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3.扉の向こう側

「おはようございます」

「おはよ。カジュアルなのも似合うね」

「ありがとうございます。先輩もその色、素敵ですね」


 間髪入れずに返してきたリントに、ユールは一瞬驚いた顔をしたが、すぐいつもの顔に戻り、『ありがとう』と笑った。

 社交辞令には社交辞令だ。

 うまくいったことに、リントは内でこぶしを握った。


 今日のユールは藍のストレートジーンズにダークアイビーのハイゲージニット、リントは黒のスキニージーンズに薄灰のトップスという出で立ちである。

 昨日の帰り、『明日は現場へ行くから動きやすい恰好で来てね』と言われたからだ。


 ユールのいう『動きやすい恰好』がどの程度かわからなかったので、素直に尋ねたら、『ジーンズにスニーカー』と返ってきた。

 疑うわけではなかったが、職場へ行くのに本当に大丈夫か少し心配だったので、一応ジャケットを羽織ればそれなりに見える色を選んできた。

 そのジャケットは今、ロッカーの中だ。

 本当に、全く、必要がなかった。


 今日、朝礼に集まっている人を見渡すと、ほとんどがラフな格好をしていた。

 7、いや8割といってもいいくらいだ。

 昨日、失礼にならない程度には周囲の人間観察をしていたつもりだったのだが、気づけなかった。

 緊張していたにしても至らなかったな、と内省していたのだが、後のユールとの会話で昨日はリントの挨拶の為にスーツで来た人が多かったのだと判明した。

 ユールに『最初の印象は良くしておきたいでしょ?』といい笑顔で言われて、リントもつられて笑ってしまった。

 皆、考えることは一緒らしい。


 そんな2人は今、研究棟の2階にいる。


 魔導士庁は事務棟と研究棟の2棟に分かれている。

 昨日リントが挨拶した部屋が事務棟の2階。朝礼や軽い打ち合わせに使われるフリースペースだ。

 そこから廊下をまっすぐ進むと渡り廊下があり、研究棟へと続いている。


「昨日は扉の前までだったから、入るのは初めてだね」


 扉の上のプレートには『転移室』と刻まれていた。

 昨日は閉じていた観音開きの大扉が左右共に開いており、2人の警備員が素早く本人確認を行っている。

 普段は本人確認の後、IDカードで大扉の横にある小扉から入るそうだが、朝は皆一斉に移動するので、事前に大扉を開けてしまうらしい。


 IDカードは、リントも首から下げている身分証明兼、鍵だ。

 庁内の扉やロッカー等に対応しており、職務や権限に応じて開けられる扉が事前に登録されている。

 紛失による再発行は始末書のうえ、自己負担となるそうだ。

 庁舎案内の時にユールから教えてもらった。

『いい値段するんだよね…』と、とても苦々しそうな顔で言っていたので、実体験なのだろう。


 ちなみに、扉を開ける動力源は魔法ではなく電気である。

 電気はこの国の研究者によって発見されたものだ。

 リントが生まれた頃にはすでに普及していたのであまり実感がないのだが、生活は以前と比べて格段に上がったそうである。

 現在(いま)も画期的な発明品が次々と生み出されている。


 とても便利だと思うのだが、他国には普及していない。

 国民の魔力量が多い国では、火や水を生成できる者がたくさんいるし、魔石が安価に手に入る為、高額な整備費をかけてまで電気の道を作る必要がないのだそうだ。

 なんとも、うらやましい話である。


 順番待ちの列はあっという間に進み、リント達の番が来た。

 昨日と同じ人だったので、顔を覚えてくれていたらしい。初回にもかかわらず、あっさりと確認が終わる。

 そのまま、列の流れに任せて部屋に足を踏み入れた。


「すごい…」


 扉を抜けた先、その光景に、リントの口から無意識に言葉がこぼれた。


「ここまで揃うと壮観だよね」


 美しさに圧倒され、つい入口で立ち止まってしまったリントを、邪魔にならない場所まで誘導しながら、ユールが頷く。


 体育館のようにただただ広い部屋の床には、無数の魔法陣が刻まれていた。

 それぞれ陣の中央に細い銀の棒が立ててある。

 魔法陣は魔力を通すと淡い光を放つのだが、何十人もの人間が一斉に発動しているので、部屋の中はあふれんばかりの光に満たされて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 魔力量の少なさを補ってくれる魔法陣は、この国の魔導士には必須道具だ。

 直接魔力で描くと時間がかかるため、何度も使う陣は事前に描いておくのが定石となっている。

 転移魔法の場合、出入り口共に同じ陣がないといけないので、行先が増えれば陣も増えるのは必然だった。

 1つの陣で色々なところに行けたら楽だとは思うが、こればかりは今後の研究に期待するしかない。


 光と共に消えていく人を横目に見ながら、リントはユールの後ろに続いて部屋の奥へと歩みを進めた。

 奥から2列目の真ん中ほどでユールが足を止める。


「俺たちの担当はココ」


 ユールが足を止めた先にある魔法陣の下に、『ヤトル区・国境』と刻んである。

 ヤトル区といえば、牧草地だ。牧畜が盛んで、近年は魔獣の飼育も積極的に行っているという。普段お目にかかれないような動物や魔獣に会えるかもしれない。

 リントは初めて行く場所への期待が内で大きく膨らむのを感じた。

 

「…っふ」


なぜか、横でユールが笑いをこらえていた。

リントの視線に気がついて、ばつの悪そうな顔をする。


「ごめん。ちょっと、その顔。うちの猫思い出して…っく」


 意味が分からない…と言いたいところだが、期待が表情(かお)に現れていたのだろう。

 気恥ずかしいので、話題を変える。


「猫、飼っていらっしゃるんですね」

「15才くらいだから、おばあちゃんだけど。アンバーっていうんだ」

「瞳の色からですか?」

「そう。子供の頃だから、見たままつけちゃって。猫、好き?」

「そうですね。猫も犬も好きですよ」

「魔獣に興味あるくらいだもんね」


 逸らしたつもりが、戻された。

 含み笑いのおさまらないユールを軽く睨むと、ようやく止まる。

 コホン、とわざとらしく咳をした後、真面目な顔つきに変わった。


「2人で飛ぶのは?」

「専科の実習で何度か」

「じゃぁ、お任せしようかな」

「あの、ユール先輩、そんなに近づかなくても」


 ユールの手は、エスコートする時のように、リントの腰に回っている。


「ん?密着してたほうが失敗しないでしょ」

「手で十分ですから」


 確かに魔力量と運べる重さは比例する。

 術者に触れている面積が大きいほうが安定するのも事実である。

 だが、エスコートに慣れていない人間に、この密着度はかえって集中できない。


「リントは魔力値高いんだね。いくつ?」


 リントの望みに従って腰から離された手が、左手に絡まる。

 お互いの指を絡める握り方に、再度異を唱えたくなったが、やめた。

 魔力値を尋ねられたので、自分の技量が心配なのかもしれないと思ったからだ。

 履歴書は確認されているものと思っていたので、少し意外だった。


「…ご存じなんじゃないですか?」

「上司でもないのに、知らないよ。ちなみに、俺は10段階で3。100だと32。魔導士としては低いでしょ」


 真意を探るように問い返したリントに、ユールは気にした様子もなく、答えた。

自分の数値の自己申告付きだ。

『低い』といった声に自嘲めいた響きを感じたが、気づかないふりをした。


 魔導士試験の受験資格は2以上からだが、平均は4だ。

 正直、4でも他国では一般庶民程度だが、ここではかなり高い。

 属性持ちなど、伝説の域である。


「10段階の4です」

「魔導士としては、やっぱり4は欲しいよね」


そうですね、とリントは曖昧に笑った。


「そろそろ行きますね」


 話の切れ目を感じ、リントは意識を魔法陣へ集中する。

 垂直に立つ細い棒を右手で握り、そこから魔力を下へ落としていく。


 直接魔法陣に触れる方法でも魔力は込められるので、棒は特段必要としないのだが、年配になると屈むのはつらいと聞くからそのせいかもしれないと、流れていく光を目で追いながら思った。


 光が全ての線になじみ、ふわりと優しい光が2人を包み込む。

 姿は掻き消え、淡い光だけがその場に残されていた。


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