第3話 失くしたものを集めましょう
莉奈との思い出の場所と言えば、まず最初に思いつくのは、高校だった。
校門前にバイクを停めてから、鍵の開いている体育館の裏口を開けた。
人がいないので自由に出入りできる。知る人ぞ知る秘密の抜け道だ。
本校舎まで廊下を渡ってひんやりと冷たい階段を登り、二階へ上がる。2年3組。僕と莉奈がいた教室だ。
彼女の机はまだ残っている。机の中には大量のプリントが入っていた。
学校とは昔からそうだが、少し欠席するだけで、まるで浦島太郎になったかのようにプリントが溜まっていく。それは、智に、戻らない現実を突きつけているようだった。
莉奈がいなければ、僕は高校に行っていなかったかもしれない。
そういえば、最初に出会った時......
新学期というのはなんとも憂鬱なのは周知の事実だが、実際に登校しないという人はあまりいない。
僕も、中学1年から2年に上がる時に、新しい人間関係を初めから構築するのが嫌だった。うちの中学校は、一学年10組まであり、友人と同じクラスになる可能性はほぼないに等しい。
部活もやっていなかった僕は、クラス外には友達を持たず、なんとなく始業式を仮病で欠席してしまった。
もしその日に登校していたら、なにか変わっていただろう。しかし、不思議なもので、その日以来学校に行くという習慣は僕の中から消え去った。
そう、いわゆる 不登校 ってヤツだ。
担任の先生が熱心な男の先生で、何度も、「1限だけでも来てみないか?」と言ってくれた。不登校の人の多くは担任の先生のそういった気遣いを逆に申し訳なく感じて嫌悪しがちだが、僕はそういうった感情はなかったと思う。でも、学校に行く気にはならなかった。
昼に起きて朝に寝る。生活習慣はあっさりと逆転し、そんなに成績がいいわけでもなくやることもゲームくらいしかなかった。親は1週間で諦め、見放され、呆れられた。
このまま僕はどうなってしまうのだろうという危機感から、何度か学校には行ってみた。
文化祭や学校祭、修学旅行(うちの中学校は2年で修学旅行がある)と言ったいくつかの行事には参加したが、その度にクラスの人の視線が気になった。実際には何も言われなかったが、僕には、「楽しそうな行事だけ来るとかうざいヤツだ」と言いたそうな目に見えて仕方がなかった。
最近、同じく不登校だった人に出会った時に聞いて共感したのだが、不登校の人が行事だけ来るというのは、決して楽しそうだからではない。というか、友達がいないので楽しくない。行事だけでもせめて行くか。という仕方なさ、もしくは担任からの熱望のどちらかだ。僕は危機感からなので、どちらかといえば前者だった。
そして相変わらず不登校のまま、ぼくは3年生になった。もちろん、だからと言って何も変わりはしない。行かないのなら一緒だ。
3年生になって最初の登校日、つまり始業式の日、僕は一度、制服を着て行こうとしてたんだ。
けれど、無理だった。学校のカバンを持つだけで億劫だった。
また一年暇だなぁ。と、いつも通り部屋に戻ってゲームをした。慣れない早起きで眠くなってきてしまって、いつの間にか夕方になっていた。
滅多に鳴らない家のベルの音で目が覚めた。
僕の家のベルは、某コンビニエンスストアと同じ。普段なら絶対に出たりしないのだが、なぜかその日だけは出ようと思った。
ドアのガラスの所から覗いてみると、うちの中学校の制服が見えた。しかも、女子の。
なんなんだ一体......
扉をゆっくりと開ける。見たことのない女子生徒が立っていた。ショートカットで、誰もが可愛いと思うような容姿だった。元気系とでも言うのだろうか。
「あ、長野 智くん?初めまして! 私は 片瀬 莉奈 、同じクラスになったの。よろしくね。はい、これ、今日のプリント」
と、眩しくて見えなくなるくらいの笑顔で言った。笑顔が咲くってこういうことを言うんだろう。
でも、僕にはまるで彼女がここにいる理由がわからなかった。
「なん.....で....?なんで、家を知ってる?それに、なんでプリントなんか。会ったこともない奴の」
誰かと喋るのが久しぶりすぎて、声が震えてしまう。
「あはは。そんな一気に聞かないでよ。今日、初めて長野くんが学校に来てないって知って、じゃあ私がプリント届けようって思って。人助けくらいしてもいいでしょ?住所は先生に聞いたの」
個人情報をそんな簡単に教えんなよ先生。
「それはありがとう。でも、大丈夫だよ。持ってこなくても。今更もらったところで意味ないし。それに、片瀬さんに迷惑だから」
その親切心をウザいと思ってしまう前に、早く帰って欲しかった。
「そっかぁ。ごめんね、邪魔しちゃった。気が向いたら、学校来てみてね。バイバイ長野くん。あ、智くんって呼んでもいい?」
「別になんでもいいよ。じゃあ、気をつけて」
もう二度と合わないので呼び方なんてどうでもいい。僕は逃げるように扉を閉めた。自転車を動かす音が聞こえた。世の中にはあり得ないほどお節介な人もいるもんだな。
そして、翌日。
「なんでまた来てるんだよ.......」
今世紀最大のデジャブ。もう会わないと思っていたのに次の日に会うなんて、気まずすぎる。
「いや〜やっぱり私って人のこと放っておけないのかなぁ〜。なんの抵抗もなく来ちゃった」
その笑顔に、少しドキッとした。
「じゃあ、プリントだけもらうよ。ありがとう」
「それで終わり!?なにかして遊ぼうよ〜」
そんなことするわけがない。
「いや、無理だから。外出たくない」
この人、嫌がらせでもしてるんじゃないだろうか。
「じゃあ、智くんの家で遊ぼう」
「もっと無理だよ。それに、うちゲームしかないし」
「なにやってるの? マリオカートとかやってる?」
えっ?
まさに自分がやっているゲームだったので驚いた。
「あぁ.....ドンピシャでそれだけど.....」
「ほんとに!?レートどれくらい?私、40000くらいなんだ!」
「40000レート!?嘘だろ!?」
40000って言ったら、世界ランカーだぞ……
「信じてない?じゃあ、やろうよ」
結局、家でやることになり、二人で何度か対戦した。
案の定、めちゃくちゃ上手かった。まるで歯が立たない。
「なんでそんなに上手いんだよ……」
「昔から好きだったんだよね。いつのまにかこうなってたの」
僕は自分が久しぶりに笑っていることに気づいた。
それから、受験で忙しくなる10月まで、僕らは放課後に一緒に遊んだ。ふと気づけば僕も片瀬さんから莉奈へと呼び方が変わり、お互い告白することもなく付き合っていた。
莉奈と同じ高校に行きたくて、家で密かに勉強していたら、成績はグイグイ伸びていった。莉奈は僕がどこの高校に行くのか知らなくて、受験会場で会って死ぬほど驚いていた。
そして、晴れて同じ高校に入学したのだ。
高校では、僕はしっかりと学校に通った。きっと、莉奈がいてくれたお陰だと思う。
一年生では違うクラスだったが、二年生では同じクラスで、とても嬉しかった。ただ、一年生の冬に告げられた病気のことを除けば。
放課後にマクドに寄って永遠に喋っていたり、よく忘れる数学の教科書を借りに行って、冷やかされたり。
夢みたいに楽しかった。
あれ?そういえば今、映画みたいに思い出が表示されて......
確か、さっき家の前でも同じことが起こったよな?彼女が病気を打ち明けた時の思い出が流れてたけど、あれって僕の頭の中で?それにしてはハッキリと覚えてる......
智は、ここであることに気づいた。
この世界の目的は、"思い出のピースを集めるパズル"なんじゃないか?
家から神社に向かう道を歩いていた時、あの冬の日の思い出が流れて、高校に向かったら中学校から高校までの思い出が流れた。中学校には一年しか行っていないので、恐らく高校でまとめて表示されたんだろう。
意識していなかったが、この世界なら何が起こっても不思議ではない。
ここからは推測だが....思い出の欠片を集めれば、虹の根元がなんなのか分かるんじゃ....?
智はまた一歩、約束の場所へと近づいた。