責任とは2
ルナの頬を冷やし、血を拭ってやったアヤはルナを寝かしつけていた。
ルナはアヤに背を向け、静かに泣いていたが、やがて泣きつかれたのかそのまま眠ってしまった。
アヤは和室の電気を消し、廊下に出る。
「アヤ、寝たか?」
栄次がアヤに声をかけ、アヤは小さく頷いた。
「ショックよね。わけがわからなかったと思うわ。育て親の更夜に初めて怖い顔で沢山叩かれて。ずっと泣いていたわよ」
アヤが答えた時、プラズマが二階から降りてきた。
「リカは部屋に寝かせてきたぜ。まだ、目を覚まさない。明日、目覚めるといいが……」
「なんか、リカが来てから状況がかなり変わるわね。あの子は沢山の秘密がありそうだけれど、リカ自体がわかっていないから、説明してくれない」
アヤは栄次とプラズマと共に、こたつがある和室に戻る。ルナを寝かせた隣の部屋だ。
「更夜の対応には正直戸惑ったよ、俺は」
プラズマがこたつに入り、横になる。
「ああ、俺達は更夜に任せすぎたのかもしれない」
栄次もこたつに入り、机の上の編みかごに入ったみかんをむく。
「もう、寒くなったわね。秋も終わりかしら」
「アヤ、あんた、なんか元気がないな。更夜の振るまいに驚いたのか?」
プラズマがそう尋ねた刹那、こたつ布団の中で、栄次がプラズマの足を軽く蹴った。
「な、なにすんだよ……」
「栄次、別にいいわ。隠してないから」
アヤが意味深な言葉を発し、プラズマは眉を寄せる。
「なんだよ……」
「栄次は私の過去をみたんでしょう?」
「ああ、すまない」
栄次はみかんを口に含みながらあやまった。
「だから……どうしたんだ?」
「ここで話すのもあれだけれど、私の小さい頃の話よ」
アヤはため息をつきながら、急須からお茶を入れ、話し始めた。
「話したくないなら話さなくていいけどな」
「隠すつもりもないから、話すわ。私はね、人間時代、『両親に全く似てなかった』の。弟がいたのだけれど、弟は両親に似ていたわ。産まれた時にね、私は『また赤ちゃんになっている』と思ったの。なぜだかはわからない。わからないけれど、『また、この姿なの?』って思ったの」
アヤはお茶を一口飲むと続けた。
「まあ、ここは今は関係ないんだけれど、両親に全く似てなかったから……かわいがってもらえなかった」
アヤはまたお茶を飲む。ゆのみを持つ手が震えていた。
「ルナを見て、思い出しちゃったのよね。よく顔を殴られていたこと」
「マジかよ……ひでぇな……」
「私の顔が気に入らなかったらしいわ。それはそうよね、似てないんだもの。全くね。髪から瞳から何もかも違う。顔を見せるなと言われて、食事も自分でこっそり作って夜中にひとりで食べてた。私もね、子供は好きなのだけれど、どうしたらいいのかわからないの。ひとりで育ったから。ずっと邪魔扱いされていたから、早い段階で家を出たのよ」
アヤはお茶を飲み干し、息を吐いた。
「私が怒っている男が苦手なのは、お父さんのせいなの。私の事でずっとお母さんと揉めていたわ。その後、決まって私を殴るのよ。髪の色が違うからと髪を引っ張られたり、切られたりもした。私が家を出たのは、本物の両親を探しにいきたかったのかも。ルナも優しい両親が気になったのかもしれないわね」
アヤは湯呑みの底を見ながら再び、ため息を漏らした。
「アヤ、大変だったんだな」
プラズマと栄次はなんとなくアヤの側に寄る。
「よく泣いていたから、頭ごなしに怒鳴られて怖いと思うと涙が勝手に出るの。追加で言うと、私は元々、全然違う名前だったのよ。アヤって名前は夢なのかなんなのかわからないけれど、優しく何回も呼んでもらった記憶があったから、自分でそう名乗っている。なんだか遠い記憶のような、懐かしくて、あたたかい感じがするの。なぜだかわからないのだけれどね」
アヤは立ち上がり、湯呑みを片付けに行く。
「なあ、栄次。栄次はいつから知ってたんだよ」
プラズマは小声で栄次に聞いた。
「……初めからだ。アヤの記憶は話より酷いぞ。見ない方が良い。ただ……彼女はずっと古くから記憶があるような気がするのだが、二十数年前ほどからしか見えない。不思議だ。お前が皇族で紅雷王だった時期などはしっかり見えるのだがな」
「『我は紅雷王。おかたさまの行く末も見えると言うに、おかたさまは我を使うのか』みたいな? しかし、アヤは謎だな……」
アヤが湯呑みを片付け、戻ってきた。
「それで、明日は……。ルナに酷いことはしないわよね?」
アヤは不安げにプラズマを仰ぐ。
「……酷いことをするよ」
プラズマの発言にアヤは悲しげに下を向いた。
「かわいそう」
「たぶんな、一番泣くと思う。更夜みたいな折檻はしないが、あの子から一番大事なものを奪う。アヤは辛かったらいなくてもいい」
プラズマはアヤの横に座り、背中を優しく撫でる。アヤは自身と重ねたのか、涙をこぼし始めた。
「あの子は更夜に愛されてたわ! あの子から更夜を奪うつもりなの?」
「その通りだ」
プラズマは言い訳を何もせずに一言だけ言った。
「ひどい……」
「今回は高天原に見つかったかもしれないんだ。たぶん、ずいぶん前から見つかっている。だからそろそろ俺は、高天原北の冷林から会議に出るよう言われる。明日、時神トップの俺がルナの責任者である更夜を罰し、ルナに罪を償わせ、高天原から追及されたら、更夜の封印で罪を償わせたことを言い、時の歪みは俺達が直したと報告する」
プラズマは髪をかき分け、みかんに手を伸ばす。
「アヤ。プラズマがやるしかないのだ。ルナを守らねば」
栄次もアヤの方に寄り、三人が一直線にこたつに入ることになった。間にアヤが挟まれる。
「男が両脇に来ると、なかなか狭いわね……。ええ、わかってるの。私も見届けるわ」
アヤがそうつぶやいた刹那、両脇からむいたみかんが差し出された。
「甘いぞ、食べるか?」
「すんげぇうまいみかんだから食べてみ?」
「……ありがと。いただきます。あなた達の優しさに……私はね、かなり救われているのよ」
アヤはみかんを二つ受け取り、控えめに一粒ずつ口に入れる。
「……えっと、しばらく、一緒にいてくれるかしら」
アヤは二人の片手をそれぞれ握り、うつむいた。
「いいよ」
「ああ、一緒にいる」
プラズマと栄次からの優しい返答を聞いたアヤは、嗚咽を漏らしながら静かに涙をこぼした。