黄昏
走る。
『兄』に言われた通りに走る。
ただがむしゃらに走る。
どれだけ走っていただろうか。
気付けば赤ん坊が四つん這いで進むよりも遅い速度になっていた頃、それは見えてきた。
どこか懐かしさを感じさせる、木造の一軒家。
その一軒家の扉の上に、『夢見堂』と書かれたボロボロになった木の看板がある。
「はぁはぁはぁ……こ、ここか?」
膝をガクガク震わせて、その店に近付く。
扉の右隣にある窓ガラスは、煤けていてうっすらとしか中が見えない。
とりあえず息を整え、扉を押して入店する。
古臭い鈴の音。これが入店音らしい。
…埃臭いしカビ臭い。
店内は全体的にセピア色がかっていて、昭和っぽい曲も流れてる。外見通り、あまり広くない。低めの天井。木製の床。かつては白かったであろう壁。木製の陳列棚には、黒光りしている木彫りの小さな熊や猫が置いてある。
……夕焼けだ。この商品に反射しているのは夕焼けだ。
その驚愕の事実に気付いた僕は、窓を探した。
夕焼けだと? あり得ない! この店の前では太陽は真上にすら来てなかったはず。それなのに今が夕方になっているはずがない!
「ようこそ、お客様。本日はなにをお求めでしょうか?」
店の奥から女性の声が聞こえた。ここからでは姿が見えない。
「今の時間は! 今は何時ですか!」
店員らしき口調の女性に時間を尋ねながら、その姿を探す。
「この世界に時間などありませんよ」
その返答に眉をひそめつつ、探索はやめない。
「からかわないでください!」
少しイラつきながら、見えない女性に叫ぶ。
「まさか。大事なお客様をからかうなど……そんなことはしませんよ。当店は、お客様への丁寧な対応を誇りとしていますから。とは言え、店員は店主の私とアルバイトの計二人だけですがね」
店主! 今この人は店主と言ったな! 先程『兄』は、店主に言えと伝えてきた言葉があったはずだ。
「そのアルバイトも本日はまだ来てませんので実質ひと」
「『あんたの話し相手になってやる』」
「!」
ちょうど曲が終わり、静寂に包まれた店内を店主の息を飲む音が駆けてきた。それが話を途中で遮られたからか、この言葉によるものかは分からない。
五秒間。きっちり五秒間の沈黙の後、店中の陳列棚が全て左右の壁に寄った。
巨大な夕日が覗く窓を背に、少女が立っていた。
その姿は逆光ではっきりとは分からない。しかし、その秀麗な立ち姿からは気品を感じる。
「名前は?」
「…霧島 春斗」
「そう。では春斗、あなたは誰からこの店のことを聞いたの?」
「僕の知らない兄から」
「兄? あなたの知らない? ……なにか込み入った事情があるようね。まあ情報元は兎も角、あなたはここに来た。そして私の話し相手になってくれると言った。それは事実」
少女がコツコツと足音を鳴らしながら近付いてくる。
「あなたには話し相手になってもらうわよ」
少女の姿が見えてきた。
一六〇センチ前後の身長。
肌は一切の妥協もない白。
肩まで伸びるサラサラな赤髪。
若緑の大きな瞳。
キリッとした目元。
高い鼻と不気味な笑みを表す口元。
細い腕、細い胴体に細長い足。
まるでフランス人形のようなドレスに身を包んでいる。
「思う存分…ね」
魅力的な声が僕を魅了する。
「は、はい」
僕は思わず、その悪魔の契約を
承諾してしまった。
現実逃避で小説を書いていたのに逃げるべき現実が消え失せたので全然書かなかったらいつの間にか一ヶ月経ってました。