夜の子孫達4
スズは布団の中で目を覚まし、首を傾げた。
昨夜に更夜と花畑にいたことは思い出せたが、そこから先が思い出せない。
「更夜をなぐさめようとしてたのに……更夜より先に寝ちゃったの? あたし……」
スズはため息をつきつつ、起き上がる。
……更夜はすごく悲しそうだった。あんなに泣いている更夜、初めて見た。
きっとあたしのことよりも、奥さんと娘さんの方が後悔が深いんだ。
スズはなんだか、心の中が気持ち悪かった。
「……嫉妬してるみたい。なんか嫌だな」
スズは水を飲もうと台所へ向かい、廊下へと出た。
「……ん?」
廊下、他の部屋には人がおらず、気配が一ヶ所に集中している。
声がする部屋の近くの壁に背中をつけ、中の様子をうかがった。
……なんか、盗み聞きしてるみたい……。
こういうの、更夜怒るんだよね……。
そう思いながら聞き耳を立てると、どうやらスズだけが仲間外れで、サヨとルナの他に二人、知らない男女がいるようだとわかった。
男が威圧的に「娘への罪滅ぼしで子を育てるな」と発言し、更夜が泣きながら謝罪をしている。
「……こうや……」
スズは更夜の謝罪を悲しそうに聞いていた。
娘、静夜と重ね、子孫ではないサヨとルナを育てていたと。
スズは更夜の悲しみを知り、そばにいてやりたいと思った。
しかし同時に自分がどれだけ部外者か思い知る。
「……あたし、関係ないじゃん」
スズは自分が殺された理由も思い出す。
静夜とスズを天秤にかけ、更夜はスズではなく、娘をとった。
「あたしより、娘とお嫁さんが好きだよね。そりゃあそうだよね。そりゃあそうだよ……」
スズは口では納得していたが、心では悔しさが現れていた。
「あたし、関係ないもんね」
なぜか、スズの顔を涙が落ちていく。
「……あたし、なんで泣いてんだろ……」
なぜ、こんなに心が締め付けられるのか。
なぜ、こんなに悔しいのか。
「あたし、醜いなあ……。更夜が自分を一番に思ってくれないから……嫉妬してるだけじゃん」
スズは泣きながら自嘲気味に笑う。
「あたし、初めから関係ないんだ。血が繋がってるわけじゃない。夫婦になってるわけじゃない。あたしはなんなんだろ……」
スズは目を伏せる。
……あたしはなんなんだろ。
スズは黙り込んだ。
スズの影がゆっくりと伸びて、やがて黒い霧となりスズを纏い始めた。
「……ああ……すごく気分が悪い」
スズがつぶやいたと同時に、銀髪の男が目の前に現れた。
「更夜を従わせるのに使えそうな魂だ」
常に笑っている。
「ひっ!」
スズは怯えた。
いきなり首を掴まれ、締め上げられた。
「くっ……くるしっ……」
「もっとその感情を『ヤツ』が欲しがっている」
男は小刀を取り出すと、スズの頬を切った。
「やっ……やめ……」
不気味に笑いながら男は、次に怯えているスズの肩を斬った。
「いやっ……」
「良い感情らしいな。『ヤツ』が喜んでる」
男が血を流すスズを愉快に眺めていると、更夜達が慌てて入ってきた。
銀髪の男を視界にいれた三人は同時に叫ぶ。
「……凍夜っ!」
千夜、逢夜、そして更夜は怒りを滲ませ、獣のように呼吸を荒げ始めた。
「スズを……返せっ!」
更夜は叫び、凍夜に飛びかかった。
「待て、言葉遣いが悪いな? 飼い主に……そんな態度をとって良いと思うか?」
凍夜は一言、愉快に笑いながら言った。その一言で、なぜか望月兄弟は皆、動きを止め、頭を下げた。
「もうしわけありません。お父様……お許しくださいませ」
千夜、逢夜だけでなく、更夜も膝をつき、手をつき、頭を床につけた。
「ちょっ……どうなって……」
サヨは廊下からルナを抱きしめ、異様な光景に動揺していた。
三人は怒りに震えているのに、言葉があっていない。
「スズを……返してください……お願い……します」
更夜から弱々しい声が発せられる。
「そんなにコイツが大事なのか? 理解できないなあ。役に立たないガキじゃないか。まあ、俺にとっては役に立つか」
凍夜はスズを畳に叩きつけると、先程斬りつけた肩を踏みつけた。
「ぎゃああっ!」
スズの悲鳴が響き、更夜が震える。
「さあて、お前達、俺はもう行く。ついでにこれは持ってこう。何かの役に立つかもだしなあ」
凍夜は震えながら泣いているスズの首を再び乱暴に掴むと、黒い霧を撒き散らし、消えていった。
「スズっ!」
更夜は必死に手を伸ばす。
スズは恐怖に泣きながら、更夜にか細い声で最後につぶやいた。
「ごめんなさい……助けて……こうや」
血にまみれたスズが更夜を呼び、涙を流しながら、消えた。
更夜は唇をかみしめる。
「なぜだっ! なぜアイツにはいつもっ!」
更夜は畳を思い切り蹴りつけ、鋭く叫んだ。
「俺からスズまでも奪うのか! あの野郎! スズを傷つけやがった! アイツは……許さねぇ……。殺してやる! 絶対に許さねぇ! 殺してやる……! 俺が殺すっ!」
更夜の体から赤色の神力が溢れ、瞳も赤く染まる。
そして更夜は怒りを抑えられないまま、凍夜を追い、外へと飛び出していった。
「更夜っ! 待てっ!」
千夜が更夜を呼び止めようとしたが、更夜が立ち止まる事はなかった。
望月の子孫達は……望月凍夜に逆らえない。
心の傷と共に巻かれた鎖は「恐車の術」として子供達に深くきつく巻きついている。
それは今でも、何百年経っても消えることはない『人間の感情』だった。