「4話」失望と殺意
シャマルは逃げる。
少女を片手で抱えて、突如として現れた五つの影から、一目散に。
草原に住む狼。その名を『ヴェルフ』
必ず五匹ほどの群れで行動するその魔物は、この草原の暗殺者
標的を見つけると、必死に気配を押し殺し、五匹の群れで囲い込む。
普通の人間ならば、気付いた頃にはもう遅い。
そうなってしまえば、もうそれは人でない。
ただの肉塊。ただの餌。
しまいには皮を剥がれ、肉を抉られ、骨の一つも残さない。
それが、彼らの暗殺者たる所以。
だが、シャマルは違った。
いくら今は人間だと言っても、元は魔界を支配していた王だ。
当然、気付く。
それは、凡人よりコンマ五秒ほど早いだけなのだが、今回に関しては、そのコンマ五秒が生死を分けた。
骸か否か、その分かれ目。
ともかく、シャマルは生き延びた。
走る。走る。とにかく走る。
それがどれだけ無茶な事だとしても
戦えない。倒せない。
勇者になると決めた時、人間も、動物も、魔物も、その命は奪わないと決めたのだから。
「ちょ……! ちょっと! 勇者様! あいつら倒さないんですか!?」
少女は、動かせる足と手を、思う存分ばたつかせながら勇者に問う。
「何言ってんだ、言っただろ、俺は命を奪わない。」
その言葉を聞いた途端、少女の表情が一変する。
顔が強ばり、目を見開く。その目には、激しい憎悪が宿っている。
その変化は、まるで天と地ほどの差だ。
その急激な変化は、少女が抱いた落胆を物語る。
少女は、自らを抱えるその人物。
大きな落胆を抱かせた、張本人目掛けて叫ぶ。
「何言ってるんですか! あんなのは生き物じゃない! あれは……! あんなのは……!」
「それ以上喋るな」
たった一言だったが、他の言葉とは何もかもが違う。
その言葉は、とても冷たく、とても強い響きを放つ。
瞬間。少女は、シャマルに口を手で覆われる。
言葉を発することが出来ない。
どれだけ強く叫んでも、少女の言葉は届かない。
少女の目から、大粒の涙が零れ落ちる。
悔しい。
苦しい。
悲しい。
憧れの勇者は。
魔物を倒すべきその者は、今、その魔物から逃げている。
魔物など命ではない。滅べばいいと、心からそう思う。
殺せ……
殺せ……!
殺せ…………!!
少女の頭を駆け巡るその思考。
その時、少女は決意する。
その決意と共に、目からは涙が消えた。
代わりに宿る、強い思い。
それは殺意。
あの狼たちを殺す……!
絶対に……絶対に…………!
少女は、自らの口を覆っている勇者の指に噛み付く。
「痛っ……!お前何してんだ……!」
必然、痛みに驚いた勇者は手を離す。
その時、その手によって覆われていた少女の口は、自由を得た。
少女は素早く息を吸い込むと、草原中に響き渡るほどの声で叫ぶ。
「レイト!」
その瞬間、少女の身体を大きな光が包み込む。
シャマルの腕からは、少女の感覚がなくなっていた。
「どこだ! 聞こえたら返事をしろ!」
シャマルは必死に叫ぶ。が、返事はない。
光は消えていったが、次は大きな煙が視界を覆う。
少しずつ、少しずつ、晴れていく煙。
明瞭になる視界。
『ヴェルフ』
それは暗殺者
それはいつの時代も、暗殺者によって消えていく。
シャマルの目は、晴れていく視界の中に何かを捉えた。
それは、先程まで自分達を追いかけてきた、黒い狼とは大きく違う。
シャマルが捉えたのは
群れをなす黒い狼達と向かい合う、一際大きな、白い狼の姿だった。
書きたいように書けてて楽しいです。