第7話 軍師ヨシキ
「鏡子以外に、他に自分の提案について確認したいモノはいるか?」
声はあがらない。まあ、そんなものかもしれない。
というか皆疲れており、更には眠いのだろう。俺にしてもそうだ。
神より授けられし、恐るべきチート能力であるタイムスリープを用いるまでもなく、布団にくるまればすぐに寝られそうだった。
まぶたがトロンと閉じがちになってきている。
「今晩はキーワードの追加について検討を終えて後、お開きとしよう。具体的な単語が思い浮かんでいるモノは言ってくれ」
「では、そのアイデアの言いだしっぺである我輩から」
4色ボールペンのヨシキがカチカチと音を鳴らしている。先端の穴より飛び出す顔をめまぐるしく変えている。
「ヒロイン、美少女というキーワードをまずは強く推します」
「おい」
思わず俺は低い声を発していた。あえて恫喝の色を多分に含ませている。だが、仕方のないことではないだろうか。
「我が主殿よ、いったい何に憤られているのでありましょうや。登場済みではありませんか、ヒロインが」
「お前、まさか。俺の純文学を、投稿小説を読んでいないのか……」
「めっそうもない。暗唱できるほどに熟読しております。何も嘘を並べ立てようというのではありません」
「では、あえて問おう。作中のどこにそんな娘が出ているんだ?」
俺の投稿小説の主な登場人物は6人。
定年退職しておよそ半年が過ぎている60歳の男が主人公。
サブ主人公は、長年連れ添った同い年の妻。
他には進学で上京したっきり東京で就職、そして地元へ帰ってくる気配の無い長男とその奥さん。同居している次男とその嫁。
後は主人公から見て、孫とか、町内の人たちとか、元会社の同僚とか。
「我が主殿はお忘れになっておられます。主人公芳雄の妻である由美恵の存在を。彼女は芳雄の高校時代のクラスメートです。2人が交際するきっかけとなったのは高校1年の夏でございました。花火大会の日に不良どもに絡まれていた由美恵を、偶然近くに居合わせていた芳雄が救ったから。そうですよね」
ゴクリ、と俺は唾を飲みこんだ。
これは……ありなのか?
うーん、どう考えてもなしだろう。
いや、しかし。しかし、だ……。
目線が異なれば、受け取り方も異なる。ないわけではない。どころかよくある話。
なろうサイトの投稿小説の感想欄でもたまに目にする。話が噛み合ってなさそうな、作者と読者のやり取り。
いちがいに否定して葬り去るのは惜しいのではないか。ふと、そんな気がしていた。
ヨシキに視線を送り、続きをうながす。
「その後、2人は芳雄の大学卒業を期に結婚へと至っております。試みに問いますが、我が主殿よ。芳雄は由美恵以外の女性と交際したことがありましょうや? 浮気をしたことがありましょうや?」
「ない、な」
別に芳雄の女遍歴を履歴書ばりに描写などしていない。何せ、登場時に60歳なのだし、そもそも作品に全くといって関係ないことだから。
ただ逆に言えば、芳雄に他の女の影をほのめかすような記述もない。
「つまり、主人公芳雄からしてみれば妻である由美恵は永遠のヒロイン。では、ありませぬか」
オーとか、なるほどーとか。そういう声が方々のモノたちから上がっている。
「加えて、由美恵は44年前にさかのぼれば間違いなく美少女。何せ、前述の不良どもに絡まれてしまった、そのそもそもの原因。それは、下校途中の由美恵の容姿に一目ぼれした他校の番長にかねてより目を付けられてしまっていたからゆえに。これほどの重要事項。キーワードとして載せぬのは、実に惜しきことかと」
パチパチパチパチと、この夜で最も盛大な拍手の嵐が夜更けのワンルームに鳴り響いていた。
「ブラーヴォ!」と叫んでいるのは……クリフという名のハンガー。
「目からウロコです!」と歓声をあげているのは……ルーズリーフの糸泉。
確かに由美恵の容姿についての記述してはいる。けれども、ほんの1行程度で軽く触れていただけなのだが……。
「アリdeathネ。ムシーロ今までキヅカナカタ、ミーの愚かさをハジテイマス」
カーテンのスティールもスマホ片手にデビルズサインを作っていた。
ヨシキはもちろん他のモノたちからも、熱を帯びた視線が俺へ一身に集まっている。
むう、これは。ひょっとして、俺の感性の方がおかしいのか?
どうやら場の雰囲気的に、俺以外は誰もヨシキの言い分に疑問を抱いていないように見える。
俺が……間違ってい……た……のか!?
乗るしかないのか、この大波に。ならば。
是非もなし!
乗りこなしてみせようではないか!
「ヨシキよ」
「ハハッ」
「お前のことを今後は軍師ヨシキと、そう呼ぼう」
「では、我が策は」
「採用だ。ただちに追加しなければならない」
ヒロインと美少女。
こうして、俺の純文学小説のキーワードには、新たな単語が2つ追加されることとなった。