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44.夢と現と

「――て」


 暗闇の中。かすかに、けれど確かに聞こえる女児(こども)の声。

 それが助けを求める声だと知っているのは、今日が初めてでは無いからだ。


―ああ、。


 これから起きる出来事に気が塞ぐも、リントは回避する術を持ち合わせていない。

 漆黒の闇と呼ぶにふさわしい、僅かな濃淡すらない世界は自分自身。

 つまりは夢の中である。


 ここ数か月リントを悩ませている夢は、情景こそ違うものの、中身はほとんど変わらない。

 逃げて、逃げて、逃げきれなくて。

 死を予感したところで目が覚める。

 何から逃げているのか、この先どうなるのかもわからないまま、ねじ切られるような恐怖心だけが流れ込んできて唐突に終わる、救いようのない夢。


 怖いだけだったそれが、繰り返すうちにいつしか輪郭を持ち始め、(たい)を成し、声が聞こえるようになった頃、自分の求めるものはこの先にあるのだと理解した。


 今夜こそ行きつくことが出来るだろうか。

 淡い期待を抱きながら、その(じつ)、途切で目覚めるのを確信している自分がいる。

 何がと問われても答えられないのに、足りていないことだけがわかる。

 わかったところで何もできないまま、リントは今夜も与えられた恐怖と痛みを甘受し続けた。


・・・・・・


「……っ」


 目覚めたリントが最初にしたのは、呼吸を整えることだった。

 体が強張って思うように動かない上に、心臓は早鐘を打ち、その鼓動は全身に響き渡っている。

 火照った体と対照に、汗で張り付いた服は冷たくて。

 すでに何十回と繰り返された状況に、悲しいかなすっかり慣れてしまったリントは、慌てることもなく深く息を吸い込んだ。


「…ふぅ」


 何度目かの深呼吸を経て心音が落ち着いたのを確認し、仰向けだった体をナイトテーブルへと傾ける。

 寝る時は真っ暗だった部屋の中は、雲の切れ間から覗いた月が薄闇へと変えていた。


「にじはん…」


 幾分掠れた自分の声が耳に届くと同時に、惰性で確認してしまったことを後悔する。


「さすがに、はやすぎ…」


 眠りについてから2時間と少ししか経っていない。

 短針がせめてあと1つ進んでいたのなら、この気怠さも幾分マシだったのではないかと思うと、勝手にため息が零れた。


 本来の起床予定は今から4時間後。

 寝なおすには十分すぎる時間があるのだから、再び目を閉じればいい。

 そうは思うものの、一度覚醒してしまった脳は夢の興奮も相まって、こちらの望みを叶えてくれそうも無かった。


―喉、乾いたな。


 うなされたせいで、口の中が乾ききっていた。

 水分を求めてキッチンへ向かおうとベッドから這い出したリントだったが、立ち上がったとたんに目の前がぐにゃりと揺れる。


「―ぇ」


 予想だにしないふらつきに体が追いつかない。

 足に力を込める間もなく、ぽすりと間の抜けた音がして、気がついた時にはベッドへと舞い戻っていた。


 ゆがむ視界に水を取りに行くのを早々に諦め、再び体を横たえる。

上掛をたぐり寄せて頭から被ると、膝を抱え小さく丸まった。


 原因はわかっている。魔力を急激に消費したせいだ。

 不調が起きたとしてもいつもなら軽いめまいで終わる。

 立てない程というのは初めて魔力消費に気づいた時以来だった。


『夢を見た後は、必ず魔力を消費している』


 リントがその事実に気がついたのはつい最近のことだ。

 思い返してみれば、確かに倦怠感はあった。

 ただ、属性魔法を使い始めたばかりで制御がうまくいっていないのと、夢見の悪さからくる睡眠不足だとばかり思っていた。

 言い訳にしかならないが、無意識下で魔力が使えるなど聞いた事もなかったのだから、考えが至らなくても仕方がないと思う。


 そうして知らぬままに日々を過ごすうちに、連日の消費が自己回復量を上回ったらしく、日課の作業をこなしている途中で倒れかけ、ようやく魔力過少に気がついた。

 幸い近くに誰もいなかったので、常備している回復薬を飲んで事なきを得たが、同じことが起きないようにと、今は出掛けに回復薬を飲むのが日課となっている。


 それなりに高価な回復薬。

 常用など、よほどの富裕層でなければあり得ないが―そもそもそんな事態に陥ることの方が稀ではあるけれど―自作できる魔導士の特権とでもいうべきか。


 とはいっても、原料は自費なのでそれなりに痛手ではある。

 庁内の材料を使うことはできるが、この件に関してリントは利用していなかった。

 使用履歴が残るからだ。


 急に増えた薬草の用途を担当者には誤魔化せても、リントの全業務を把握しているユールには通用しない。

 見つかれば、洗いざらい話すことになるのは目に見えている。


 イーデンとのやりとりの最中にリントが倒れたのを知っている彼だ。

 普段の言動からして心配しないわけがないし、最悪記憶関係のことだけでなく、属性魔法の練習も止められるかもしれない。

 隠して続けようにも、ノエルがユールと通じている以上難しいだろう。

 はっきり口にされたわけではないが、ユールの打ち明け話を聞いた今、ノエルが自分の申し出を受けてくれたのが彼の口添えあってのことだというくらいわかっていた。


 それに、正直なところ、今のリントには期限のない問題にかまけている余裕がない。

 ヤトル区での立場が左右されるであろう、軍部との合同演習が目前に迫っていたからである。

 例の魔法板を使っての本番さながらの演習。

 いつもユールの役目であるそれを、今回はリントが負う。


 もちろん、準備に余念はない。

 ユールつきっきりの指導の成果で、魔獣に乗ったまま攻撃するのにも慣れたし、繊細な軌道修正にはノエルの訓練が役に立っている。

 自信はある。

 それでも、人数が増えれば想定外の事態が起きるのが“あるある”というもので。


 軍部と協力関係にあるといっても、魔導士庁としての面子がある。

 参加する以上足を引っ張るわけにはいかないし、リントとしても『やっぱりユールでないと』なんて言われたくない。


―やっぱり、眠ろう。


 目を瞑ってじっとしていれば、結果眠れなかったとしても、多少効果はあるだろう。

 回復薬で眠気も飛べばいいのだが、そうもいかないのが辛いところだ。


 不安とわずかな矜持と共に、リントは自身を抱く両手にぎゅっと力を込めた。

お読みいただき、ありがとうございます。

長く開いてしまい、すみません。

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