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16.約束の日

 あっという間にノエルと約束した日になってしまった。


 その日、リントはかなり早い時間から待ち合わせ場所に来ていた。

 本当に来てくれるか不安で、じっとしていられなかったのだ。

 交渉材料については、散々悩んだ挙句、結局考えつかないという情けない状態だった。

 とにかくお願いし倒すしかないと、意気込みだけは十分である。


 ユールは今日、お休みだ。

 今まで慣れないリントに合わせて休みを取ってくれていたのだが、外せない用事があったらしい。

 お昼を別にすることをどう言ったものかと思っていたので、正直助かった。


 木陰に座って丘陵を眺める。

 別の草場へ行ったのか、魔羊の姿は見えなかった。

 風が草花の香りを運んできて、癒されつつも、磯の香りが無いことに少し寂しさを感じてしまう。


 心地よすぎて瞼が重くなりはじめた頃、馬がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 立ち上がり、敷いていたハンカチについた草をはらうと、きっちり姿勢よく立つ。

 

「こんにちは」

「よぉ」


 馬を降りたノエルに挨拶する。

 ノエルも軽く手をあげ、挨拶を返してくれた。


 リントは早速腕輪の巻かれた手をノエルへ突き出す。


「約束通り、誰にも話してません」

「みたいだな」


 同じようにノエルも腕輪を見せてくれた。

 どちらの腕輪も切れていない。


「あの、私に魔法を教えてくださる件、考えてくださったでしょうか」

「……」


 返事がない。


「ご迷惑なのは承知しています。でも、どうしても覚えたいんです。どうかお願いします!」


 深々と頭を下げる。


「なんで?」

「え?」

「別にユールみたいになる必要はないだろ?『壁』を守るのだって十分立派な仕事だ。わざわざ戦闘に参加しなくても他の魔導士(やつら)と同じようにしていればいい」


 その言葉に、リントは昏い笑みを返した。


「出来ることを、出来ないと嘘をついて他の人間に押し付けるのは、怠慢だと思いませんか?」


 ノエルは何も言わない。

 理由があるにせよ、魔力を隠しているのは自分と同じだ。

 言えるはずがない。


「私の先生は、子供を助けるために少し無茶な魔法を使って。それが原因で亡くなりました」


『あ、私の実家、港の近くなんです』とリントは明るい声で付け加える。

 暗くなるのがわかっているので、なるべく重くならない様に心掛けた。


「元々御高齢でしたし、後で聞いたんですが、私の指導の為に普段からかなり体に負担がかかっていたのも理由だそうです。あの時、先生は絶対駄目だって私に魔法を使わせなかったけど、私が代わっていれば、たぶん亡くなることは無かった」


 何度思い出しても、後悔以外の言葉が出ない。


「先生、亡くなる前ずっと私に謝っていました。私の魔力値が上がったのは自分のせいだって。だから私が犠牲になる必要はない。使えることは黙っていなさい。普通に、幸せにって」


『すまない』と、途切れながらも何度も口にする先生は、それでも、何があったのかは結局話してくれなかった。


 リントが思い当たるのは、幼い頃に出したという高熱。

 熱が引き、目を開けた時には、鮮緑の瞳(いまのいろ)に変わっていた。

 当時、どんなに記憶を辿っても、目が覚めるまでの数日の事がなにひとつ思い出せなかった。


 医者には熱による記憶障害だと言われた。

 瞳の色も病気のせいだと。

 全てが熱のせい。病気のせい。

 けれど、本当にそうだったのだろうか。

 

「遺言だと思って、ずっと先生の言いつけ通りにしてきました。でも、私が討伐に参加すれば、隊の人たちが負傷する可能性は減りますよね?もちろん全部は無理でしょうけど、せめて自分のまわりにいる人だけでも助けたい、役に立ちたいって思うのはおかしいですか?」


 自分の事なのに、自分でわからない。

 ほんとうのことが、しりたい。


 発している言葉と内の言葉がない交ぜになって、リントを煽る。

 自分の目に涙が溜まってきているのを感じて、零れ落ちないよう必死に堪えた。

 ノエルの顔が歪んで、表情が見えない。


「わかったよ」

「え」


 しばらく沈黙が続いた後、聞こえたのは意外にも了承の言葉だった。


「教えてもいい」

「本当ですか!?」

「嫌なら別に―」

「嫌なわけないです!ありがとうございます!!」


 素直にお礼を言ったリントだったが、内心とても複雑だった。

 教えてもらえるのは嬉しい。

 ほんとうに嬉しい。

 飛び上がりたいくらいには喜んでいる。


 ただ、あれほど嫌がっていたノエルの態度が急に翻ったのは納得がいかなかった。

 今の話は、リントにとっては辛い過去でも、ノエルにとっては憐憫の情を覚えるほどのものではないはずだ。

 この3日の間に何か心境の変化でもあったのだろうか。


「ただし!言っとくけど、俺がちゃんと習っていたのは13までだ。戦闘魔法だってこの前数年ぶりに使った。うまく教えられるかもわからない。それでもいいんだな」

「もちろんです。よろしくお願いします」

「わかった。教える条件は1つだけだ。俺が魔法を使えることは絶対喋るな」

「約束します。これは、ずっとしてればいいですか?」

「いや、それは今外す」


 そう言って、ノエルは短刀を取り出す。

 切られた草は、ぽとりと地面へ落ちた。

 リントは残念そうに見やる。


「…可愛かったのに」

「子どものままごとだって言ったろ?長くはもたない。どっちにしろ、明日には解けてた」


 だから、今日だったのか。

 約束させる割に次に会うまでの期間が短いな、とは思っていたのだ。


「代わりに何かしなくていいですか?誓約書作ります?」

「いい。文字で残る方が厄介だ。それより調べたいことがある」


 ノエルは内ポケットに手を入れ、細長い箱を取り出した。


「教えるなら、正しい魔力値を知っておきたい」


 革の小物入れから出てきたのは、目盛のついたガラス製の細長い板だった。

 下方に石が埋め込まれており、中は空洞になっている。

 魔力値を測定する時に使う道具だ。

 見るのは、専科に入学した時以来だった。


「使い方は?」

「わかります」


 ノエルから受け取ると、埋め込まれている石に魔力を込める。

 リントの魔力に応え、濃い緑色の液体が、するすると上へ伸びていった。

 70を過ぎても止まらず、リントは焦る。

 結局、そのまま一番上まで行きついてしまった。

 唖然としているリントに比べ、ノエルはそれほど驚いているようには見えなかった。


「これ、壊れてるってことは?」

「ちょっと貸せ」


 ノエルはリントから測定器を取り上げると、今度は自分の魔力を込め始めた。

 ノエルよりやや薄い緑に、赤と白が時々混ざる。


「多属性…」

「少し混じってるだけで、大したことねーよ」


 リントの呟きに、ノエルは何でもないかのように答えた。

 確か、赤は火、白は聖属性だったはず。

 教科書の文字をリントは必死に思い出していた。

 液体は95の位置でぴったり止まった。


「壊れてない。あんた本当にこの国の人間?」

「父も母もこの国出身です」

「祖先は?」

「そんな先まで知りませんよ」

「家系図とかないのか?」

「ないですよ。貴族じゃあるまいし」


『貴族』の言葉にノエルの肩がぴくりと震えた。

 まずいところに触れてしまったのだろうか。

 リントは身構えたが、ノエルが何か言う事はなかった。


「そうだ、無属性だけでも測れるって言ってたな。それも見せてもらっていいか?」


 頷いたリントが深く呼吸をしてからそっと石に手を当てた。

 透明だが、温かみのある光が随所に瞬いている。

 44を少し超えた辺りで動かなくなった。


「ほんとに出来んだな。これ、大変じゃないのか?」


 ノエルが感嘆の声をあげた。


「出来るまでは大変でしたよ。小さいころの魔法の授業はほとんどこれに費やしてました。おかげで通常の課題が全然進まなくて。成績、いっつも下の方を彷徨ってたんです」


 リントは苦笑交じりに言った。


「それにしても、属性と無属性で数値が違うってどういう事だ?」

「知りませんよ。さすがに数値までは操れませんし。他の人のを見たこともないですし」

「俺がその技使えれば検証できるってことか」

「そうなりますね」


 リントは『やってみます?』と測定器を差し出す。

 意外にもノエルは素直に受け取った。


「どうすればいい?」

「魔法を使うときと一緒です。頭の中でしたいことを想像します。私は、混じりあっているものを分離して、無属性だけを抽出するような感じを思い浮かべてます」


 魔法の授業の難しいところはここである。

 魔法陣のように理論に従って展開されていくのであれば、書物に載っている通りに覚えればいいが、こればかりは感覚で覚えるしかない。

 その為、教える側はその感覚をどれだけうまく伝えられるかが重要になるし、教えられる側も、師の言葉をどれだけ咀嚼できるかがものを言う。

 理詰めで話すのが得意な人もいれば、擬音で全てを語る人もいるので、相性はとても大事だ。


 ノエルは、短く『わかった』とだけ言い、石に触れ、目を閉じた。

 集中しているのが傍から見てもよくわかる。

 揺らめいた魔力は、最初だけ透明に見えたが、あっという間に元に戻ってしまった。


「どうだ?」


 目を開けたノエルが色を確認して落胆する。


「やっぱ無理か」

「最初は少し薄かったですよ。1回目で出来るなんて凄いです!練習すれば、早いうちにうまくいくようになると思いますよ?」

「そうだな。時間ある時にでもやってみるか」


 リントの言葉に気を良くしたらしいノエルは、かなり乗り気に見えた。

 ふと思い出したらしく、ノエルが質問してくる。


「さっき、先生のせいで魔力値が上がったって言ってたけど?」

「そうですね。6歳くらいまでは属性込みで43でした」


 明らかに不可解な顔をするノエルに、リントは付け加えた。


「高熱を出したことがあって。その後に上がったらしいです」

「先に言えよ」

「聞かれなかったから…」


 言い返そうとして、ついため口になってしまった。

『らしい』と言ったのは、リントがその値を見ていないからだ。

 すべて、自分が寝ている間に終わっていた。

 あとは言われたままを信じ、言われるままに努力を積み重ねてきただけだ。

 全く疑問を持たなかったと言えば嘘になるが、幼い自分に師の言葉は絶対だった。


「ただ、最期に先生が『自分のせい』って言われてたので、本当に高熱が理由だったのかは…」


 ノエルはしばらく考え込んでいたが、『だめだ、わかんねぇ』と頭を抱えた。


「とりあえず魔力値はわかったし、今日はこれで終わりにしようぜ。時間も用意もないから、教えるのは次からな」


 お互いの予定を確認し、日取りを決めた。

 用は済んだとばかりにノエルが帰る準備を始める。

 彼が馬に手をかけるその背に向かって、リントは声をかけた。


「あの、やっぱり気になるので、1つだけいいですか」

「なに?」


 振り向いたノエルの顔には、明らかに『めんどくさい』と書いてある。

 一瞬怯んだリントだったが、せっかく勇気を出したので最後まで続けた。


「どうして教えてくれる気になったんですか?」


 そんなことか、とノエルは呆れた声で返した。


「ただの気まぐれ」


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