夜の子孫達1
非道な言葉により傷ついたサヨの背を、更夜は優しくさする。
……いままで、何も動かなかった父がなぜ、突然に動き出した?
更夜は気持ちを落ち着かせ、疑問を浮かばせた。
「調べる必要があるか……」
「おじいちゃん、あたし……」
「アイツの言った事は気にするな。それっぽく言って信じ込ませる忍術を使ってくる。サヨは、俺にとっても、まわりにとっても大切で、代わりなどいない、頼りになる存在だ」
更夜の言葉を聞いたサヨは少し落ち着き、上がっていた肩をおろす。
「……その件に関してなんだが……」
いつの間にか、更夜に似ている銀髪の男が部屋にいた。
「お兄様でしたか。玄関のチャイムを鳴らし、お入りくださいませ」
更夜の態度に男は軽く笑った。
「あー、ワリィ。急用だったもんで。望月サヨ、お初だな。俺は逢夜、更夜の兄だよ」
「……こんにちは」
サヨは逢夜にそっけなく言う。
「元気出せよ。ああいう男はそうそういねぇって。俺は愛妻家だぞ?」
「……うん。ありがと」
サヨの頭を乱暴に撫でた逢夜は優しげに微笑む。サヨは不思議に思った。あの男の側にいたはずなのに、逢夜は穏やかだ。
考え方もあの男にかすりもしない。
「なんで、そんなに平気でいられるの? えーと、逢夜サン」
サヨは更夜からいったん離れ、逢夜を仰ぐ。
「まあ、平気なわけねーけど、望月家の危機だからな。俺は戦うさ。妻を守るためでもあるが。ああ、俺の妻は厄除けの神なんだ。俺も厄除けの神だが、相手がデカイ。妻を置いて来たわけさ」
逢夜の発言に更夜は眉を寄せた。
「厄ですか?」
「ああ……」
逢夜が言いかけた時、騒がしいルナが小柄な少女を連れ、部屋に入ってきた。
「おじーちゃあん! ばあばに遊んでもらったあ!」
「ば、ばあば?」
サヨが不思議そうに更夜を見る。更夜も眉を寄せた。
「ルナ、これは内緒だと言っただろう?」
後ろから入ってきた小柄な少女に更夜は驚いた。
「おっ、お姉様っ!」
更夜が珍しく叫び、サヨは目を見開く。
「おねえさま? おじいちゃん、お姉ちゃんがいたの?」
サヨが驚きの声を上げ、更夜は頷いた。
「ああ、更夜、重要な部分なため、望月家の主、千夜お姉様に来ていただいたんだ」
逢夜が付け加えて答え、ルナが千夜に抱きつく。まるで昔から知っているみたいに親しい。
「ルナ、千夜サンを知ってるわけ? ずいぶん親しいじゃん」
サヨに言われ、ルナは怯えながら千夜と更夜を仰いだ。
「えっと……」
目を泳がせているルナの頭を千夜は優しく撫でた。
「もうよい。いままでよく秘密を守れたな。偉いぞ、ルナ」
「でも……」
更夜は二人の会話を訝しげに見ていた。
「どういう事だ、ルナ」
「えっと……おじいちゃんに隠し事してました……」
怒られると思ったのか、ルナは不安そうにうつ向いた。
「更夜、お前が不在だった時期があっただろう? あの時期にルナを一人にさせておくのはかわいそうだと思い、勝手ながら私が遊びに連れ出したのだ」
千夜に言われ、更夜は栄次の心の世界に囚われたあの時を思い出す。サヨの世界に帰れなくなり、帰る事ばかり考えていた。
よく思い出すと、ルナの事を忘れていた。
これは少し前に栄次が起こした事件である。
その他、ルナはたまにいない。
弐の世界か壱の世界で遊んでいるものだと思っていたが、実はたまに千夜に会いに行っていたのかもしれない。
「まあ、そのあたりで、更夜が寂しがるから、私の話はしてはいけないと約束したんだ。それをいままで守っていたが、私が来たことで隠さなくてもいいと思ったらしい。それだけだ」
千夜は固まっている更夜に柔らかくそう言った。
「おじいちゃん……寂しくなった? えーと、ごめんなさい」
ルナは更夜が寂しがっているか確認していただけのようだ。
「ルナ、大丈夫だ。好きなことをしていいんだぞ。過激なイタズラの場合はお仕置きだがな」
「ひ~!」
ルナはあわてて千夜の後ろに隠れる。
「お姉様、いままでありがとうございます。気がつければ良かったのですが、お姉様は忍。私でもわかりませんでした」
更夜は丁寧に頭を下げた。
「良い。私は気づかれないよう、動いていたからな。お前の子育てに水を差したくなかったのだよ」
千夜の言葉に更夜はもう一度、頭を下げた。
ルナとサヨが戸惑う中、逢夜は目を細めて更夜を黙って見据えていた。