月の女神3
五歳の時、時神の力をなぜか持ってしまったルナは、更夜に内緒で力を使い始める。
「巻き戻せる、早送りができる! すごい!」
ルナは時神になってしまったようで、死後の世界から現世に出られるようになっていた。
ルナがそれに気がついたのは力を使えた翌日。
知らずの内に現世への扉の作り方を知っていた。別の世界に憧れていたルナは高ぶる気持ちのまま、現世へ入った。
しかし、現世ではルナの姿が見える人間はいなかった。
ルナは不思議に思いながらあちらこちらを歩く。
ふと、どこかの家でルナにそっくりな女の子がお庭でボール遊びをしていた。そっくりというか、全く同じ顔だ。
「ルナ、ごはんの時間だよー!」
「はーい!」
女の子はお母さんだと思われる女に呼ばれ、家に帰っていった。
ルナは目を見開き、首を傾げる。
「ルナはここにいるのに……。あの子もルナなの?」
ルナはなんだかつまらなくなり、小石を蹴った。
「……ん?」
小石を蹴った先で、うずくまっている猫がいた。猫は日が当たるあたたかな場所で眠るように死んでいた。
「ネコさん、動かないなあ。死んじゃってるの? あ! そうだ、ルナが」
ルナは更夜との約束を忘れ、猫に『巻き戻しの鎖』を巻く。
「巻き戻してあげるね」
ルナは、死後の世界に産まれた時から存在しているため、生死がまるでわかっていなかった。
力の制御ができないルナは猫を子猫まで戻してしまう。
「これでよし! また動けるねー!」
猫は弐の世界から突然、現世に戻され、戸惑いながら鳴いていた。ルナは喜んでいると思い、満足げに頷く。
「さて、次は……ん?」
ルナの頭にまた情報が流れ始めた。言葉は理解できないのに、なぜかやり方だけが完璧にわかる。
「時間ていし? 時間を止められるの?」
ルナはいたずらっ子のように笑うと時間停止を使ってみた。
風に流れる葉が空中で止まったまま動かない。先程の猫も鳴いたまま止まっていた。飛んでいた虫も羽が動かないまま空中で静止している。
「ほんとだ! ルナ以外止まってる!」
ルナは感動しながら、時間停止を解く。再び猫が鳴き、虫は飛んでいき、葉はルナの足元に落ちた。
「なにこれ、すごいおもしろいっ!」
ルナは笑いながら道を駆けた。
自分の時間を早送りし、すごい速さで走り、飛んでいる虫を早送りして動きを楽しみ、時間停止をして人間の鞄から物を盗ってみたり、無邪気に色々とやった。
気がつくと夕日が出ていたが、ルナはもう少し遊びたいと思った。そして、巻き戻しの力を使い、昼に戻そうとしてしまった。
しかし、こういう力を使うには神力という力を使う。それがわからなかったルナは、朝からずっと力を使ってしまい、神力の限界がきていた。
「ああ、なんだろ。眠くなってきちゃった……」
ルナは動く気力がなくなり、誰かの家の塀の近くでうずくまる。
「ルナ! いた! 良かった……。何していたの!? おじいちゃんが探していたよ! おじいちゃんはあの世界から出られないからあたしがこっちを探していたの!」
寝る寸前でサヨの声が響いた。
「え? あ、おねーちゃん?」
「バカ! あんた、ヤバイことしていたんじゃない? おじいちゃん、カンカンに怒っていたよ! あんたは知らないだろうけど、おじいちゃんは怒るとめっちゃ怖いんだから! とにかく帰るよ」
「……じゃ、じゃあ……全部巻き戻すから待って……」
ルナの言葉を聞いたサヨは蒼白になった。
「そう……あんた、一番やっちゃダメな事をしたんだ」
「うーん……眠い」
ルナはそのまま気絶するように眠った。
気がつくと、ルナは布団の中だった。横には更夜がおり、心配そうにルナを見ていた。
「あれ? おじいちゃん」
「……大丈夫か」
「うん、大丈夫だけど」
ルナの言葉を聞いた更夜はゆっくり立ち上がった。そして、一言言った。
「俺との約束は覚えていたか?」
更夜の突き刺さるような雰囲気にルナは肩を震わせて小さくつぶやいた。
「やくそく……力を使わない」
「そうだ、なぜ破った」
「な、なんでって……」
「なぜ破ったか聞いている」
更夜の声が鋭くなっていく。
「ルナ、俺が言った約束の意味がわからなかったようだな。お前はまだ小さい。わからなくても仕方がない。だから、今から教える」
「え……」
「こちらに来なさい」
更夜はルナの手を引き、廊下に出た。ルナは不安げに更夜の背中を見上げる。
廊下の壁にサヨが寄りかかっていた。サヨは更夜に怯え、目を伏せる。
更夜はルナをお仕置き部屋に連れていくと、正座させた。
「いいか、今からわかりやすく教える」
「……ん?」
「ルナ、返事は『はい』だ」
更夜はルナの手を叩き、言葉を直させる。
「は、はい」
「早送り、巻き戻し、時間停止がなぜ、やってはいけないか、教える」
「な、なんで知って……」
「なんで知っているか? お前が行った世界の時神から聞いたんだ」
「……?」
ルナは不思議そうに目を見開いた。
「説明不足だった。すまんな、ルナ。すべて話す。わからないところは聞くんだ。わかったな?」
更夜に言われ、ルナは頷く。
「ルナ、返事をしなさい」
「は、はい」
ルナは更夜に手を叩かれ、目に涙を浮かべてうつむいた。