槍を構えた。
「……それ、なんだ? おもしろいな。もっと見せろ」
凍夜はリカの能力に興味を持ち、殺してこなかったようだ。
人の感情をまるで感じない。
更夜と血が繋がっているとは思えない。
「……お、おとうさま……」
逢夜が怯えながら声を上げる。
「ん?」
「そんなに……殴らなくても……」
「敵だぞ? 何を言っている? お前が望月の男なら家のために力を尽くせばいい。それだけだ。教育はまだまだかな」
凍夜が言い、逢夜は震えた。
「逢夜……さん……術にかかるまえに……自由を……」
凍夜が刀を振りかぶり、リカは神力の槍で受け止めた。
「くっ……うう……」
「なんで……なんでそんなに俺を救うんだ?」
逢夜は目に涙を浮かべ、リカをじっと見ていた。
「……一生苦しむ術にかかるからよ」
横で母親である少女がどこか遠い目でそう答える。
「私は……あなた達が心配で……あなた達の心の世界に住んでいる。逢夜、なぜだかわからないが、あなたの心がこの時代に固定された。私は霊として当時の記憶を歴史として演じただけ……。あなたは立ち上がらないといけない。あなたの中の歴史を変えることはできないけれど、心は……想像は変えられる。あなたは凍夜に勝てる。当時だって『勝てたはず』よ」
「おかあさま?」
逢夜は母の言っていることがまるでわからなかった。
「あの時はいなかった仲間がいる。だから、凍夜に勝てるという自信を持つのよ。母はあなたを見守ります」
「……どういう……」
戸惑う逢夜に少女はさらに言う。
「私は戦う術を持たない。あなた達が術を解いてくれたら、私にかかっている術も解ける」
「……」
逢夜は黙り込んだままリカを見た。リカは今にも力負けしそうだ。
栄次は千夜の扱いに困り、リカを助けに行けない。栄次は泣きながら襲ってくる幼い少女をどうしても攻撃できなかった。
逢夜は考える。
今、戦えば「間に合う」。
立ち上がれば皆を救える。
逢夜は近くにあった小刀を掴み、叫んだ。
「そこの男! 俺は戦う! だから、お姉様を倒してくれ。お姉様も救う」
栄次は戸惑ったが、リカがまずい状態なので千夜を気絶させることにした。
「……すまぬ」
栄次は千夜より早く後ろに回ると、辛そうに刀の柄で千夜のみぞおちを突いた。
「うっ……」
千夜は呻き、何かを吐いたが飛びそうな意識を戻し、耐えてしまった。
「わたっ……私は」
「……落ちなかった。凄まじい精神力……。もう立ち上がらないでくれ……。やりたくない」
栄次は戸惑ったがもう一度、みぞおちを突いた。
しかし、千夜は倒れなかった。
「倒れたら負けっ……倒れたら負け……」
千夜のせつない顔を見た栄次はもう千夜を攻撃できなかった。
倒れそうな身体で再び向かってきた千夜を栄次は悲しそうな表情で見つめていただけだった。
刹那、母親である少女が栄次の前を塞ぎ、千夜を抱きしめた。
血が辺りに散らばる。
千夜は目を見開いた。
「おかあさま……」
「あなたもきっと救ってくださるから、今は見ていて!」
「おかあさま……血が……」
「大丈夫だから」
千夜は栄次を殺すつもりで刃を振るった。その間に入り込んだ少女が無事なわけはない。
「千夜はおさえます! だから早くっ! 千夜を傷つけないでいてくれてありがとう」
少女の一言に過去の見える栄次は涙を浮かべ、軽く頭を下げるとリカを助けに向かった。
「……!」
凍夜は後ろから斬りかかってきた栄次をかわし、リカから離れた。
「リカ、大丈夫か……すまない。酷い怪我だ……。俺が……」
「え、栄次さん! 今は凍夜を!」
栄次はすぐにリカを心配したが、リカは凍夜を見ていた。
「ああ、そうだな」
栄次は後ろから飛んできた手裏剣をすべて刀で払い落とした。
「……あの男……強い」
逢夜の呆然とした声がする。
「望月逢夜!」
栄次が叫び、逢夜の肩が跳ねた。
「クサイ台詞を吐くが、男ならいつまでも迷うな! 俺が援護する! 故……安心して行け」
栄次に圧された逢夜は呼吸を整えると冷静に刀を構えた。
そのまま凍夜に向かい走り出す。凍夜の刀が逢夜をとらえるが、栄次が凍夜の刀を受け流した。逢夜は涙を浮かべながら走り続ける。凍夜の背後に回った逢夜に鋭い蹴りが襲うが、栄次は間に入り、凍夜の足を受け止めた。
「逢夜!」
凍夜に隙ができた。
逢夜はさらに後ろに回り込むと、凍夜を力一杯斬りつけた。
「おとうさま!」
千夜の叫びが響く。
母である少女は何も言わなかった。
リカは息を飲んだ。
ゆっくりと凍夜の身体が揺れ、血の代わりに黒いもやが溢れだし、望月凍夜は消えた。
「かっ……勝った!」
逢夜が震えながら喜びの表情を千夜と少女に向ける。
千夜は呆然としたまま消え、少女は微笑みながら消えていった。
辺りが何もない白い空間に変わる。子供だった逢夜が元の逢夜になり、喜びを噛み締めると共に目を伏せた。
「お母様……ずっと俺達の側にいてくださったのか……。あの時は……守れず申し訳ありません」
逢夜の頬を涙がつたい、リカと栄次は逢夜の優しさを知った。