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娼館の歌姫 (2)風は諍いの声を運ぶ

 最初はかすかな音だった。

 焚き火にくべた小枝が爆ぜる音と混同する程度の――

(いや、これは違う)

 確かに新しい燃料を手に入れ、炎は短い間隔で音をたてていた。

「……いから……を出せ……」

 だが風が彼の耳に運んでくる、とぎれとぎれの台詞は明らかに人の声。

(『いいから、金を出せ』ってところか。たぶん、ここから五十歩ほどの距離だな)

 やはり、ラルフが感じたのは人の話し声だっだ。彼は耳を澄ませ、少し離れた場所で起こっている諍いの様子を推測する。

「……となしくして……いれ……いの……は、とら……いから……」

(『大人しくしていれば、命までは取らないから』?)

 彼は聞こえない部分を想像してみた。そして気配を探る。五人……?まぁ、そのうち一人は被害者だろう。

(この状況に、そしてお約束な言いまわしは――)

 盗賊の出現を感じて、ラルフは長剣を手に立ちあがる。

 彼が人との関わりを避けているせいでもあるが、最近はろくな仕事にもありつけていない。自然、ラルフの懐も寂しくなってきていた。

(盗賊が出たならちょうどいい)

 無一文の盗賊など、まずいまい。いくばくかの金は持っていることだろう。

(誰かを襲っているのなら――なお、いい)

 不運な被害者を助けたついでに、ラルフは礼金をせしめる事ができるかも知れない。うまくいけば、一石二鳥だ。

(我ながら生活力がついたものだ)

 不老不死とはいえ、彼だって腹も空けば、宿にも泊まる。金の無い身には、どこの世も厳しい。

 情けない思考には不釣り合いなほど、美しい月を仰ぎ見ながらラルフはまた溜息をついた。


 崩れ落ちた廃屋の壁に身をひそめ、ラルフは声が聞こえた方を見た。

 彼の目に映ったのは、四人の盗賊に囲まれている一人の幼女。年の頃なら十歳くらいだろうか。彼女は、ローブを羽織り、胸の前で小さな布袋を抱きしめている。三編みにした栗毛色の長い髪は、彼女が後ろずさる度に揺れた。彼女のうつむいた顔は見えない。月明かりがローブから覗く白い手足を、より一層白く見せている。

 崩れ落ちた壁の前で、ガラの悪い男共に追い詰められ、幼女は怯えているようだった。

(とりあえず、礼金の線は無くなった)

 さすがに小さな女の子を助けて、見返りを求めるような浅ましさは、ラルフも持ち合わせていない。

「素直にその袋渡してくれれば、何もしないよ?おじさん達、優しいから」

「お嬢ちゃんの事は、ちゃんと売り飛ばしてあげるし」

「お嬢ちゃん、可愛いから高く買ってもらえるよ」

「残念だなぁ、もう少し大きかったら、おじさん達で味見してあげたのにね」

 口々に勝手な事をほざく盗賊共。相手が弱者だと、いたぶるのが楽しくって仕方無いのだろう。四人は愉悦を隠さぬ下卑た声で笑いながら、幼女を囲む輪を狭めていく。

(ここまで下衆だと、腹立たしさを通り越していっそ清々しいな)

 呆れ果てながら、ラルフはより足を速めた。

 なぜなら黙っている幼女に、一人の盗賊が業を煮やして詰め寄ったからである。

 そして怯えきった彼女は布袋を落とし、地面に金貨をばらまいてしまった。

 

――その時、ラルフの眼の前で信じられない事が起こった――

 金貨を拾おうと身を屈めた盗賊の隙をつき、幼女は敵の腰からナイフを抜きとる。

 次の瞬間には、彼女は奪った刃で屈んでいた盗賊の喉を斬り裂いた。

「あ……?」

 鮮血が吹き出す首を押さえ、盗賊は目を見開いて前に倒れた。何が起こったのか、その男には理解できなかっただろう。怯える小さな獲物は、彼にはどうにでも出来る存在だった。震えあがって、大人しく狩られるだけの者。反撃される可能性など、万に一つも男の頭の中には無かったのではないか。

 そしてあっけに取られた他の盗賊達に、彼女は反撃する暇など与えない。 

 すぐに彼女は背にしていた壁を蹴る。足りない背丈は跳躍で補い、幼女はもう一人の喉を切り裂く。その姿は、かすかな月明かりに煌めく銀の閃光。無駄のないその動きはまるで剣舞を舞う小さな舞姫。

 迷いなど微塵も見せないその動きは、彼女が最初から命を取るつもりで行動しているのだとラルフにもわかった。

(金貨を落としたのは、わざとか!?)

 金貨に目を惹き、注意を逸らす。ただでも、彼女を舐めきっていた盗賊達は、完全に後れを取ってしまった。

「ひ……ひぃっ! た、助けてくれ! 頼むから命だけは、た、助けてくれぇー!」

 三人までは連続した動きで倒し終えた彼女は、残り一人をはしばみ色の瞳で冷やかに見つめた。 

「さっき俺が同じ事を言ったら、お前達笑っていたじゃないか」

 彼女はそう言って、盗賊に微笑んでみせる。こんな場面には不似合いな、大輪の花が咲きこぼれるような微笑み。

「ち、ちっくしょー!」

 捻りの無い言葉を発し、盗賊は振り上げた剣で幼女に斬りかかる。栗毛色の三編みが宙に舞い、彼女は地面すれすれまで身を屈めた。そのまま彼女は盗賊の足に斬りつけ、転倒させる。

(足の腱を切ったな)

 見事――

 そうとしか言いようが無い。立ち上がれなくなった盗賊に彼女が止めを刺すのを、ラルフは呆然と眺めていた。   

 それにしても……なんという子供だ。彼女の剣技は道場などで習ったものではあるまい。隙を誘い、最低限の動きで最大限に効果を上げる。

 それは実戦に重きを置く者の戦い方だ。

 

 四人目がこと切れた頃にはラルフと、幼女の距離は十歩も無かった。

 彼女はまったく驚きもせず、冷やかな眼差しでラルフを射貫く。そして一人の盗賊の死体から剣を奪い、構えた。

「来たか。この四人よりもお前を一番警戒していたんだが」

 彼女から立ち上るのは、盗賊達に向けていたものの比では無い殺気。

「え? いや、盗賊じゃないから……ぐっ!」

 幼女は、ラルフに最後まで言う暇も与えてくれなかった。

 ほとんど音も立てずに彼女は跳躍する。次の瞬間、息がかかる距離に入り、ラルフは肩に鋭い痛みを感じた。

 民家の跡だったのか、ほんの少し残っていたレンガ造りの壁に肩ごとラルフは固定される形になる。

(こんな子供が、なんて手錬れだ)

 彼女の力じゃ自分の肩を貫通させ、レンガ造りの壁まで貫く事は不可能。

 だからこそ――――

 見切ったのだ。レンガを積んだ隙間に剣を差し込み固定できる位置を。

 そのうえ――――

(肩の骨の位置まで外して、肉だけ貫通させている)

 いくら荒んでるとは言え、何と言う世の中だ。

(こんな子供が、こんな戦い方をするなんて)

 ラルフだって、この状況に不似合いの呑気な思考の持ち主である。だが、明後日な方に思考を持っていかないと、貫通された肩から激痛が彼を苛む。

「奴らの仲間じゃないのか? それにしても、もう少し出来るのかと思ったが」

 たいして興味無さそうに磔になったラルフを眺める少女。

「だから違うって言ったでしょうが! うっ……」

 つい大声で叫んでしまい、傷に響く痛みに後悔した。

「この先で野宿してたら、声が聞こえるから助けようと思って来たのに……」

(助けようとした人間にこんな目に合わされると思う者がいるだろうか?いや、いない)

 思わず反語表現を使用してまで、我が身の不運を恨めしく思うラルフ。

 その時、幼女はラルフの傍らに落ちている長剣に目を向けた。


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