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第8話 YOSHIO・ザ・サンシャイン

 常に投稿小説のことにばかり時間を割くわけにはいかない。

 新しいキーワードであるヒロインと美少女を追加した晩より数えて3日が過ぎており、今は土曜の夜となっている。

 その間、バイトの為に家を空けていた。

 泊りがけでの交通量調査。バードウォッチングのあれをカチャカチャとひたすらに押し続ける作業。

 機械のように。無の境地に達するまで。いや、生身の人間から機械人間へ到達してからこそが本番という恐ろしいバイトである。まあ、その分「え? こんなにもらえるの!?」という臨時収入になるので嫌いではない。




「やれ」

 俺は短くそう命じた。

「ドリュリュリュリュリュー、ジャジャーン♪」

 ミニチュア楽器隊によるほんの数秒の演奏が終わる。


 ……ブックマーク0人、評価0点、感想0件。

 

「ヨシキよ。変わっていないではないか!」

「短気は損気と申します。まずはアクセス解析の画面をご覧くださりませ」

 いやに自信に満ちた口調であった。まあ、叱るのはいつでも出来る。マウスをクリックした。


「おおおー」

 2日前トータル9、1日前8。そして今日は3、2、4、1、3、2など。小さな数字ではあったものの、とにかく0以外の数が刻まれている!

 素晴らしい!

 俺は思わず歓声をあげていた。

 1時間辺りのアクセスが0ではなくなっている!

 部屋中をスキップして回り、喜びのダンスを舞う。多くのモノたちも、くるりくるりとダンシング。

 と、そのさなかにふと気付く。

「何故、知っていた? 勝手にPCをいじったのか?」


「スマホでございます。カーテンのスティール殿に預けておられましたゆえ」

「スティール! 貴様勝手に!」

「Oh……」

「あいや、お待ちくだされ。スティール殿に無理強いしたのは我輩です。何故なら必要だったのです」

「それはどういうことだ?」

「新たなる策の為、でございます」

「聞こう」


「それでは我が主殿よ。ヒロイン、美少女と注目をひきそうなキーワードを追加し、3夜を過ぎた今、徐々にではございますが効果が現れております。となれば、更なる攻勢をしかけるべき時! 当然載せてしかるべき単語が、実はまだ控えてございました」


「ほう……。軍師に就任して最初の提言というわけだな」

 俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 いいのかな?

 このノリは何か間違っている気がする。ただ、連日の交通量調査で脳が茹で過ぎたお粥のようドロドロに溶けており、頭が上手くまわらない。

 更には期待に胸を膨らませている自分も確かに存在している。むしろ、こちらの想いの方が大なのかもしれない。


「いえ、私1人の考えではありませぬ。インテリジェンス鏡子殿と共に検討に検討を重ねた末にようやくたどり着けた策」


 鏡子がエヘンと言わんばかりに得意顔で大きくうなずいていた。

「新たなるキーワード。それはハーレムと転生、です」

 まるでソプラノとアルトのように2モノの声がはもっている。

「おい! いくらなんでもそれは!」

 叫んでいた。無茶というものだ。


「4日前の火曜の夜、いえ水曜の早朝に寿命の尽きた茶イコフスキー殿の主張は、かれの着眼点は、実のところ悪くは無かったのです」

「俺のミスだった、とそう言っているのか?」

「いいえ、そうではございませぬ。茶イコフスキー殿の言い様では、誰もが我が主殿と同様の思いに達したかと、そう愚考いたします」


「では確固たる理由があると?」

「考えてもみてください。芳雄と由美恵の長男芳一郎は、妻子ある身でありながら不倫をしております」

「ああ……そうだな」

「勤め先の会社の直属の部下であるOL。大阪支社の取引先の受付嬢。趣味で通ってる絵画教室で講師のバイトをしている女子大生。合計3人、妻を含めれば4人となります。これ、すなわちハーレムと言わずして何と言いましょうや!」


「ジャーンジャーンジャーン♪ パパパパァーン♪」

 ミニチュア楽器隊がビシッと足並みを揃えマーチングしながら、シンバルやラッパを高らかに奏でていた。

 他のモノたちにしても、あるモノは指笛を鳴らしている。

 この一体感。加えて祭りのようなにぎやかさ。俺は久々な気がしていた。

「お前たち……俺は嬉し」


 と、その時であった。

「ドンッドドン!」と揺れが伝わってきた。続いて「うるせーぞ! 今、何時だと思っている!」という声が部屋に轟く。


 えーとですね。今は22時過ぎですよ。などと応えるほど俺は間抜けではない。

 隣の部屋に住む隣人からの、ダイレクトかつ誤解しようもないメッセージ。

 すなわちワイルドな方の、壁ドンだった。

 ほぼ学生専用なワンルームマンションだからなあ。ベニヤ板一枚というほど安普請ではないものの、高給マンションというほどぶ厚くもない壁。


 そういえば、何故声が聞こえたのだろう。隣から声やTVの音が漏れ聞こえるほど壁は薄くない。

 なんとなく眺めていた目視線の先に答えがあった。カーテンが風に揺れている。

 ……ああ、我ながら迂闊だった。

「スティール、窓を閉めてくれ」

「イエッサー」

 窓を開けたまま夜中にトランペットの5重奏はさすがに非常識というもの。全面的に俺が悪い。今度顔を合わす機会があれば謝っておこう。


「みんな、声はともかく拍手はもう少し控えめにな。それとこの時間帯に指笛は禁止。あと、楽器隊。音を絞って演奏してくれ」

 窓を閉めたのでもう大丈夫だとは思うが一応念の為の注意をうながす。


「パフ♪」

 楽器隊は言葉をしゃべれない。いや、言語すらも楽器の音なのだ。

「分かってくれたのならそれでいい」


「軍師ヨシキよ。ハーレムについては分かった。いや、本当に良いのか? という思いがないとは言えないものの一応は納得した。しかし転生はさすがに……」


 他の多くのモノたちも俺と同じ意見なのだろう。

 転生は無理だろう、私もそう考えていますわ、などというささやき声が聞こえてくる。


「我が主殿よ。そもそも作品のテーマは何でございましょうや?」

 今更何を、と思わないでもない。けれども、軍師ヨシキの導き出すであろう解答への興味の方が上回っていた。


「魂の在り処、そしてその尊厳だ」

「その通りでございます。主人公芳雄の想念。さてさて、この想念を魂と置き換えてみれば、後継者は誰となりましょうや」

「それはもちろん次男の由二郎。長男芳一郎は不倫の件を抜きにしても様々な意味において跡継ぎとは成りえない」

「まさに、まさに。芳雄の想念を託し、次代へ繋ぐ者は由二郎。これすなわち、転じて生きる者。略して転生、でございます」


 消防署の方から来ました的な古典的悪徳商法。おばあちゃんオレだよオレ、というオレオレ詐欺。

 それらと同種の、勝手に勘違いする方が悪い理論。

 もはや詐欺に限りなく近い何かではないのか? という疑問が沸いて来る。


「誤解を受けた読者がいたとしても」

 鏡子が声を張り上げていた。

「まずは読んでもらうこと。それが大事だと思いますわ。一般的な意味においての転生とは、作中においての用法がほんの少し異なっている。それだけのことです」


 なるほど、アクセスを増やさなければその先のブックマーク、評価、感想には繋がらないということか。

 理屈は通っている。

 のかな? 多分。

「……グッジョブ! 軍師とインテリジェンスの共演。さすがのモノだ」


こうして、俺の純文学小説のキーワードには、更に新たな単語が2つ追加されることとなった。

 美少女とヒロインに続いてハーレム、転生。


 まるで釣りの撒き餌のような、そんな思いがしないではなかった。

 まあ、いっか。

 そんなことより、脳がまともに働かない。

「ターイムスリープ」

 俺は呪文を唱え、15時間の眠りにつく。大学生かつ1人暮らしにしか許されないであろう、実にふざけた睡眠時間の長さを指定した。





 TVからはカキィンと金属バットと硬球が衝突する音が流れている。次いで歓声と悲鳴、ブラスバンドの奏でる応援歌。甲子園の決勝戦が画面に映っていた。

 部屋の中はエアコンが効いており過ごしやすいものの、ドアの向こう側、たとえばトイレなどは蒸し蒸している。まるでサウナのように。

 夏が訪れていた。


 あれから。

 俺の不人気投稿小説にテコ入れを始めてから、およそ3ヶ月が経っている。


 タイトルはおよそ2ヶ月前に変更している。

”魂の巡礼者”から”YOSHIOの大冒険。転じて生きる者”へと。

 アラスジも大幅に変わっている。

 キーワードはヒーロー、冒険、アクション、美少女、ヒロイン、ハーレム、転生などなど。

 内容も大幅に軌道修正を遂げている。

 主人公芳雄は不治の病で死んでいた。だがしかし、芳雄の魂は次男由二郎の息子である翔太に転じている。悪の秘密組織ダークマスター軍団と戦うヒーロー、それが翔太こと芳雄、いやYOSHIO・ザ・サンシャイン。


 何が何だか……書き手である俺自身が分からないのだ。読む人が理解出来るはずもない。


 更新ペースも5日に1度から、1週間に1度へ。やがては更に鈍化。最後に更新をしたのは高校野球がまだ都道府県予選をやっている頃だった。

 もはや書く意欲が失せている。


 何故ならば、軍師ヨシキがもういないのだ。


 大学が夏休みに入った40日前。ゼミ合宿に参加するため俺は家を留守にした。

 数日後、帰ってきた俺の眼に飛びこんできたのは。

 テーブルの上でインクがカラカラに乾ききってしまい、物言わぬ姿と成り果てていた4色ボールーペン。

 窓から差しこむ真夏の直射日光をダイレクトに浴び続け、やがて力尽きてしまったとのことだった。

「実に楽しき、面白き生涯でございました。そう我が主殿へ伝えてくだされ」

 それがファイナルメッセージdeath、と。最期はスマイルでした、と。

 カーテンのスティールが嗚咽交じりにそう語ってくれた。



 アクセスだけは1日に10件を超えることも珍しくない。かつての、1日の合計ですら0が並んでいた日々は遠い昔。

 だが、相変わらずブックマーク、評価、感想のその全てが0のまま……。


 ウーウーとTVからサイレンが鳴り響いていた。甲子園の決勝戦がいつの間にか終わっている。


「難しいものだな。人に文章を読んでもらうというのは……」

 ポツリとそう俺は呟きを発していた。


「アハハハ」

「何がおかしい?」

 突如、姿鏡属インテリジェンス鏡子の狂したかのような笑い声が耳に届く。


「ご主人様はおバカですね。いつになったら気づくのでしょう?」

「何を、だ?」

「投稿小説の設定画面を見てくださいな」

「ストップdeathよ、ミス鏡子!」

「いいのよ、スティール。お盆はもう過ぎました。49日の忌明けにはまだ日があるけれど、日本的感覚では一区切りついたのよ。だから、もういいの」


 鏡子とスティールの会話の意味が分からない。いぶかしく思いつつ、マウスを操作して画面を確認する。

 こ、これは……。

 ポイント評価を受け付けない。感想を受け付けない。レビューを受け付けない。


「……どういうことだ」

「ヨシキがね、桜が咲いた頃に言っていたの。小・中・高と楽しかった。大学生になっても益々面白き日々が続きをみていた。彼女が出来ても俺たちとは遊んでくださっていた。でも、小説を書き始めてからのご主人様はそればかりになって。取り憑かれたかのようになって。最近は全然構ってくれないって。私もヨシキの意見には同意だったわ」

「だから、何を言っている。さっぱり要領を得ないぞ」


「我輩の寿命は既に尽きかけている。主殿に仕えて既に11年。赤、青、緑、黒の芯が同時に失われない限り大丈夫。それは確かにそうなのだが……。ロックボタンの消耗だけはどうにもならぬ。頭の固定維持が難しくなりつつある。このままでは生きながらの死、だと」

「何をふざけたことを。4色が3色になっても、いやたとえ1色になったとしてもヨシキはヨシキ。そうだろう」


「分かってあげてください。いいえ、分かっていますよね。ヨシキの、(おとこ)としての誇りを」

 銀色に光る鏡子のボディが潤んで見えた。


「だから、最期に、盛大な祭りを開きたい。皆も協力してくれないか、と。そう言って、6万字を超えたくらいの頃にヨシキが小説の設定画面をご主人様に内緒で操作していたのです。そうだったわよね、スティール」

「鏡子の言うとおりデス」


「そうか……。ヨシキを見送る宴として皆で、以前のように語り合う時間を過ごすこと。それがヨシキの望み……」

「怒らないでね」


「……許せるものか! このままでは俺の気が治まらない! 最後まで、エンディングまで書ききってやる。この迷走に迷走を重ねている作品を。否、ヨシキの趣味丸出しなヒーローアクションものを!」


 俺の純文学投稿小説は10万字をとうに超えて、既に30万字を目前に控えていた。

 ああ、分かっている。どう考えても、もはや純文学には程遠い。

 だけれど、これで良いのだ。

 書きたいものを書く。……いや、書きたかったのは純文学なのだが。

 ただし、ヨシキに引きずられていたとはいえ、最終的にGOサインを出したのは他の誰でもないこの俺。

 ならば。


 30万字を超えた先のゴールがたとえ100万字になろうとも。

 このままの設定で、ブクマ0、評価0、感想0で突き進んでやろう。それが俺のジャスティス。


 ヨシキだったモノの亡骸(なきがら)はペンケースの中で直立不動の姿勢を貫いている。微動だにしていない。

 ヒーローモノアニメのボールペン。小学4年生の春にお小遣いで買ったもの。当時流行っていた。

 ボタンの突起がカッコイイのだ。赤色は朱雀、青色は青龍、黒色は白虎、緑色は玄武。

 今思えば、何故黒が白虎なんだろうと疑問に感じないでもない。

 まあ、4色ボールペンだから。白色とか無理というものだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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