うつつとも夢とも知らず1
常ににやついている狂気に染まる男、望月凍夜が幼い少年を殴り付ける。
「お父様っ! 待って……」
少年は最後まで言う前に腹を蹴られうずくまり、何かを吐いた。
「こうすると吐くのか。では、こうすると?」
「ぎゃあっ!」
少年は悲鳴を上げた。
凍夜は少年の腕を捻り上げ、泣き叫ぶ少年の反応を楽しんでいる。
「水を飲ませて腹を蹴ってみよう。どうやれば人は死ぬか? 拷問は殺さないようにするのが難しいんだな。ふむ」
少年はわずか五歳だった。
涙を流しながらわけのわからない痛みに耐える。
なぜ、自分はこんなひどい目にあっているのか、理解もできない。
少年は悲鳴を上げ続ける。
誰も助けに来ない。
これが当たり前だと思っていた。
自分の身は自分で守らなければ。
やがて少年は損傷を最小限に抑える受け身を覚え、致命傷を避ける技を身につける。
少年は生き残った。
体には治らない傷が多く、何回か死にかけた。
父のおかしさに気づき、復讐のため、何度も殺そうとした。
何度も失敗し、逆らえない忍術「恐車の術」をかけられた。恐怖で人を従わせる術。
そして少年は操り人形になった。
「……」
少年は十年なんとか生き延びた。この時代、長く生きるのは難しい。常にお面をつけているような表情のなさ。
凍夜のためになんでもやった。
人を何人も殺した。
そのうち、静かに騒がれるようになった。
……蒼い瞳の恐ろしい子供がいると。
そして名がついた。
「蒼眼の鷹」と。
そんな彼は十四の年、望月家の下女に恋をする。
名前はハルだそうだ。
十二歳の少女。
少女は戦で両親を失くし、凍夜に買われてきた奴隷だ。
凍夜はハルを刀の試し斬りのため連れてきた。
人間でも動物でもなく……
「モノ」として扱う非道さ。
少年はハルに暴行する凍夜を許せなかった。
ハルを守るため、遠方の危険な仕事を引き受けた。
ハルとこの屋敷を出て、この男の支配から抜けようと思ったのだ。
だが……。
凍夜に任務放棄が見つかってしまった。成長した彼には娘ができており、ハルに震えながらその事を報告することになった。
「ハル……」
「……逃げ切れるわけはないですよね……」
「……娘に……静夜に俺ではなく、お父様を『父』と呼ばせる訓練をさせなければ」
青年は膝で寝ている娘、静夜を優しく撫でた。
「ハル」
「はい」
「お父様は俺達全員を屋敷に呼んでいる。行かなければならない。……俺は怖い。大切な家族を失うかもしれない」
彼は震えていた。
「……」
ハルは何も言わず、彼の傷だらけの手を優しく撫でた。
三人は凍夜の屋敷に帰ってきた。
彼は息を吐くと父に家族を下女から望月にしてほしいと頼む。
頭を下げて、必死で頼んだ。
任務は必ずやり遂げる。
だから、家族を……。
しかし凍夜は笑った。
「お前、下女と子を作ったのか? やるな。自分付きの下女がそんなに欲しかったのか? なるほど」
わけのわからない返答が返ってきた。
「ち……ちがっ……」
青年の口が急に動かなくなった。
「なんだ? 聞こえないぞ」
凍夜は笑う。
催眠術。
彼に逆らおうとすると口が動かなくなる。
その時、娘静夜が父親の異常さに気づき、口を開いてしまった。
「お父様? どうしたんですか?」
青年は血の気が引き、ハルは目を伏せた。
「なるほど。おもしろい」
凍夜は心底楽しそうに笑うと、静夜の首を掴み、壁に叩きつけた。
「静っ……夜! お願いします! 静夜はまだ幼い娘です! 理解ができていないんです!」
青年は、頭を打ち泣いている静夜を震えながら抱きしめ、目に涙を浮かべる。
「大丈夫か……静夜……痛かったよな……。静夜……よしよし……静夜……」
「ん? 愛玩のために飼っているのか? 理解ができないな。そのガキは良くわかっていないようだから、殺して新しいガキを見つけた方が良さそうだぞ?」
凍夜は無感情のままそう言う。
青年は彼の異常さがわかっているため、爆発しそうな感情を必死で抑えた。
「んー、愛玩でも俺以外を父と呼んだ罰を与えなきゃなんないな。望月の祖、望月の父は俺だけだ。指の爪、全部剥がしてみようか。痛いらしいぞ? 俺は別に何にも感じないが。しつけはいるよな?」
凍夜の言葉に青年は焦り、動揺した。娘が泣く姿、苦しむ姿を彼は見たくなかったのだ。
命をわけた、大切な存在。
それを凍夜は「モノ」のように扱う。
許せなかったが彼は逆らえなかった。
どうするか迷っていた時、ハルが静かに立ち上がる。
「……っ」
青年は目を見開き、ハルを止める言葉をかけようとした。
静夜が泣いている。
「私が代わりに罰を受けますから、娘を許してやってくださいませ」
青年は首を横に振った。
凍夜は狂気的に笑うとハルを彼らの目の前で暴行し始める。
血にまみれるハルに青年は震え、頭が真っ白になった。静夜の顔を胸に押し付け、見せないように無意識に動いた。
「もっ、もう……止めてください! 私の大切な妻なんです! お願いします! お父様っ!」
青年は泣きながら叫んでいた。
しかし、金縛りにあったかのように動けない。
ハルは逆さに吊られ、凍夜が刀を抜いた。
「お願いですっ! もう逆らいませんから! もうやめっ……やめてくださいっ!」
「さあ、どこから斬ろうかな」
青年は叫び、凍夜は笑う。
「もうっ……やめてくれぇ!!」
血が青年の頬に飛んだ。
何度も何度も飛んだ。
死ぬ間際……最期にハルは力を振り絞って弱々しく手を伸ばし、涙ながらに青年にこう言った。
「更夜様、娘と共に生きてください……。私は先に……ごめんなさい……生きて……」