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14.酒場での攻防

ノエル目線です。後半少しだけユール目線となります。

「ここ、いいかな」


 その夜、酒場のカウンターの隅で隠れるように1人飲んでいたノエルは、返事を待たずに隣に腰を下ろした相手を視線だけ流して確認した。


「ユールか。リックなら今日は来ないよ」


 そんなノエルの言葉に構わず、ユールは店員に注文を告げている。


「大丈夫。用があるのは君にだから」

「は?」


 そっちに用があっても、こっちには全くもって何もない。

 嫌悪を露わに顔を上げた時、ユールの肩にとまっている一羽の小鳥が目に入った。


 ―なんでこいつ酒場に鳥なんて連れてきてるんだ?


「やっぱり君には視えるんだね」


『みえる』の意味にまずいと思った時にはすでに遅かった。

 気づけば、周りの喧騒が聞こえなくなっている。


 結界だ。


 慌てて距離を取ろうと勢いよく立ち上がったが、先に腕を取られその場に留められた。

 椅子から立ち上がった際のガタンという音がやけに響いて耳に残る。


「まぁ座りなよ。悪いようにはしないから」


 言葉の柔らかさとは裏腹に、左腕を抑える力はかなり強い。

 その上、ユールの反対の手には、すでに淡い光をたたえた魔法板が握られていた。

 どうあっても逃がす気はないらしい。

 諦めたノエルは、どかっと座りなおした。


 座ったことで了承と取ったのだろう。

 ユールは左腕を開放してくれたが、ノエルはいちいち余裕のある彼の振る舞いにいらいらしていた。


「もったいないね。鍛錬していないから、初動が遅すぎる」

「悪かったな」

「ごめん、そうすねないでよ。少し、2人だけで話がしたかっただけなんだ」


 そっぽを向いて座っているノエルに、ユールは優しく言葉をかける。

 いまいち子ども扱いされている気がするのは、自分が卑屈なだけだろうか。


「どうせ昼間の件なんだろ?あのおしゃべり」

「リントはそんな事しないよ。俺が勝手に見てただけ」


 この子でね。

 ユールが嘴をなでると、ゆらりと姿が揺れ、手の中に吸い込まれるように消えていった。


 こいつ、こんなことまで出来るのか。

 顔に出さないよう努めてはいたが、ノエルは驚嘆した。

 ユール自作の魔法は属性に縛りがなく、とても自由度が高い。

 それはつまり、すべての属性を満遍なく網羅しているということだ。

 そこに並々ならぬ努力があっただろうことは、想像に難くなかった。


「魔鳥は、あんたの仕業?」

「いや、俺じゃないよ。リントの力を測りたかった誰かさんの差し金だね。おまけで君が釣れたわけだ」


 俺はおまけか。

 つくづく、運が悪い。


「で?どうせおまけの事も調べはついてるんだろ。何が望みだ」

「話が早くて助かるよ」


 ユールは注文していた蒸留酒をひと口含み、咥内を湿らせた。


「リントに属性魔法の使い方を教えて欲しいって言われたでしょ?頼まれて欲しいんだ」

「ちなみに断ったら?」

「別に何もしないよ。俺はね(・・・)


『俺は』を強調するユールに、その先を理解した。


「仕掛けた相手、知ってるんだな」


 ノエルはユールが何も言わないのを肯定と取る。


「お前なら、そいつを黙らせることができるのか?」

「すくなくとも、今まで通りの生活は保障するよ」


 他に選択肢がないのは明白だった。


「わかった。条件を呑む。ちなみに、あいつ戦闘魔法に興味があるみたいだけど」


 諦めのため息とともに、了承の返事をした。

 ユールがなぜ彼女に肩入れしているのか目的がわからないので、攻撃性の高い魔法に興味を示していることを伝えてみたが、表情に変化は見られなかった。


「構わないよ。リントが望むことで、君の知っていることはすべて教えてあげて。もちろん俺が知っていることは内緒ね」


 そう言うと、ユールは懐から細長い革製の小物入れを取り出した。


「3日後だっけ?その時にリントに返事を。あと、これで本当の魔力値を測ってきて欲しい」


 机に置かれたそれを受け取る。


「測定器か。俺が持ってるのはおかしくないか?」

「聞かれたら、祖国から持ち込んだと言えばいいよ。君がこの国の出身でないことくらいはリントも気づいているだろうから」

「わかった」


 測定器はガラス製で衝撃に弱い。

 ノエルは壊さないように胸の内ポケットへ仕舞った。


「リントとの約束は昼だったよね?予定が無ければその日、今日と同じ時刻にここで落ち合いたいんだけど」

「ああ」


 話は終わったとばかりに、ノエルは席を立つ。


「あ、あと1つ」

「まだあるのかよ」

「ごめん。これで終わりだから。その腕輪、外して欲しいんだ」


 ユールが指さした先、秘密保持の為に作った腕輪があった。

 よく見えるように、胸の辺りまで手を持ち上げる。


「これは1度外すと効力がなくなるんだ。次にあいつに会うまではこのままでないと俺が約束を破ったことになる」

「リントと会う前に新しくつければいい。彼女にはわからないよ。俺がいる以上、君がリントの事を話さないのは明白だ。心配はしていない」


 たかが3日なのにどうしてそこまでこだわるのかノエルにはわからなかったが、余計な事を聞いてやっとまとまった話をこじらせたくなかったので、言う通りにした。

 腰にぶら下げてある短刀を取り出し、腕輪に刃を当てる。

 強化魔法はかけてあったが、元々が草なのでそれほど苦労することもなかった。


「これでいいか」

「ありがとう」


 ユールは晴れやかに笑った。


「もういいか」

「時間取らせて悪かったね」


 その言葉と同時に、周りの喧噪が戻ってきた。

 ノエルがポケットから酒代を出そうとしているのを見て、ユールが『おごるよ』と言ったが、無視して支払いを済ませる。

『頑固だなぁ』と呟いたのが聞こえたが、それも無視した。

 

 外に出ると、酒場へ来た時よりも少しばかり肌寒くなっていた。

 昼間の憂さを晴らしに来たのに、気分は最悪だ。


「リックのとこ行って飲み直すか」


 ノエルは唯一信頼できる友人の家へと足を向けた。


・・・・・・


 ノエルが帰った後、ユールは1人ゆっくりとグラスを傾けた。


 魔鳥の件は伯母の仕業である。

 勝手に嗅ぎまわり始めたな、とは思っていたが、こんなに早く本人にふっかけてくるとは意外だった。

 思ったほど情報が得られなかったのだろう。

 何せリントの師は既に亡くなっている。

 伯母に抗議と口止めに行った際、情報のすり合わせもしたが、ユールの知る以上の事は出てこなかった。

 ただ、こちらも全て話しているわけではないので、向こうにしても手の内を全て明かしているとは思っていない。


 今回の件で一番の想定外はノエルだった。


 死んだはずの公爵家の次男が生きていたとわかったら、隣国で騒動になるのは目に見えている。

 使い道はいくらでもあるし、とても面白いことになりそうだとも思う。

 だが、ユールにとって優先すべきは何を置いてもリントだった。

 彼女の役に立つうちは、このままでいい。


 以前から面識のあったノエルだが、これほど長く話したのは初めてだった。

 口調は地元の人間に寄せているのだろう。

 時々育ちの良さが隠しきれていないのが、幼くて笑える。

 基本的には信頼しても問題なさそうだとユールは判断した。

 リントにとって、きっと良い相談相手になるに違いない。


 ひとつだけ、どうしても看過できなかったのがあの腕輪だ。

 他の男と揃いの腕輪なんて。


「ありえない」


 低く、小さな呟きは、空になったグラスを机に置く音に紛れて、消えた。




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