最終話4
「更夜、怒るな」
栄次が更夜を止めるが、更夜はサヨを睨み付けている。
「なんでお前はそうやって戦の渦中に入ろうとする! Kの自覚が足らないのだ! お前は頭のよい子だと思っていたが、もう二回目だぞ! サヨ!」
「ご……ごめんなさい……」
「あやまって済むか! この馬鹿者!」
「だから、本当にごめんなさい!」
サヨは更夜に怯えつつ、謝罪を繰り返す。
「なぜわからない! お前はルナか? 幼い子供か? 言ってもわからねぇガキのようにお仕置きすりゃあいいのか? ケツを叩けば言うことを聞くのか? もういい加減にしろよ」
更夜にそう言われたサヨは震えつつもいらだちを見せる。
「……そんなこと言わないでよ!」
サヨは目に涙を浮かべ、更夜を睨み付けた。睨んだサヨは更夜にそっくりだった。時神達はふたりを止めるか迷ったまま、止まる。
「なんだと……?」
「あたし、もう十七なんだよ? ガキみたいにお尻叩いとけばいい? よくそんな失礼なこと言えるよね! あたしをなんだと思ってんの? いいよ! いくらでも叩けば? ここで下着脱げばいいわけ? 泣いてるあたしと猿みたいなお尻を皆にさらして笑われればいいんでしょ? 違う?」
サヨが珍しく更夜に反抗していた。それを見た更夜は父、凍夜の呪縛と戦っていた幼き自分を思い出す。
サヨは更夜に怯え、震えている。いままで逆らったことのない「親」に逆らう恐怖。
更夜はそれがわかっていた。
わかっていたが、更夜も余裕がない。四百年生きたとしても弐の世界で、なので精神があまり成長しないのだ。つまりまだ彼は二十三歳の青年。
サヨは十七歳。
もう精神も追い付いてくる。
「そうした方が言うことを聞くのかと聞いたんだ! 『女』のケツを叩く趣味は俺にはねぇんだよ!」
更夜はサヨがわからない。
子供ではなくなったサヨの扱いがわからない。
「なんでおじいちゃんはわかんないわけ? あたしはあたしの気持ちで動いたの! 消滅しないようにちゃんと動いたし!」
「俺にそんな口きいていいと思ってんのか? 叱ってるのは俺だ!」
「うるさいっ!」
サヨの怒鳴り声に時神達、更夜までもが黙り込み、止まった。
しんとした空気の中、サヨが静かに泣き始める。
「更夜様の約束はっ……確かに破ったけど……」
涙で潤んだ視界でサヨは戸惑う更夜を見据える。
「おじいちゃんだって……ヒドイじゃん……」
サヨの悲しそうな、辛そうな顔を見て更夜は思わずサヨの頭を撫でていた。
「あたし達置いてさ……死ぬつもりだったでしょ? あたし……」
サヨは涙を拭いながら切れ切れに言葉を発する。
「ちゃんとわかってるよ。子供じゃないもん」
サヨの言葉が更夜に刺さる。
更夜は珍しく動揺した。
……ああ、俺も同じか。
サヨは賢い。
もう本当にガキじゃねぇんだな。
……サヨはいままで理解した上で俺の説教を聞いていたのか?
俺を持ち上げて逆らわずに話を聞いていたのか?
更夜の視野がようやく広がった。
更夜はうつむく。
……もう子供じゃない。
話して……相談してやらねば。
彼女はもう大人で、「理解」し行動している。
「サヨ」
「……ごめんなさい。感情的になりました。Kとしての自覚は……一生懸命に動いていると忘れてしまうんです。つ、次はちゃんと自覚します。だから……許してください」
サヨは涙を流し、更夜に頭を下げ、謝罪した。
「サヨ……」
「……」
サヨは震えている。
更夜は何を言うか迷った。
「更夜」
ふと、栄次が更夜を呼んだ。
「……?」
更夜は情けない顔で栄次を見る。
「一番最初に言わなければならないことがあるのでは?」
栄次に問われ、更夜は気がついた。
「さ、サヨ……そいつと戦いになった時……何もされなかったか?」
「……うん」
更夜の問いにサヨは短く答えた。
「そうか。良かった。お前が無事で良かった……。ルナを守り、リカを見つけてくれたんだな。ありがとう……」
「おじい……ちゃん……」
更夜はサヨを優しく抱きしめた。
「その男について、栄次から過去見をしてもらう……それでいいか?」
更夜にそう言われたサヨは栄次を軽く見た。
「ああ、実はな、サヨの過去は見えていた。サヨからお前と話をするまで皆に言わないでほしいと言われた故、黙っていた」
「なんだって!」
更夜の代わりにプラズマが叫ぶ。
「すまぬ、プラズマ。サヨが話せるまで黙っていた。ここまで話さないとは思わなかったが……」
「あんたな……」
プラズマは頭を抱え、ため息をついた。
「ちょっと、お仕置きが怖くて……言えなかった! めんご! おサムライさん」
サヨが手を合わせて軽くあやまり、更夜が再び怒る。
「サヨ! お前、そんな重大な事をそんなくだらないことで! 一ヶ月だぞ! あれから一ヶ月!」
「だ、だからあやまったじゃん……」
「ダメだ、お前はまだガキだ!」
更夜はサヨを脇に抱え、スカートの上からお尻を叩き始めた。
「ちょっ! やらないって言ったじゃん! いたっ! 痛いっつーの! いったっ! 平手がなんでお尻に貫通してくんの!」
「更夜、もうやめといて、話もろもろ、固まってるリカに聞こうぜ……」
プラズマに呆れた声で言われ、更夜は咳払いするとサヨを解放した。
「あー、びっくりした。マジで百回やられんかと思ったわー」
「後で布団叩きで百回だ、お前は」
「げっ! 布団叩きはお布団叩くやつ! お尻じゃないんですけどー! ねー、マジで! 本当に許して! ごめんなさい百回言うから!」
「冗談だ。怪我しちまうだろ、馬鹿者。で、本題を」
更夜が元に戻り、一連の会話を見ていたアヤが呆れた声を上げた。
「はあ、コントみたい」