月の女神2
更夜は緑茶をゆっくり飲んでいた。
あれからだいぶん時間が経ったような気がする。
四百年ほど生きたのに、この五年間のが長い時間に感じた。
ルナは順調に成長している。
……気がつくと、ずいぶん大きくなった。もうルナは五歳に。
更夜はぼんやりそんな事を思いながら、隣で数字の勉強をしているルナを見た。
「えー……いち、に、さん……よん……おじいちゃん! これは何?」
ルナが紙に書いてある「六」の数字を指差し、無邪気に更夜を仰ぐ。
「『ろく』だ。お前は賢いな。漢字も覚えたのか」
「うん!」
「おやつの時間にするか? ルナ、今は何時かな?」
更夜はサヨが持ってきたデジタル時計をルナの前に置く。
「んん……十時十分?」
「正解だ。おやつは何にする?」
「じゃがいもー!」
ルナは元気に手を上げて答えた。
「じゃがいも……。ルナはじゃがいもが好きだな。では、揚げたじゃがいもにしよう。ああ、何て言うんだったか」
「ふれんちふらーい!」
「……ああ、フレンチフライか」
更夜がルナを撫でていると、おやつと聞いてサヨがやってきた。
「フライドポテトじゃね?」
「まあ、なんでもよい。サヨ、宿題は終わったのか?」
「てか、教材自体全部終わっちゃってやることないー。ほら、見てよ」
サヨは愉快そうに笑いながら、百点に近いテストを沢山出してくる。サヨは昔から秀才で、点数を落とした事がない。
「そうだな、お前は昔から賢いんだ。そんなに頑張らずとも良いが。別に悪い点数だからとお前を叩くわけじゃない」
「まあ、こういうの、ハマるとやっちゃうんだよねー。パズルみたいで楽しくて。たぶん、おじいちゃんが一緒に勉強してくれてたのがデカイかもしれない」
サヨは数学の教材をめくりながらはにかんだ。
「ああ、あのわけわからんアルファベットの数式を使うやつは戦国生まれの俺にはなかなかキツかったぞ……。では、フレンチフライを作ってくる」
「フランスのハエだったりして……」
サヨが笑い、更夜が振り返り、睨む。
「俺をからかっているつもりなのだろうが、英語は得意だ。お前のおかげでな。フレンチフライズだな」
「あはは……」
サヨが苦笑いを浮かべ、ルナが更夜の手を握る。
「おじいちゃん! ルナ、台所のお椅子に座ってる!」
「ああ、油ははねるから俺の側にはよるなよ」
更夜はルナを連れて台所へと向かった。
更夜が台所でじゃがいもを細く切っているところでルナが我慢できずに更夜に尋ねた。
「まだぁ?」
「今、揚げるから待ってろ」
更夜は背中ごしに穏やかに言う。
ルナが更夜の背中を見ながら、ため息をついた時、突然にルナの瞳に電子数字が流れ、時間を巻き戻す方法、早送りする方法の情報が頭に入ってきた。
……何?
時間を早送りにできる……?
ルナは早くおやつを食べたくて、この謎な現象に戸惑うわけもなく、力を使ってしまった。
時計の陣が足元に現れ、ルナは更夜に向かい『早送りの鎖』を投げる。
刹那、更夜がルナに気がつき、驚いた顔で振り返った。
「る、ルナっ!」
更夜の鋭い声でルナは首を縮めて驚き、力を使うのをやめた。
「お前……まさか」
「お、おじいちゃん?」
「時神の力を使ったのか?」
更夜に尋ねられ、ルナは困惑した顔をする。
「え? よくわからない」
「そうか、お前は……時神」
更夜はできあがったフライドポテトを皿に盛り、ルナの前に置いた。
「いただきま……」
「待て」
おやつを食べようとしたルナを更夜は鋭く止めた。
「え?」
「ルナ、お前は時神のようだ。今初めて力を使ったようだが、今後、許可なしに使ってはいけない。この力はお前が世界を知ってから使うべきだ」
「……わかんない」
ルナは目の前のおやつに目を移しながら更夜に言う。
「とりあえず、使わぬようにするんだ、わかったな?」
「うん、わかったー! じゃあ……」
ルナがおやつに手を伸ばしたので、更夜はルナの手を軽く叩いた。
「ちゃんとわかったのか?」
更夜の鋭い声にルナは体を震わせ、頷く。
「もう一度言う。この力は使うな。わかったか?」
「……はい。わかりました……」
ルナは目に涙を浮かべ、おやつを見つつ、頭を下げた。
「ほら、冷める、食べなさい」
「わーい!」
ルナは揚げたてのポテトを満面の笑みで食べ始めた。
「サヨを呼んでくる」
「うん!」
更夜に返事をしたルナは、更夜が何を怒っていたのか、理解できていなかった。