序章 予言メール
【本編の前に必ずお読みください】
本作品は2002年に脱稿しています。
そのため現在にそぐわない内容を含みます。
一例を挙げると、福島第二原発を題材にした部分があり、今にして思えば安易に使用していると言わざる得ません。
そのため、お読みいただいた方に、不快な思いを抱かせる可能性があります。
本作品は筆者の初めて書いた長編小説であり、浅はかですが当時の筆者は自分なりに故郷にある原発の危険性を作品内で訴えているつもりでした。
他にも現在の情勢を鑑みると、問題のある部分が存在します。
しかし、手直しをしてしまうと、当時の著者の思いを軽視する事になるため、当時の内容のままアップしております。
この点をご了承の上、お読みいただくようお願い致します。
大河原洋
愚かなりし人の子よ
新たな天啓が示された
世界の覇国の王宮を
神の使いが破壊する
それは終焉を告げる鐘となり
世界中に鳴り響く
このいかがわしい文章はメールで世界中ばらまかれた。それも全てのPC、携帯、とにかくメール受信機能がある物全てにである。さらに、それは御丁寧にも受信した国の言語で書かれていた。
今までに何度となく世界中にコンピューターウィルスがばらまかれたが、全てのパソコンに行き渡った試しはない。
この予言にウィルスは添付されていなかったが、その技術に関係者は強い危機感を抱いた。当然、犯人に結びつく手がかりは全くつかめなかった。
予言の内容にも敏感に反応する者が多く現れた。新興宗教団体やインチキ霊能者が人々の不安をあおり、マスコミがそれを非難する一方である意味協力をしていた。
だが、事件の真相を正確に把握している者は誰一人としていなかった。
予言メールが世界中を騒がせて一ヶ月がたとうというころ、ジョージ・ブラウンは静かな夜のひと時を妻のアリシアと共に過ごしていた。
アリシアとこうしてTVを観るのが、ジョージにとって最もくつろげる時間だ。アリシアと連れ添って間もなく三十年になろうとしている。その間に色々な事があったが、今は二人だけの生活が戻ってきた。末っ子のアンディが家を出て一年、家がすこし広くなったような気がするが、それにも大分なれた。
「あなた、ベンの吠えかたがおかしくありませんか?」
不安げにアリシアが言った。ベンがこんな吠え方をするのはたしかに珍しい。
「ちょっと様子を見てこよう」
ジョージは立ち上がるとライフルをとりに行った。
不安がるアリシアをなだめ、ジョージは家を出た。空には満月が輝き、懐中電灯は必要なさそうだ。ジョージはベンの声がする方へ慎重に近づいていった。ベンはシェパードの雑種で、アンディが家を出てから飼い始めた。
ベンは、家のすぐ近くにあるスクラップ置き場に向かって吠え続けていた。スクラップ置き場までは一〇〇メートルも離れておらず、その間は見晴らしもいい。ジョージは念のため、懐中電灯を点けて辺りを注意深く窺ったが、人の気配は全くなかった。
「ベン、誰もいないじゃないか……」
そう言いながらジョージが近づいたとき、スクラップ置き場から何か巨大な物が引きずられるような音が響いてきた。視線を再びスクラップ置き場に移すと、月明かりの中に現実とは思えない異様な光景が浮かび上がっていた。
黒い固まりが幾つも宙に浮かんでいく。ジョージの肉眼では確認できないが、数個の小さな金属の箱に、鉄屑が引き寄せられているのだ。中には大型トラックまである。
集まったスクラップは、見えない手にねじ曲げられるようにして、独りでに形を変えていく。それは箱を覆うようにして、巨大な蜘蛛、直径が一〇メートル以上ある車輪、象のような太い四本脚の怪物、そして太古の鳥を思わせる怪物へと変貌していった。己の姿が定まると、その怪物たちはジョージの家に向かって動き始めた。
常識を完全に逸脱した出来事に我を忘れていたジョージだが、迫ってくる怪物にさすがに身の危険を感じ、ライフルの引き金を引いた。銃声が辺りに轟いたが、怪物たちの動きは全く衰えていない。そもそもあの怪物にジョージのライフルなど無意味だ。
ジョージは慌てて家に戻り、アリシアを連れ出した。アリシアは銃声に怯えていたが、表に出て、それとは比較にならない恐怖にパニックに陥った。ジョージはアリシアを引きずるようにして家から離れた。
怪物たちは、ジョージの家の壁を突き破り、床を踏み抜いて突き進んでいく。ジョージには家を壊した連中が、闇の中に消えていくのを呆然と見つめることしかできなかった。
その日、アメリカ合衆国の首都ワシントンは、かつて無い恐怖に見舞われた。全てが謎に包まれた数十機の兵器により、街中が破壊されたのだ。ジョージの家を破壊した、あの怪物たちだ。
陸軍が緊急出動したが、まったく歯が立たなかった。相手は破壊しても再生するのだ。そんな技術は今の地球上に存在するわけがない。兵器の中にパイロットの姿はなかった。
一体どうやって動かしているのか、専門家たちの調査でも解らなかった。まさに〈鉄の怪物〉だ。
見たところ、スクラップをデタラメに繋ぎ合わせたような姿だが、信じられない破壊力がある。攻撃の方法は体当たりや、脚、嘴を使った原始的な物だが、重戦車の装甲を苦も無く貫いていく。そんな耐久力があるとは到底思えなかった。
だが、怪物の本当の恐ろしさはこんな物ではなかった。怪物たちは米軍の武器を、再生するときに取り込むのだ。
いくら訓練されているとはいえ、さすがに兵士たちの士気も下がった。世界中で最も強いはずの自分たちが、わずか三〇数機の兵器をどうすることもできないのだ。それでも米陸軍は国家の威信を懸けて怪物と戦い、ワシントンを死守しようとした。
結果は惨憺たる物だった。地球上で最も強固に守られているはずのホワイトハウスが、無惨にも破壊された。それだけではない、ペンタゴンも同様に破壊され、大統領が脱出に使った専用機は飛行する怪物に撃墜された。
このニュースは瞬く間に世界中に拡がり、混乱は留まるところを知らなかった。