戦いは始まる2
サヨは逢夜を連れ、時神達の家のインターフォンを鳴らしていた。
「あのー! サヨだよーん」
てきとうにあいさつをしていたら、うんざりした顔で赤髪の兄ちゃん、プラズマが出てきた。彼は時神未来神である。もう、未来を見たようだ。
「やっぱり来たか……。なんでかはわからないが、ヤバそうな内容なのはわかる。入ってくれ。皆いるから……。ん? あんたは……」
プラズマは横にいた逢夜に目を向ける。
「ああ、更夜の兄だよ」
「名前、なんだっけか?」
「逢夜だ」
逢夜は軽く笑い、プラズマは頷いた。
「ああ、そうか。よろしく。とりあえず、中に入れ」
中に入り、畳の部屋の一室に時神が皆揃っていた。今朝会った三つ編みの少女リカはサヨが渡したバッグを膝に抱え、渡すかどうか迷っている。
その他、鋭い瞳をしたサムライの青年とミルクチョコ色のショートヘアーの小柄な少女がいた。
時神過去神、栄次と現代神のアヤである。
「サヨ、ルナはどうしたんだ?」
「混乱してたっぽいから、置いてきたわぁ」
プラズマに問われ、サヨはあきれつつ答えた。
「ああ、まあ、だな。だが、一応、時神の上だ。ここでの会話を伝えてやれよ。で、なんだ? なんかあったんだろ?」
プラズマは優しくサヨを席につかせる。机にはこたつ布団はかかっておらず、春の心地よい暖かさが部屋を包んでいた。
窓を開けていたからか、栄次の肩にモンキチョウが止まっている。
サヨはモンキチョウを摘まんで外に出してやると、窓を閉めてから口を開いた。
「まあ、どこから話せばいいかわかんないけどォ……」
とりあえず、サヨの兄俊也が弐の世界に入り、更夜の父、望月凍夜に拐われたらしいことを伝え、その後、突然自分達の家に現れた凍夜にスズが拐われ、更夜が怒って追いかけて消えたことを話す。
それから、逢夜を横目で見て、言う。
「逢夜サンはこの件についてかなり詳しそうなんで、後の説明、オネガイシマース」
サヨは事実のみを話し、話して良いのかわからないことを逢夜に説明させた。逢夜はそれがわかり、苦笑いをしつつ、続きを話す。
「ああ、俺は更夜の兄、逢夜だ。望月凍夜、俺達の父は死後、望月達に恨まれ、父への負の感情があちらこちらで爆発的に増えた。
その負の感情のせいで望月達は魂がきれいにならず、今も弐の世界に居続けている。負の感情が溢れきった今、最大級の厄神、オオマガツヒが望月凍夜の存在に気づいた。
凍夜には『喜』以外の感情がない。つまり、オオマガツヒが近づいても狂わない。凍夜はオオマガツヒを纏い、弐の世界の『国盗り』を始めた」
逢夜はそこで言葉を切り、時神一同を見る。
「それは……高天原案件……なのでは?」
栄次が困惑しつつ、逢夜に尋ねた。逢夜は頷くと再び口を開く。
「ああ、その通り。だが、俺達は望月家の無念を晴らすため、高天原に頼らずに奴を倒すことにしたんだ。高天原が動く前に片付けたい。お前らに話を持って行ったのは、望月更夜の感情が凍夜への恨みだったため、オオマガツヒ側に堕ちたのではと考えたためだ」
「時神が、厄神に堕ちたってことかよ……。状況が重いな……」
逢夜の説明にプラズマは頭を抱え、大人しく聞いていたアヤが口を挟む。
「えーと……更夜は大丈夫なわけ? その望月凍夜って人、なんだかすごく怖いのだけれど」
アヤはなぜか突然に酷く怯え始めた。
「あれ……何かしら……。私……なんで震えて……」
「大丈夫か、アヤ……」
プラズマがアヤの背を優しく撫で、栄次がさりげなく横に座る。
「……アヤ、ただ怖いだけではなさそうだな……。……なんだ、この記憶は……今まで見たことないものが……」
栄次のつぶやきに時神達は固まった。
「……誰だ……この女は」
青い瞳の銀髪の少女が赤子をあやしている。
隣にはアヤと同じような髪色の男が何かを悩んでいた。
……名前、どうする?
……そうですね、私が決めても?
……ああ、そうしてくれ。
かわいいなあ~もう。
……では、私の尊敬する父の名をとりまして、『あや』と。
……いい名だなあ。
「あや……」
「……え?」
栄次に名を呼ばれ、アヤは驚き、聞き返した。
「ああ、いや……この娘……どこかで……」
栄次が動揺していると、さらに記憶が流れてきた。
……ごめんなさい! 凍夜様っ!
許してくださいっ!
幼い銀髪の女の子を棒で叩く男。口には笑みを浮かべている。
……うええん……
お父様、助けてぇ……
泣き叫ぶ幼女をさらに殴りつける男。血まみれになる女の子。
ひたすら父を……
ひたすら「更夜」を呼ぶ少女。
栄次は震え、机に頭をぶつけ始めた。
「またコイツだっ! またコイツがっ! 俺はコイツが嫌いなんだっ!」
「ちょっ……栄次!」
プラズマが栄次を止め、栄次は我に返った。冷や汗が机にたまっている。
「……すまん……。初めて見えた過去があったのだ。望月静夜……更夜の娘だな……」
栄次の発言に逢夜の眉が上がった。
「静夜……。なんで、今、静夜の過去を見た?」
「……確信はないが……アヤは……静夜の娘……?」
栄次の発言に時神達は目を見開いて驚いた。
「ちょ、ちょっと待って、どういうことよ?」
一番慌てていたのはアヤだ。
「更夜の娘、静夜が夫だと思われる男と共に赤子の名付けをしていた……。その時に……『あや』と名付けていた」
「え……」
アヤがサヨを見る。
サヨは苦笑いを浮かべた。
「あー、実はね、あたしもルナも……おじいちゃんの子孫じゃないんだって。あたしらはおじいちゃんのお姉ちゃんの子孫みたい。だから……」
サヨはアヤにひきつった顔を向ける。
「名前で気づけば良かったんだけどぉ……、アヤは望月家なんだね? 信じらんなくてビビってるよ、今、あたし」
「嘘……、私は……え? どういうこと? 私はまだ二十七年目の神なんだけれど」
アヤの戸惑いが酷くなり、栄次、プラズマ達に救いを求める。
「あー……あんたはけっこう謎があるんだ。今まで現代神がずっといなかったっていうのがおかしいと思わないか?」
「……それはそうかもね」
プラズマに言われ、アヤは初めて疑問に思った。
「ただな、どういうことかはまだ、全くわからないんだ。なんかしっぽを掴んだ感じはあるんだが」
「……」
「この件に関しては調べる。安心しろ。自分がなんなのかわからなくなるのは不安だよな。だが、時神は皆仲間だ」
「ありがとう」
プラズマの言葉にアヤは軽く微笑んだ。
「アヤ、お前は大切に育てられていたようだな。穏やかな父と……優しい母……幸せそうだぞ」
栄次がアヤの頭を撫で、アヤは目に涙を浮かべた。
「更夜は、静夜を嫁に出している。木暮家に嫁がせたようだ。故に……アヤは木暮アヤだ」
「……そうだったのね」
「アヤ、わかって良かったね。なんで突然にわかったんだろう?」
リカにも背中を撫でられ、アヤは少し落ち着いた。
「なんでかしら……」
「それは」
アヤが落ち着いてきたところで逢夜が口を開いた。
「あんたが更夜の子孫だからだ。更夜が凍夜に出会い、オオマガツヒに会ったから、心で恐ろしさを共有したんだ。無意識にあんたと更夜は繋がってる。サヨまでいくと、子孫ではなくても影響を受けるようだな。『K』だからか?」
「わかんないけど、共有に関してはわかるよ」
逢夜の言葉にサヨは頷いた。
「……私が更夜の孫……? 頭が働かないわ。それでこれからどうするのかしら?」
アヤが尋ね、逢夜は迷いながら話し出した。
「そうだな、手伝ってほしいことがあってだな……」




