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ナイショの話 其の六


三月の間は制服を作ったり、色々な雑事に追われてあっという間に四月になっていました。 


さて、いよいよ高校生活の幕開けです。セーラー服は着ているうちにレトロな魅力があると気づきました。慣れると可愛い。


丸岡高校は八王子市の山の中にあります。電車を乗り継ぎバスに乗り、そこからさらに歩きます。


家から一時間以上かかるかな。アイコとマイがいるからまだ通えましたけど、そうじゃなかったら不登校になってたかもしれません。元々学校好きじゃなかったし、友達様様です。

 

私の髪型の変化を二人はおもしろがっていました。

 結局失恋による断髪ってことで納得してもらいました。間違ってなかったし、詳しく説明するのも面倒でしたしね。


校舎前の掲示板に張られたクラス分けの紙に愕然とします。


アイコとマイは同じC組でしたが、私だけA組でした。


 私たちの友情を分断させるための何らかの陰謀を疑いましたが、単に運がないだけです。


二人と廊下で別れ教室に入る頃に、頭痛がしてきました。

 

ガチガチに緊張してしまって、自己紹介もろくにできなかった気がします。


私はつくづく内弁慶なんだなと思いました。人と打ち解けるのにも時間を要しますから。


オリエンテーリングの後、新入生歓迎会があるというので、一応参加することにしました。


丸岡の高校の講堂に、初々しい感じの一年生たちが雪崩のごとく押し寄せてきました。黒い頭ばっかりで人の判別なんかつきません。


私はこれを機に人脈を広げようかと、身構えていたのですが、既に顔見知り同士で固まっているので付け入る隙がありません。


仕方なく端っこの方でコーヒーを飲んでいると、一人の生徒に目が留まりました。


やたらと髪のきれいな女でしたが、どことなく険がありそうで近づきたくありません。


その女の目が狐のように細められた時、私と目が合いました。不吉な予感に逃げ出しそうになりました。


だいぶ距離があったはずですが、その女はまっすぐ私の方に近づいてきます。


「ちょっと君!」


居丈高に私を呼びます。無視して禍根が残ると気が気じゃありません。観念して彼女に顔を向けました。

 

背は私とそう変わらないのですが、スタイルがよく見栄えがしました。近くで見ると、顔の造作が本当に整っていて、透き通る肌は女の目から見ても羨ましいものでした。


「君、西野議員の娘さんでしょ」


確かに私の父は国会議員をしていますが、近しい友人にしか話していません。私の顔をも知っていたようだし、この女がそれを断定したということに、薄気味悪いものを感じました。


「そうだけど……、何?」

  

私の返答が気に入らなかったらしく、女はこれみよがしに眉をひそめます。


「リボンが目に入らないの? 私は上級生よ。口の利き方に気をつけなさい」

 

いわれてみると、彼女の赤いリボンは二年生の証です。これはしまったなと思いましたが、気に食わない奴に敬語を使うのは癪です。深呼吸してから頭を下げました。


「すみませんでした」


「ふん、わかればいいのよ」


女が無理して威張っているのが丸わかりで、全然怖くありませんでしたけど、合わせてあげることにしました。

 

「先輩、私に何かご用ですか?」


「君のお父さん、テレビで見たことあるわ。なかなか精悍で素敵な方じゃない」

 

父のファンかなと初めは思いました。こういうことはよくあるので、適当に流すわけにもいかなくなりました。私の塩対応で、家名に傷がついては父に合わせる顔がありません。

 

「普通の父だと思いますよ。多分先輩みたいなきれいな子にファンだって言われたら舞い上がっちゃうでしょうね」


「ああ、私、ファンじゃないの。ねえ、君のお母さん、病気療養中って聞いたけど本当?」


「ええまあ」


「それじゃお家のこと大変でしょう。お母さんはどんな病気なの?」


まくし立てるように人の家庭事情に首を突っ込むこの女の神経が知れませんでした。しかも黒革の手帳を取り出し、私の発言をメモしようとしていたのです。


「生まれつき体が弱くって……、入退院を繰り返しているだけですよ」


「あらそう。大変ねえ」


女はつまらなそうにボールペンで手帳をつついています。おもしろいスキャンダルを探ろうと近づいて来たんでしょうけど、思惑通りにいかず苛立っているようです。新聞部か何かでしょうか。でもこんな怪しい女に情報を漏らす馬鹿はいません。私の口はますます固くなっていきます。


「飲み物はいかがですか」


いつのまにか私達の間にお盆を持った少年がいました。小間使いのように、すばしっこく講堂を動き回っていたのは視界に入っていましたが、よく見れば彼も新入生なのに忙しく働いているのは何故なのでしょう。


「あら、気が利くわね。新入生」


女はさも当然のように紙コップに飲み物を注いでもらい、口をつけましたがすぐに顔をしかめました。


「何よ……、これ、炭酸入ってるじゃない。うー、舌がビリビリする」 

 

「すみません。他にもありますけど」


「いらわいわよ。あー、もう! 何で私がこんな目に」


よほど炭酸が苦手だったのでしょう。呂律が回りません。女は髪を振り乱しながら、講堂を出ていきました。災難でしたが、助かったようです。


少年はまだ私の側に突っ立っていました。会話しないのも気詰まりですから、お礼ぐらいは言うべきだと思いました。

 

「ありがとう。助かった」


「別に君を助けたわけじゃないけど。さっきの……、灰村香澄って先輩には気をつけた方がいい。人の弱みを握って従わせようとするらしいから」


本当の話だとしたら、前途多難です。とんでもない人に目をつけられました。でも彼は別の見方を示します。


「可哀想な人だよね。きっと孤独なんだろう」


ませた考えをする奴だなと、感心したのですが、落ち着いて目を凝らしてみるとこいつの顔に見覚えがあります。


「あー!!!!!!!」


私の絶叫で、講堂にいるほぼ全員が振り向きました。

 

「思い出してくれたみたいだね。また将棋でもどう?」


はにかむように笑ったそいつは、一ヶ月前、喧嘩別れしたあの少年でした。顔が平凡だから思いだすのに時間がかかったのです。


登校初日に灰村香澄に目をつけられ、オオカミ少年との再会を果たし、本当に高校生活どうなっちゃうんだろうって不安は最高潮。


でもこの時から確実に何かが始まった気がしたのです。それはちっぽけな私の思惑を越えた大きな力のうねりのようでした。


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