更夜の兄様3
逢夜は天守閣の裏門を開け、中に入った。更夜達はとりあえず、ついていく。
裏門の先は草原が広がっており、空間がおかしかった。門の外から見ると、城のみが近くに立っているように見えたが、城はなぜか、はるか先だ。
「目の前に天守閣があったはずなのに、なんであんな遠くに……」
リカは驚いてつぶやくが、更夜と栄次は厳しい顔で前を見据えていた。
戦っていた気配をいち早く感じたのか、剣王がすでに剣を振り回しながら立っていた。
「剣王、仕官希望だと。俺は負けちまった。わりぃな」
逢夜が軽く言い、剣王は楽しそうに笑う。
「逢夜くんもけっこう強いんだけどねぇ……。ああ、この空間は普段、折りたたんでいるんだけど、たまに開いているんだよ~。ああ、霊的空間だからね~」
剣王は空間についてのよくわからない説明をすると、神力を放出した。
「さて、おもしろいことをしてくれたもんだねぇ。なるほど、なるほど……。高天原西の仕官の仕組み、それがしと死闘するってのを利用して来たのか。罪に問われん喧嘩だねぇ。賢いなあ、君達」
剣王の神力を受けても顔色が変わらない更夜は不気味に微笑む。
「俺が何をしにきたか、わかるだろ? 取引をしに来た。お前、栄次がほしいんだろ? 栄次は剣王軍に加入する」
眉をわずかに上げた栄次に更夜は目配せをし、続ける。
「ただし、加入には条件をつける。俺と栄次に勝つことだ。これはな、あくまで仕官の話だ。どうかな?」
更夜の提案に剣王は楽しそうに笑っていた。
「あはは! 生意気なやつだねぇ。君達は確かにほしいが、そこまでほしいわけじゃない」
剣王は冷たい目を更夜に向ける。更夜はさらにおかしそうに笑うと冷静に口を開いた。
「加入するかしないかの以前の問題か? ならば、お前の望みがあるだろう?」
「ああ、君は賢い子だよねぇ~」
「俺達が負けたら、リカを殺せば良い。俺が仕官を申し込み、事故でリカが死んだことにすればいいんだ。俺も別に死んでもかまわないぞ?」
更夜が驚きの発言をし、リカは震える。
「こっ……更夜さん……」
リカが怯えながら声を上げるが、更夜はリカを止めた。
剣王は軽く笑うと剣を更夜に向ける。
「それがしが君を殺せない事を知った上で言っているのかな? 望月更夜。リカは……そうだな。いただこうか」
剣王はリカを殺すとは言わなかった。だが、更夜達を倒した後、リカを殺す予定なのは間違いなかった。
「ひとつ言ってやろうか。冷林は了解している。俺を殺してもお前は罪に問われん。次の時神など後でいくらでも出てくるさ」
更夜の言葉に剣王は眉を寄せた。
「君、なんでそんなに死にたがる?」
「わかるだろ? いちいち聞くなよ。西の主」
更夜は口角を上げ、剣王を挑発する。
「なるほど。それがしに本気を出させようというわけか。よく、ここまで話を固めたな。それがしにはメリットしかない話だねぇ」
剣王はプラズマを取り返しに来たことに気がついていたが、後で不利にならないよう、あえて言葉を口にしなかった。それは更夜も同じ。
お互いが話すことなく、目的を理解した。
「……どうだ? 先程、あれだけ派手にやったんだ。他の武神達に仕官をしにきたことを知られているはずだぞ。ここで逃げたら、大変だな、剣王」
更夜はさらに逃げ道をなくす。
「なるほど。おもしろいことをする。それがしに喧嘩を売ったのは君が初めてだ。負けた後の事を考えていない、短絡的な考え。若いねぇ。やろうか。いいよ」
剣王は神力をさらに上げ、更夜に威圧をかける。しかし、更夜は怯まない。
「さあ、さっさとやろうか。久々の楽しい喧嘩を」
「い~ねぇ。『君達』が負けたら、リカを差し出せ」
剣王は全員でかかってこいと言った。
「では」
更夜は栄次に目配せをし、戦闘に入る。剣王は姿を消すとリカの目の前に現れた。リカを狙って剣を振り抜く。
更夜はすばやくリカを抱え、剣王の剣をかわした。
初手は更夜が見破った。
栄次は更夜がリカを助けたのを確認し、剣王に攻撃をしかける。
剣王は栄次の高速の剣技を軽々避けていく。更夜は飛び上がると、上から手裏剣を投げた。
剣王は栄次の剣撃をよけつつ、手裏剣を剣で叩き落としながら更夜に回し蹴りをする。
更夜は空中にいながらわずかに体をそらし、かわした。
しかし、風圧で胸を薄く斬られた。
「もう少し後ろか」
更夜は表情変わらず、煙玉を投げ、姿をくらます。
「気配でどこにいるかわかる」
剣王は短刀を手から出すと、下から攻めてきた更夜を突き刺した。更夜は変わり身でその場から消える。
栄次は剣王の背後から刀を振り抜き、更夜は蹴りを剣王の腹に入れようとした。剣王は更夜の足首を掴み、振り回すと栄次の刀を更夜で受けた。
更夜は体の関節を外し、栄次の刀を避ける。足首を掴まれたまま更夜は至近距離で手裏剣を放った。剣王は更夜を放し、手裏剣をかわす。
「へぇ……強いなぁ」
剣王が栄次の袈裟斬りを避けた時、地面が突然爆発した。
剣王は結界を張り、爆発を防御する。栄次は爆風に紛れ、剣王の腹を狙い、突いた。剣王がすれすれでかわしたところで、更夜が剣王の首を後ろから狙う。
剣王が頭を下げてかわした時、栄次の刀が低い位置から斬り上げてきた。剣王はわずかに後ろに下がり、目線すれすれで刀を避ける。
かなり、二人は攻撃をしているのだが、剣王はすべて避け、無傷だ。神力もほとんど使ってない。
「いいねぇ」
剣王は神力を栄次にぶつけ、栄次を切り刻んだ。栄次はなんとか耐え、血を流しながら剣王を攻めていく。
剣王は栄次の刀を避けながら、更夜にも神力をぶつけた。更夜は栄次よりも神格が下だ。栄次よりも深く切り刻まれる。
しかし、更夜は何も変わらず、剣王を攻めていく。
……神力を使い始めたか。
もっと使わせよう。
更夜が怯まないため、剣王は眉を寄せた。
「君……痛みがないの?」
「……」
剣王の問いには答えず、更夜は小刀で剣王を振り抜く。
血まみれになっているというのに、更夜は平然としていた。
栄次はまだ傷が浅いため、剣王を攻めている。
剣王はさらに栄次に神力をぶつけた。栄次は結界の作り方がわからないため、そのまま切り刻まれ、血を吐いた。
剣王は栄次が怯んだ隙に更夜に神力を向ける。更夜はうす緑の結界を出すと剣王の神力を軽減させた。
「この短時間で、結界を作る事を覚えたのか」
「お前がやっていたじゃないか」
更夜は冷淡に微笑み、栄次はアヤを呼んだ。
「巻き戻せ!」
栄次が命令し、戦況を見守っていたアヤは慌てて栄次と更夜の時間を巻き戻し、怪我をなくした。
栄次は剣王が何かする前に再び剣王を攻撃する。
剣王はすべてかわし、手から薙刀を出現させ、凪いだ。
栄次は慌てて剣王の間合いから離れる。薙刀相手に刀を使うのは難しい。更夜は薙刀をかわしつつ、剣王の懐に入った。剣王は薙刀を捨て、短刀を出すと、更夜の首を落とそうと動く。
更夜は間合いを計算し、先程よりも離れて避けた。風圧が体に当たることなく着地する。
「ぜ、全然見えない……」
リカは地面が抉れたり、風が飛んでくる場所を必死に目で追うが、何も見えなかった。
「私だってわからないわ。栄次の指示がなければ、どこで巻き戻すのかわからない」
アヤもリカ同様に完全に見る方向が遅れていた。
「……なるほどなァ。読めたぜ」
アヤ、リカの横で戦況を見守る逢夜は軽く笑う。
「え?」
「お前がリカか?」
「は、はい」
逢夜に突然尋ねられたリカは動揺しながら頷いた。
「お前、俺が守ってやろうか? あいつらが負けたら死んじまうんだろ? え?」
逢夜の発言にリカだけでなく、アヤも驚く。
「早く、来い。剣王に戦いを挑むなんざ、更夜は無謀なんだよ。裏でなんとかしようぜ。まだあいつらは負けてない。あいつらが負けるまで俺と遊びに行こう」
逢夜の言葉にリカは迷い、アヤを見た。
「……残念ながら、私は何もできない。ここで、彼らを生かす道だけを考えるわ。望月逢夜……あなた、雇われって言っていたわよね? 剣王軍ではないの?」
「そうさ。ヤツは、自分の軍を傷つけたくないから、雇われで強いヤツを募集していた。俺はそれに乗っかっただけだぜ」
逢夜が軽く言い、アヤは目を細めたが、逢夜を信頼することにした。彼は更夜の兄。
何を考えているかはわからないが、害はなさそうだ。
「リカ、どうする? 私はここを離れられない。だから……」
「私が決めるんだね……。わかった」
リカは深呼吸すると、逢夜を見て言った。
「生きる道を探します」
「ああ、そう言うと思っていたぜ」
リカの返答に逢夜は満足そうに頷いた。