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13.約束の証

前半、ノエル目線です。

 ノエルは久しぶりに大技を使える事にわくわくしていた。

 ここでは魔力保持者はめずらしいので、目立たない様に魔法を使えることは隠している。

 知っているのは身内と呼べる数人だけだ。


 ただ、ノエル自身は元々魔法を使うことは嫌いでは無かった。

 特に戦闘系の大技は楽しくて、子供の頃、一生懸命練習した。

 力で勝てない相手を組み伏せた時のあの悦びは、戦いでしか得られない特別なものだ。


 ノエルは呼吸を整え、魔鳥に意識を集中した。

 その時、目の前に鮮やかな緑色の結界が現れる。

 あの魔導士が張ってくれたのだろう。

 せっかく魔力を使ってくれたのに悪いが、自分には必要ない。

 力を使いすぎてこの後の彼女の仕事に支障がでなければいいが。


「タット」


 小さく、でもしっかりと故郷の言葉を発する。

 風が応え、思い描いた通りに魔鳥を切り刻んだ。

 うまくいったとほくそ笑んだ時、魔鳥が消えた。

 

「は?」


 スパンと小気味よい音が聞こえた後、血が飛び散り、無惨な姿を晒すはずの魔鳥は、跡形もなく消えていた。


「幻術、か?」


 目的は自分か、それともあの魔導士か。

 そう思い、魔導士のいる方向へ目を向けると、こちらに掌を向けたまま固まっていた。

 魔法板を手にしていない。

 その事実を知って、ノエルはひどく落ち込んだ。


「属性持ちか…」


 面倒なことになった。

 緊急だったので、魔法を使うことに躊躇いはなかった。

 ただそれは、終わった後に記憶を消してしまえばいいと思っていたからだ。


 属性持ちは総じて魔力が高い。

 そして、自分より魔力が高いものに対しては許可なく記憶操作は使えない。


 考えていても仕方がない。

 とりあえず試してみるしかないと、ノエルはリントの方へと歩き出した。


「おい、あれ、もうしまっていいぞ」


 すでに守るべき人間も、防ぐべき魔鳥もいなくなった場所で、未だに輝き続けている結界を指しながら言う。


「あ」


 はっとしたリントは、両手を降ろした。

 彼女の動きに合わせて結界も消える。


「あの、さっきの魔法は」

「悪いけど、巻き込まれるのはごめんなんだ。だから、忘れろ」


 ノエルはリントの言葉を遮るとともに、彼女の額に手をあてがった。

 うまく流れたかと思われた魔力は、すぐさま強い衝撃で遮られる。


「ぃ…っつ」

「!大丈夫ですか!?」

「あんた魔力いくつ?」


 手のびりつきが止まらない。

 呻きたいのを気力で必死に抑えて、リントに問いかけた。


「…4です」

「嘘つくな。もっとあるだろ」


 ノエルは、リントの逡巡を嘘と捉えた。

 自分の魔法が弾かれた時点で4というのはありえない。

 リントはひどく落ち込んだ表情になった。


「嘘というか、無属性でしか測ったことがないんです。属性があることは内緒にしていて。なので、もし属性を抑えていることで魔力値が変わるのであれば、正しい数値はわからないです」

「無属性だけ測るって…そんなことできるのか?」

「小さい頃から、属性持ちだということは周りに知られない様にって、無属性だけで使えるように教えられました」


 よくわからない。

 この国では属性持ちは希少だ。

 守られこそすれ、危険があるようには思えない。


 魔法を教えてくれた先生から、危険だからと子供の頃から言われ続けていたらしいが、リント自身、理由はよく知らない様だった。

 本人的には魔力持ちが特別扱いを受けるのは多々あったので、さらに珍しい存在になったら面倒だという意味にとっていたらしい。


「あのっ、ノエルさんは属性持ちなんですよね!?私に教えてくれませんか、魔法!」


 いきなりの提案にノエルは面食らった。


「は!?そんなの魔導士のやつらに頼めばいいだろ」

「ですから、属性があるのは隠してるんです。それに、属性持ちは少ないので資料も少ないですし。そもそもこの国では戦闘魔法は習いませんから聞きようがないです」

「戦闘魔法は習わない?」


 意外な事を聞いてしまった。


「はい。もともと魔力を使える方自体が少ないですし、戦闘魔法を扱える程の力を持っているとなると、両手に収まる位しかいないと思います。それに、魔導士は国民の脅威になってはいけないので、攻撃性の高いものは教えないことになっています」

「ユールは?」

「せんぱ…ナファルさんは、特殊なんです。自作の魔法を使われているので、どういう仕組みであの威力を出しているのかは私には説明できません」


 自作。

 飄々としているが、意外に努力家らしい。


「戦闘魔法を覚えたいのか?」

「はい。今一番足りていないのはそこだと思うので」


 彼女が『足りていない』と思うのは、確実にユールのせいだろう。

 魔導士庁が彼女をユールにあてがったのは、何か意図でもあるのだろうか。

 単純な疑問からだんだん深みにはまっていくのを感じて、ノエルは思考を止めた。

 これ以上関わり合いになりたくない。


「駄目だ。俺、人に教えるとかできないし」

「基本だけでもいいんです。お願いします!」


 必死に食らいついてくるが、こちらにも色々事情があるのだ。

 仕方ないので素直に理由を告げる。


「俺、魔法使えないことになってるから正直巻き込まれたくないんだ。さっきお前の記憶消そうと思ったのに、弾かれちまって。今、どうしたらいいか悩んでる」

「さっきの、記憶を消す魔法だったんですか?」


 リントが目をまるくしてびっくりしている。


「それも知らないのか?記憶操作系は、本人に同意せずにかける場合、術者よりかけられる奴の魔力が強ければ弾かれるんだ」


 なんとも、この国の魔法は遅れているらしい。

 いや、衰退したのか。


「え、それ怖くないですか?勝手に記憶を消されてるかもしれないってことですよね?」

「まあそうなるけど。2重掛けはできないし、元々使える人間も限られてる。そもそもよっぽどの事でもないと使わねーよ」


 悪用する奴はもちろんいるが、ややこしくなるので黙っておく。


「とりあえず、俺が術かけたら、同意しますって言え」

「え、嫌です」


 リントがきっぱりと言った。


「同意したら忘れるんですよね?そしたら教えてもらえなくなるじゃないですか。それに私、他の人に言ったりしません」


 ちっ、だまされなかった。

 今のままでは平行線だ。

 ノエルはとりあえず時間稼ぎをすることにした。


「仕方ないな。子供のままごとだけど、無いよりましだ」


 ノエルは手近にあった茎の長い雑草を数本ぶちぶちとちぎると、器用に編み込み、腕輪を2つ作った。

 1本を自分の腕に、もう1本をリントの腕に巻き付ける。


「あんたほっそいなぁ」


 巻いたらあまりに細くてびっくりした。

 余ってしまったので、ぐるぐると2重巻きにする。


「女性の平均だと思いますけど」

「農作業しない手だ」

「それは…そうですね、すみません」

「別に謝ってほしくて言ったわけじゃ…」


 日頃気の強い女性と相対しているせいか、しおらしくされると、どうしていいかわからなくなる。

 これだから女は面倒で嫌いだ。


「あの、これは?」


 訝し気に確かめてくるリントに、簡単に説明する。


「心配すんな。指切りみたいなもんだ。忘れることもないし、破ったとしても罰はない。それに、俺も約束する。『お前の属性の事は誰にも話さない』」


 言葉とともに、自分に巻いた腕輪に魔力を流した。

 全体が強く光り、すぐ消える。

 今度はリントの番だ。彼女の手を取り、腕輪に触れる。


「俺が魔法をかけている間に、お前も誓え」

「ええと、『ノエルさんが魔法を使えることは誰にも話しません』」


 リントは不安そうな瞳でこちらを見つめている。

 魔力がうまく入ったのを確認して、ノエルは頷いた。


「約束を破るとちぎれる仕組みだ。俺のも同じ。次に会うまで外すな」

「わかりました。そうしたら、魔法教えていただけますか?」


 まだ忘れていなかった。

 真剣な目で問いかけてくる彼女はどうしたら諦めてくれるのか。


「それは、今度話そう。3日後の昼、ここに来れるか?」

「大丈夫です」

「わかった。それまでに考えておく」


 断る方法を。

 ノエルは自分の中でだけ、付け加えた。


・・・・・・


「お帰り。遅いから心配したよ」


 ユールは獣舎の前で待ち構えていた。

 笑顔がいつもと違ってなんだか怖い。


「すみません、薬草を見つけたので摘んでいたら、ちょっと時間がかかってしまって」

「そう。で、その薬草は?」

「実は、魔羊に取られてしまいまして…」


 リントは魔羊に追われたことを、かいつまんでユールに説明した。

 魔鳥に会ったことは、ノエルの事があるので伏せておく。

 ユールはリントの話を黙って聞いたあと、腕を指した。


「魔羊の話は分かった。で、それは何?」


 袖口から、ちらりと緑がのぞいていた。


「地元の子がくれたんです」

「ふぅん、そうなんだ」


 嘘はついていない。

 だが、ユールにはお見通しのようだった。


「他に報告は?」

「いえ、特には」

「本当に?」

「はい」


 罰がないとは言われたが、約束をしたのだ。

 それに、破ったら絶対教えてもらえなくなる。

 ユールはしばらくの間、じっとリントを見つめていたが、引かないのがわかったのか、諦めのため息をついた。


「ねえ、リント。俺は君より魔力値は低い。けど、経験はそれなりにある。だから、困ったときはちゃんと相談して」

「はい」


 ぼろが出ない様にと思っていたら、『はい』しか出なくなってしまった。

 ユールが腕輪を気にしているのは明らかだったが、それ以上リントに聞いてくることはなかった。



 仕事を終え、自分の部屋に帰ったリントは、玄関と呼ぶには小さすぎるスペースで靴を脱ぐと、上着も脱がないままベッドに直行し、ぽふっと柔らかい枕に顔をうずめた。


 疲れた。とにかく疲れた。

 久しぶりに属性魔法を使ったせいか身体が限界を訴えている。

 回復薬を飲めばいいのだろうが、飲んだ理由をユールに聞かれたら困ると思って口にしてはいなかった。


 酸素が薄く感じられて、首を横に向けると、左手首に巻かれた腕輪が目に入る。

 綺麗に編み込まれたそれは、雑草から作ったとは思えないほどしっかりとしていた。

 強化魔法もかかっているのかもしれない。


 ノエルの魔法はリントの知らない事ばかりだ。

 本人が隠したがっていたので、違う国の出身なのだろう。

 訳あり感はリント以上だった。

 ノエルにとっては大変迷惑だろうが、今回の出会いはリントにとってはとてもよい巡り合わせだ。

 ずっと持て余してきたこの力の使い道が少しは見えるかもしれない。


「絶対、教えてもらうんだから…」


 記憶があったのは、そこまでだった。


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