「1話」from魔王 to勇者
「シャマル!お主は勇者となり魔王を倒すのじゃ!」
とある国のとある城、その更に中にある大広間にて、立派なヒゲを蓄えた小太りの男が大きな声で叫んでいる。
その男のすぐ目の前で倒れている「シャマル」と呼ばれる少年は
不意に耳へと響いてきた大きな音に驚いて、まるで陸に打ち上げられた魚のように、体が大きく跳ねる。
シャマルは音の発生源を探そうと身体を起こし、辺りを見回すと、その発生源であると思われる男が自分を見つめている。
シャマルは臆することなくその男の正面へ立ち、一番に浮かんだ疑問を投げかける。
「あんたは誰だ?そしてここはどこだ?」
するとその男は、呆れたような顔をして
「なんじゃ?忘れてしまったのか?若いのにだらしがないのぉ。仕方ない、教えてやろう!わしはこの国 ミデリアン の王、ロール・ザッカートじゃ!そしてここはその国の中心にある城の中じゃよ。」
…………何を言ってるのか分からない。
名前も、国も、この場所も、全て見たことがなく、聞いたこともない。
シャマルは、身体に少しの違和感を感じて、大広間の角にある鏡を見る。
すると、そこに映っていたのは、黒い髪に赤い瞳の、およそ16〜7程度の少年だった。
シャマルは、あまりに急な展開に、心が追いつかない。
何を隠そう、シャマルと言うその少年は、先程まで魔王として勇者と相対していたのだから。
髪も、目も、身体の全てが変わっている。
身長も少し低くなっただろうか。
この有り得ない状況に立たされたシャマルは、こんな時こそ、少しずつ考えを整理していく。
このロールという男の話から察すると、自分はこの国の勇者に選ばれたようだが……
勇者との戦いはどうなった?その戦いからどれほどの時が経っている?
頭の中を整理しようとすればするほど、シャマルの思考は複雑に絡み合う。
どうにか思い出そうと頭を落ち着かせる。すると少しずつだがさっきまでの記憶が蘇ってきた。
まず、勇者との戦いはどうなったのか、という疑問だが
思い出すのも嫌になるほどすぐにやられてしまった。それはもう呆気ないまでに。
約2700年もの間魔界の王だったシャマルは、決して弱くはない。
なんなら、並の勇者10人程度なら片手で吹き飛ばせるほどの強さがある。
だが、今回の勇者は、それらを遥かに上回った。
化物だ。人間のレベルを大きく逸脱している。
魔界に奴がいたならば、人間などすぐ滅ぼしただろう。
生まれた時から魔王の職に就いていたシャマルは、今まで危なげもなく、歴代の勇者たちを薙ぎ倒してきた。
そんなシャマルが今回に限っては、決め台詞を言う暇すら与えられず、一太刀で切り裂かれ、身体はバラバラにされてしまった。
シャマルは、頭を左右にぶんぶんと振り、嫌な記憶を振り払う。
シャマルはさらに考える。なぜ今自分は人間になっているのかを。
どうやら、名前は魔王時代と同じ「シャマル」なようなのだが。
元々人間だったのか? いや、そんなはずはない。
もしそうなら、どれだけ長く生きたとしても百数十年程度。数千年分の記憶など、想像にしては出来すぎている。
しばらく考え込み、シャマルは一つの結論にたどり着いた。
「……これは……転生って奴か?……」
シャマルは、ある種妄言のような言葉を口に出す。が、今この状況が、妄想でもおかしくないほどの状況だ。今更何が起きても不思議はない。
それにしても、勇者を倒すはずの魔王の転生先が勇者だなんて、なんと皮肉な事なのだろうか。
思考の整理に意識を割いていせいか、シャマルはかなりの時間黙り込んでしまっていた。
するとそんな静寂を破るかのように、ロールが先ほどの続きを話し始める。
「シャマルよ、わしはお主にこの国の勇者になって、魔王を倒してもらいたいのじゃ!」
子供のように目を輝かせたロールのその提案を、シャマルはバッサリと断る。
「俺には荷が重すぎる。もっとふさわしい人間がいるはずだ。大体、もしそうなったら何がなにやら分かりゃしない」
それはなにも、その場を凌ぐためだけの言葉という訳では無い、シャマルは本心を語っている。
……少しの静寂、シャマルの答えに肩を落とすロール。
すると、シャマルの表情が一瞬にして変わった。
「ちょっと待てロール、さっきなんて言った?」
シャマルは問う。気になることがあったからだ。
するとロールは、少し戸惑いながらも指示に従う。
「お主には勇者となって魔王を倒してもらいたい、わしはさっきそう言った」
何故シャマルは、一度はっきりと断ったにも関わらずもう一度聞き直したのか、その理由はさっきのロールの一言だ。
ロールはさっきはっきりと、*魔王*と言った。
さっきまで魔王だったという記憶があるシャマルだからこそ、この言葉に違和感を覚えたのだ。
「今、魔界には魔王がいるのか?」
シャマル自身も、不自然な質問だとは承知しているが、どうしても聞かずにはいられない。
「え?あ、ああ、10年ほど前に先代の勇者が魔王を倒したのだが、最近になってまた、魔王が復活したのだ。」
ロールはそう答える。
恐らく、倒された魔王というのは自分の事だろう。
となると不思議なことは二つ
一つは魔王が*復活*という表現を使っていること。
もう一つは先代の勇者が魔王を倒したのが十年前だという事だ。
二つ目はシャマル自身が2700年も生きてきたが故に、時間の感覚が狂っていると考えれば済むことなのだが、一つ目はどうしても説明ができない。
本当は勇者になどなりたくない。なりたくないのだが、シャマルは、復活したと言うその魔王の事が気になって頭から離れない。
最も効率良くその魔王の事を調べるのならば……
最善の答えは大抵の場合、自分の理想とはそぐわない。
今回もその例外ではない。
「フゥ」と息を吐き、半ば諦め気味に、だが半ば期待を持って、考えた末の結論を言葉に変えていく。
「分かったよ。ロール、俺がこの国の勇者になろう。」
シャマルは、人間として。勇者として。
魔王の元を目指すことにした。
この日、この時、この場所から
世界の未来を大きく変える、勇者の旅が始まった。