栄次の心の中は7
三人が座ろうとした時、更夜が入ってきた。
「ああ、ここはお仕置き部屋だ。ここではなく、別の場所でリカを寝かせろ。布団を敷いてくる」
「まっ……待っておじい……ちゃん」
更夜が布団を出しに部屋から出た刹那、サヨが怯えた顔で更夜を呼んだ。
「なんだ? どこか痛むか?」
「それはもう大丈夫」
「……どうした?」
更夜はサヨが自分と目を合わせないので不思議に思い、部屋に戻ってきた。
アヤ、プラズマ、栄次は不思議そうに二人を見ている。
「あの……更夜さま」
サヨは言いにくそうに下を向いた。
「お前が俺をそう呼ぶ時は、昔から何かをした時だな」
「……あの」
サヨは震えながら涙をこぼす。
「……」
更夜は何も言わず、サヨから話すのを待った。
「あたし……あたしね。ごめんなさいっ! あたし……更夜様との約束を破って刀を……使いました」
「サヨ……座りなさい」
更夜はサヨを落ち着かせ、時神達の前に座らせる。
「刀を使ったのか」
「はい」
サヨはうつむきながら、震えていた。
「体に不調はないか?」
「ありません」
「相手を傷つけたのか?」
「……いいえ。しかし、たまたま傷つかなかっただけです」
サヨの言葉を聞き、更夜は安堵し、ため息をついた。
「俺はお前が五歳の時に、厳しく叱ったはずだ」
「はい」
サヨは久々に更夜の気にさらされ、肩を跳ね上げながら更夜の言葉一つ一つに怯えている。
横に飾られていた刀を見たサヨはさらに小さくなった。
「手を出せ」
「はい」
サヨは素直に手を出す。
更夜はサヨの手の甲を思い切り叩いた。
「いっ……」
「俺が五歳のお前にあれだけ厳しくした理由がわからないのか」
「ごめんなさいっ……ひっ!」
更夜はもう一度、サヨの手を叩いた。鋭い破裂音が部屋に響く。
「こ、更夜……」
戸惑った時神達が更夜を見つめていた。
「お前は『K』だ。武器を使えば消滅するんだぞ。俺は使うなと言ったはずだ」
「ごめんなさいっ……いっ!」
更夜はサヨの手を叩く。
「『K』は戦いに入ってはいけないんだ。理由はどうあれ、約束を破るとは」
「ごめんなさいっ……あうっ!」
サヨは叩かれている手を見つめ、震えながら泣いている。
「これは絶対に破ってはいけない約束だった。お前もわかっているはずだ」
「ごめんなさいっ! ううっ!」
更夜はサヨの手を叩き続ける。
更夜の厳しさを見て、サヨがどうしつけられて来たのかを時神達は深く知った。
サヨの手は更夜により赤く染まる。
「ごめんなさいっ! もう二度としませんっ! 二度としませんから」
サヨは更夜に頭を下げ、謝罪を繰り返した。
「……お前が消えたら、俺は立ち上がれない……。あのループに入り込んだ時も……お前の元に帰る事を考え自分を保っていたんだ」
「更夜さま……ごめんなさい」
「更夜……もう仕置きは良いだろう。見ていられん。かわいそうだ。彼女はそうしなければ、もっと酷い怪我をしていた。言い訳をしない、良い子ではないか。彼女は防御しかしていないぞ。お前との約束を守っている」
栄次が更夜を止め、目にわずかに涙を浮かべた更夜はサヨを抱きしめた。
「もう危ないことはするな……。お前は普通の人間ではないんだ。……頼む」
「……わかってる。許してくださいってあたしは言わないから。昔みたいにお尻叩かれるかと思ったんだけど……」
サヨは叩かれた手をさすりながら、更夜を見上げた。
「バカを言うな。お前は十七だろう。立派に女だ。ガキじゃあない。辱しめるわけにはいかないからな。それから、お前は『K』なんだ。自覚をしろ」
「それに関してなんだが……」
プラズマが言いにくそうに更夜に話しかけた。
「なんだ?」
「サヨに神力があるのはなぜだ? 『K』は神じゃないだろ?」
プラズマの言葉に更夜は眉を寄せる。
「ああ、やはり……そんな気はした。まだ、神力が安定していないようだな。今後、歴史神『ナオ』にデータの検索をしてもらおう。それと……」
更夜はちらりとリカを見た。
「……俺達のデータがやや変わったようだ。俺は弐の世界から出られるようになった。なぜかはわからんがな」
「確かに俺達もこの世界に来れるようになったようだぜ」
更夜にプラズマがそう答えた。
今回の事件で時神達の何かがまた、変わったようだ。
「……更夜」
話が一段落した辺りで栄次が更夜を呼ぶ。
「なんだ?」
更夜はサヨを優しく撫でながら栄次に目を向ける。
「俺を救ってくれてありがとう。それと、スズも救ってくれたな。申し訳なかった」
「俺もスズは心残りだった。俺はな、人をたくさん殺しているから魂がきれいに戻らず、この世界に居続けていたのだ。人を殺したことに後悔があり、厄を溜め込んでいた。時神になったのも、罰なのかもな。人間の恨みが、逃げるなと俺に言っているのかもしれない。サヨやルナを育てたのも娘に対する罪悪感を二人で埋めていただけなのかもしれない」
更夜はサヨを抱きしめる力を強めた。
「おじいちゃん……そんなこと言わないで。あたし達はね、おじいちゃんに感謝してる。だから、助けに行ったの。あんな強い男の子に襲われるとは思ってなかったけど」
「よく無事だったな……。あいつは異常だった」
更夜はサヨの頭を撫で、サヨの赤くなった手を優しくさする。
栄次が他に言葉をかけようとした刹那、元気な少女の声が響いた。
「あー! おじいちゃん! お仕置き部屋でなにしてんの? おねーちゃん抱きしめてる!」
「お仕置き……部屋!?」
ルナとスズがこちらを覗いていた。
「そうなんだよー、スズもお尻ぺんぺんだよ! 悪い子だとここで椅子に座れなくさせられる~」
「それはいやー!」
「はあ……ルナ。大袈裟に言うのはやめなさい……。言っておくが、ルナはイタズラばかりするんだ。だが、サヨにしたみたいな厳しいのは一度しかしていない」
更夜は栄次に小さくつぶやいた。
「ああ、そのようだな。過去を見ると、お前は幸せそうだ。これからも様子を見に来る」
「ああ、遊びに来い。皆喜ぶ」
栄次と更夜は拳を軽く突き合わせ、軽く笑った。
「栄次と更夜っていい友達なんだな、アヤ」
プラズマがアヤにそうささやき、アヤもにこやかに頷いた。
「そのようね。今回で栄次にあった後悔もなくなったみたいだし、皆無事でよかったわ。……リカは平気かしら」
「ん……」
アヤがリカに視線を移した時、リカが目を覚ました。