戦いは始まる4
ヒメちゃんが渋々巻物を投げると、世界が歪んだ。
周りの世界が溶けていき、時神達は知らない内に古風な屋敷の中に立っていた。
物があまりない部屋の一室。
過去に戻るというより、映像を観ていると表現する方が正しいかもしれない。やがて赤子をあやす男女が現れ、無邪気に笑う赤子が映る。
「あれが凍夜じゃ。とりあえず関係なさそうな部分は早送りするぞい」
ヒメちゃんがどうやっているのかは不明だが映像が突然二倍速になった。
凍夜は「よく笑う子」として育つが親はその違和感に気づき始める。
いつでも笑っている。
笑みを浮かべている。
他の感情を「顔に出さない」。
凍夜が三歳の時、虫の足をすべてちぎり、動きを楽しんでいた。
六歳になった時、興味本位で猫を殺した。
戦国時代が彼を止めなかった。
もうこの段階で時神達は気分が悪くなっていた。観たくなくなってきたが、頑張って観る。
凍夜は望月家の主として若い時期に望月の上に立つが、問題行動が多かった。しかし、忍の仕事は「容赦なく」できた。
まるで人間を物のように扱う。
敵国の忍を惨く殺し、戦では躊躇いがないため、負けなしだった。
凍夜が十五の時、なんとなく親を「殺した」。理由は親が死んだらどうなるか試したかったからだ。
結局、気分は変わらなかった。
興味は望月に行った。
望月を作ったらどうなるか。
この辺でアヤが青い顔で口元を押さえた。
リカは目をそらした。
プラズマは汗をにじませた。
サヨは嫌悪感を露にした。
栄次は寡黙に記憶を見続けた。
「ああ、俺達の親父って感じだなあ」
逢夜だけは平然と眺めている。
話は進み、凍夜は戦で両親を亡くした若い少女達三人を言葉巧みに誘い、屋敷に住まわせた。
この三人の少女の内のひとりが更夜達兄弟の母である。
「お姉様にかかる歴史は後で見せてくれ。まずは俺だ」
逢夜がそう言い、ヒメちゃんは気分悪そうに頷いた。
ヒメちゃんは器用に千夜部分だけ切り取り、逢夜が産まれる部分からスタートさせる。
逢夜が産まれ、いままで息子として存在していた千夜は急に女に戻され、幼いながら、わけわからないまま、男を産めと凍夜から言われる。
千夜は苦しみながら逢夜を父から守っていたが、気づくと父の言いなりになっていた。謎の教育、拷問に耐える訓練を千夜は逢夜に無表情で行っていた。
逢夜は心優しく、弱い性格で、いつも厳格な姉にたいして恐怖を持っていた。今では信じられない光景だ。
そんなある意味反抗的だった逢夜を父、凍夜が支配する時が来る。
「……お前ら、大丈夫か……? ここだ。止めてくれ」
逢夜は歴史を止めた。
ヒメちゃんは頭を抱えながら止め、時神達は気分悪そうにえずきながら止まったことに安心する。
「これは……酷いを通り越してる」
プラズマがつぶやき、アヤ、リカ、サヨが頷く。
「栄次はこれを見続けたわけよね?」
「ああ」
アヤに尋ねられ、栄次は顔色悪くため息をついた。
「映像で観るにはキツイ記憶ですね……。こんな環境にいた逢夜さん達はつらかったはずです」
リカは半分涙目でうつむき、サヨは顔をしかめたまま、何も言わなかった。
「サヨ、俺の術から解いてもらう。いけるか?」
逢夜が心配そうに聞き、サヨが悩みながら顔をあげる。
「プラズマに話を持っていくだけだったのに、術を解く話になったわけ?」
「時神が協力してくれるんだ、早い内にカタをつけたい」
逢夜がそう言い、サヨは時神達を仰いだ。
「逢夜サンの記憶に入れる元気があるひとー。あー、逢夜サンの心がある弐の世界の門を開きまーす。逢夜サンはここにいる全員を知っているため、逢夜さんの心に全員入れまーす」
サヨは抑揚なく話しながら弐の世界を出現させる。
「ちなみにあたしは逢夜サンの心の時間を固定するのでたぶん精一杯だからいけませーん」
サヨがさらに言い、栄次が立ち上がった。
「俺がいく」
「わ、私も行きます!」
栄次の他、リカも立ち上がった。
「アヤ、プラズマは?」
サヨに問われ、プラズマが先に答えた。
「俺は行かない。時神が全員逢夜の世界に入ったら凍夜の動きを把握できないだろうからな。栄次、リカ、気を付けろ。アヤ、どうする?」
プラズマはアヤに目を向ける。
アヤは震えていた。
目を伏せ、情けなさに下を向く。怖くていけない……その言葉を発したいが情けなさすぎて言えなかった。
「あの……その……」
「アヤは行かない。現代神は壱にいた方がいいさ」
プラズマはアヤが震えている事に気づき、サヨにそう言った。
「オッケー!」
「ワシは記憶を固定するぞい」
ヒメちゃんはサヨが目的の場所で記憶を止めておけるように手助けするようだ。
「じゃあもう急だけど、やるわ。扉から中へどーぞ」
「じゃあ、よろしく頼む」
逢夜はリカ、栄次、サヨ、ヒメに向かい軽く頭を下げると扉を開けた。