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第6話 インテリジェンス鏡子

「やれ」

 俺は短くそう命じた。

「ドンドンパフパフー♪」

 ミニチュア楽器隊によるほんの数秒の演奏が終わる。


「これより第2回ポイントゲットするにはどうすればいいのか会議を開くこととする。俺が大学に行って留守にしていた間、お前たちはアイデアを考えていてくれていたことだろう。さあ、思う存分に語ってくれ」


 張りつめた空気の中、突如として異音が混ざる。ポワポワンと緊張感を欠いた音が耳へと届く。

 カーテン野郎が物凄い勢いでスマホをいじっていやがった。まるでおもちゃを与えられた子供のような。

 怒りのままに口を開……くのはよくない。少なくとも今は拙い。皆を萎縮させてしまう。ここは、誰でもが当然だと受け取れる程度の注意に留めておくべきだろう。


「スティール。スマホはマナーモードにしろ」

「Oh……。了解デス」


 ちらほらと腕が上がっている。

 いいぞ、その調子だお前たち!

 俺は昨日のちょっとした失敗から教訓を学んでいた。今日は室内の食べ物や飲み物たちを事前に全員眠らせている。

 あいつらも根は悪い奴らじゃあないんだが、どうにも考えの底が浅い。

 そもそもの寿命が短いせいなのだろうか?

 近視眼的に物事を捉えてしまう。もしくは180度間違った思考をし、暴走する傾向がある。

 

 今日こそは、実りある話し合いをしなければならない。

 何せ、あと1話分を投稿してしまえば10万字を超えてしまうのだ。ブックマーク0、評価0、感想0というトリプルスリーの称号だけは何としてでも阻止しなければならない。


 最初の発言を担うモノの役割はとてつもなく重要だ。

 誰を指名するのか、ここを誤ってしまうわけにはいかない。

 勢いなら、カッターナイフの切れ蔵(きれぞう)。奴しかいない。

 だが、奴は自らの出血を厭わない男。何せ、刃に切れ込みが入っている。切れ味が鈍くなればポキンと折って再生を果たす。……ダメだ、今日の1番手には向いていない。


 ここは、確実な一手を打つべき。

 誰にするべきか。

 やはりここは、堅実性を重視。1つの身体に4つの頭を持つモノ。あいつこそが相応しい。


「よし、まずはヨシキからだ。言ってみろ! 全てのモノの先頭に立ち、道、切り開く勇者よ!」

 声を張り上げる。少々大げさなのは自分でも分かっている。

ボールペンの4色(ヨシキ)ならば、きっと期待に応えてくれるはず。


 昨日のミスを繰り返してはならない。

 とっさにポテチ兄弟を食べてしまったのは横暴ではない、当然のこと。

 なのだが、モノたちへの配慮をやや欠いていたのかもしれない。

 今日こそは、たとえそれがどれほどのバカ意見であろうと、とにかく誉めてしまおう。

 そうすればヨシキに続けとばかりに意見続出。やがては積極的なディスカッションが始まるに違いない。

 フッ、完璧な計算。


「我に良き思案がございます。キーワードを追加するというのはいかがでしょう?」


 モノたちがざわめいてはいるものの空気が……まだ硬い。

 パチ、パチ、パチ。

 ヨシキにうなずきを返しながら拍手をする。やがて、ぱらぱらとではあったものの賛同の拍手が増えていく。


「素晴らしい! さすがはヨシキ!」


 正直なところ、大したアイデアでもなんでもない。まあ、一番手としてはこんなもんだろう。

 場の空気をあたためることこそが最優先。


「他のモノの話も聞こう。次は……」

「ハイっ!」


 いいぞ、やるじゃないか!

 腕上げと声出しのタイミングがパーフェクトだった。言うなれば阿吽の呼吸、ツーと言えばカー。

 見事に空気を読んでいる。さすがは俺の頭に触れることを許されしモノ。

「サブロー君! 期待しているぞ!」

 櫛のサブローは、俺の激励を聞いて興奮している様子だった。頬へ血をのぼらせ赤らめている。櫛=九四、かければ三六。ゆえに、サブロー。


「この際です。タイトルを思い切って変えてみるのはどうでしょうか?」


「バ……」

 カ野郎という言葉を飲み込む。頭ごなしに否定してはならない。まだモノたちの緊張はほぐれきってはいない。

 今は誉めること、盛り上げること、煽ること。ただひたすらにそれのみが大事。


「バ……ッドではない。なるほどなあ、奇抜にして斬新な発想。エクセレントだ!」


「はあい!」

 ボックスティッシュがひらりひらりと揺れている。

「花子か、お前の繊細な心配りにはいつも感謝している。特にこの季節、春は花粉症で苦しむモノも多いからな! もちろん、俺もだ。それで、どのような提案を聞かせてくれるのだろう? 心優しき乙女よ」

「お褒めの言葉、ありがとうございます! 私の提案はアラスジについてです。今のままでも悪くはないとは思っていますけれど。もう一手間を加えてみませんか?」


「ふむ、読者の興味をひきやすくするというわけだな。基本であり、そしておろそかにしてはならない。実に良い、見識だ」


 拍手をする。今度は間を置かず、パチパチと音がかぶさっていく。やがては部屋中のほとんどのモノたちから。


「ドンドコドンドコドンドコ♪」

 ミニチュア楽器隊の打楽器組がリズミカルなBGMを響かせている。


 熱気が、大波(ビッグウェーブ)が押し寄せてきている。それが分かった。

 まるで堰を切ったかのよう。

 我も我もとハイ! ハイ! ハイ! ハイ! と意見がひきもきらない。


 以降は喧々諤々(けんけんがくがく)。あーでもない、こーでもないと皆が参加しての議論が白熱していった。


 しばらく後。

 さすがに疲れてきたなあ、と時計へふと目をやれば23時をいくらかまわっている。なんと2時間近くも経っていた。

 楽しい時間は過ぎるのが早い。


「OK。お前たち、やれば出来るじゃないか! よく考えてくれた! 俺は嬉しく思う!」

 モノたちが照れたように頭をぽりぽりとかいている。


「とりあえず、まとめてみようか。即時採用はキーワード追加だな。次いでアラスジ修正。三番手としては、これは決定したわけではないがタイトル変更も考慮すべきかもしれない。なお、今取り上げなかったアイデアの中にもみるべきものはある。おいおい、検討していこうではないか」


 パチパチパチパチと拍手が重なり合いながら鳴っている。


「あのー」

「ん? なんだ? 鏡子」


 鏡属のインテリジェンス鏡子がシルバー加工されている表面をきらりと反射させていた。


「いったん全話削除後に1話から再掲載という私の提言を、ひょっとしてお忘れなのではないでしょうか? 10万字問題を当面は回避出来ます。即効性バツグンではありませんか?」

「残念ではあるが却下だ。俺は卑怯者になるくらいならば、不人気投稿者のままでいい」


「え!? そんなあ……。もしかするとなのですが、1話を分割しまくって投稿回数の水増しも、でしょうか?」

「駄目、だろうな。話の区切りでもないのに、もしくは大して文字数も多くないのに分割など読者を舐めきっている」


「まさか……まさかとは思うのですけれど。ジャンル詐欺……もといジャンル移動も不採用なのでしょうか?」

「それか。さすがは鏡子、インテリジェンスの二つ名は伊達ではないな。実に鋭い着眼点。とはいえ、さすがにファンタジーや恋愛への移動は無理というもの。しかしながら詐……ではなく、移動そのものについての可否の判断はすぐに下せるものではない。保留としたい。再検討課題とする」


 知恵が働くのは悪いことではないのだが、どうにも手段を選ばないという傾向が鏡子にはある。


 話し合いの途中にも、複……いや、書くだけで文字が穢れてしまいそうだ。コ……言葉にするのも汚らわしい……。パ……バカか! という声を咄嗟に飲み込んだ自分を自分で誉めてやりたくなる。

 そんなことをしてまで投稿することにどんな意味があんの? 的な糞にしてゲスなシロモノを平気な顔をして提案していた。

 俺はもとより、他のモノたちもドン引きである。

 俺がどうこうと口を出す以前に、鏡子以外のモノたちにより満場一致でソッコー不採用に追いやられていた。


 今回のミッションには、投稿小説の件では、鏡子の知恵はこれっぽっちも役に立ちそうにはない。

 高校1年生の頃からの付き合いなのだが、たとえばテストの山張りにおいては他のモノたちの追随を許さない。

 他にも牛乳の賞味期限が近づいていますよだとか、明日は燃えないゴミの日ですよだとか、細かい点にも気が付く。

 基本スペックは実に優秀。とはいえ、モノにも向き不向きはあるということなのだろう。


 ちなみに、ジャンル移動に関してはやっちゃあいけないだろう、と俺は心の中においてとうに結論付けてはいる。

 だがしかし、全ての鏡子案を即日不採用にしてしまえば、彼女のモチベーションがいちじるしく下がってしまう。

 旧名竜馬子……今は眠ったままのポスターと違い、忘れるということは鏡子に限っては考えられない。

 1つだけ、唯一保留――実質的には100%却下で決定済みなのだが――という形で取り繕ってもいいだろうと、俺の心が妥協出来そうなのがジャンル詐欺だった。


 男モノならば、大勢の中で全ての意見を否定しても恐らくは問題ない。

 だが、女モノの扱いはなかなかに注意が必要だったりする。

 まあ、性別による区分は大雑把な目安に過ぎず、結局のところモノ次第なのだが。


 鏡属の前代表ミララン嬢は、俺がその点をおざなりにしたせいで壊れてしまった。ある日、学校から帰宅すると、ひび割れて砕けていた。

 あれはとても悲しい出来事だった。

 同じ過ちを繰り返してはならない。


 こう見えて、なかなかに気を使っているのだ。俺というやつは。


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