巻き戻せ2
「あのね……」
ルナは少し落ち着いてから畳の部屋を眺め、言う。
「ここが全部血の海だった。それで、すごく怖かった……。ルナが一回会ったおとこのひと、けんおうさま……『にしのけんおう』がいた。それでね、栄次が血まみれで倒れてて、おじいちゃんが……けんおうに……」
ルナは体を震わせながら下を向く。サヨは困惑した顔をしつつ、ルナの話を聞いていた。
「まずいことになるんだね……。おじいちゃんとおサムライさんが、死ぬかもしれない未来があるわけだ。そうだよね? リカ。今、おじいちゃん達、剣王と死闘しているんでしょ?」
「……うん」
リカが小さく頷き、目を伏せる。更夜と栄次が死ぬかもと言われたスズは悲しそうにサヨを見上げた。
しばらく暗い雰囲気が辺りを包む。ふと、ルナが重い口を開いた。
「あのね……」
ルナは拳を握りしめたまま、自分の太ももに目を落とした。
「あのね……。ルナ……いちのせかいの、『かこ』に行けるんだ……」
ルナの発言にサヨとリカは腰を抜かすほど驚いた。
「はあ!? 壱の世界の過去? どういうこと? 過去は参の世界で別物の世界だよ! この時代が過去になってしまった世界のことを言うんだよ?」
サヨが叫び、ルナは同じように怒鳴る。
「だから! ルナはいちのせかいのかこに行けるの!」
「……」
ルナの言葉にサヨは息を飲んだ。
「ま、待って……。ルナは参の世界に『行かず』に壱の世界の『過去』に行ける能力があるってこと!? 」
「そうだよって言ってるじゃん」
「……信じらんない。同じ世界軸の過去に行ける? そんなデータがあるなんて、信じられない! そんな時神、見たことない!
……でも、あるのかも……ルナは……人間から始まるっていうルールを無視して突然に時神になった……。だから、人間のデータを初めから持っていないんだ。生まれた時から幻想だから……あんたは……時神のメインデータみたいなものってこと……なの?」
サヨはルナの髪を軽く触る。ルナは首を傾げた。サヨの発言はリカもわからない。
「過去戻りができるってことなの?」
リカはとりあえず尋ね、ルナは頷いた。
「じゃあ、おじいちゃんとおサムライさんを助けられるじゃん! あたしらも戻れるの?」
「スズはダメ。人間の霊だから。……お姉ちゃんはKだから……たぶん平気……。リカは……」
ルナはリカの困惑した顔を眺めながら続ける。
「『ルナと同じ』だから大丈夫」
ルナの発言でサヨは眉を寄せた。
「リカ……あんた、何者……。ルナと同じように人間から神になってないの?」
サヨの追及にリカは悩みながら頷いた。
「そうみたいなんだ……私。生まれた時から神みたい」
リカはマナを思い出す。
彼女はリカを作ったと言った。
リカには両親がいない。
初めから人間じゃないと言われた。あのループした一年から前の記憶はリカのものではなく、現人神だったマナの人間時代の記憶。
リカには子供時代すらない。
ルナにハッキリ言われ、リカは自覚し、少しせつなくなった。
「あのね、未来にもいけるよ。お姉ちゃんとリカは連れていける。未来……見ておく?」
ルナにそう提案され、サヨは神妙な面持ちで目を伏せた。
「過去に戻った時、困らないように動きを確認しておいた方がいいよね。過去に戻る前に未来に行ってみるか」
「で、でも……未来から戻れなくなったら……私達……」
リカは心配そうにつぶやき、ルナを見る。ルナは力の制御がいまいちできていない。
更夜と栄次が死ぬかもしれず、プラズマが封印されているというのに、危険すぎるのではないか。
「リカ。たぶん、これ、はやく動いた方がいいんじゃね? あんたはさ、おサムライさんとおじいちゃんが、なんで殺されそうなのか、よくわかってる感じじゃん。
何もできないわけじゃない。できるならやれ。……おじいちゃんに言われた事があるんだ。
あのひとは、生前、何も救えなかったから。あたしはできることならやろうと思ってる。リカは来なくていいよ。未来から戻って過去に行く時に、一緒に来てくれればいいからね」
サヨは暗い顔をしているスズを一瞥してから、リカに目を向ける。
「……そうだよね。やるならやらないとだよね。ごめん……私も行くよ」
リカは息を吐くと、サヨにそう言った。
「じゃあ、ルナ。お願い」
サヨはリカの返答に満足しながら頷き、ルナに視線を戻した。
「うん。スズ、ちょっと待っててね」
不安げなスズを無理に安心させようと微笑んだルナは、涙を拭うと覚悟を決め、立ち上がった。
更夜さま、
ルナが悪かったです。
ルナの瞳に血を撒き散らす更夜が映る。剣王に首を掴まれ、締め上げられている。
もう、頑張らなくていいです。
剣王はこちらを向き、不気味な笑みを向けた。
……ルナは時神を守ります。