第4話 death!
ああでもない、こうでもないと悩んでいる時間は嫌いじゃあない。時が過ぎるのはあっという間だ。
「もう10時をまわってるよ。そろそろ出かける準備をしないとネ! 遅刻しちゃうぞ」
ポスターが語りかけてくる。甘えを帯びた優しい声で。
俺の好きなアイドルの……声だけ。顔は違うし、ボディも異なる。
何故かといえば、付き合っている同じサークル所属の彼女がマイルームへ遊びに来ることがあるからだ。
アイドルのポスターをその都度剥がすわけにはいかない。ポスターに一度命を与えてしまえば”壁から剥がす=死”となる。それが常識だ。
ファンとしてはその様な振る舞いなど断じて許されない行為。その罪の重さといったら、まさに万死に値する。
おっさんのポスターとかならどうでもいいのかもしれない。
初めて彼女を部屋に招くこととなった前日の夜、俺は悩みに悩んだものだ。
そして思案の末に、エクセレントな閃きを得る。
そうだ、とりあえず上に重ねて貼れば隠し通せるのではないだろうか、と。
何かないか? と探した末に押入れのダンボールから見つけ出したのは、坂本竜馬のポスターだった。高校の修学旅行先の高知でなんとなく買って以来、ずっと筒状に丸まったままの。
「随分と待ったぜよ」
第一声は確かそんな言葉を発していたと覚えている。
まあ、高知県の人だしね。バリバリな土佐弁なのはこの際仕方がない。
静かにしていてくれないかと頼んだのだが、このモノはなんたることか俺の言うことを聞きやしなかった。
「いかんぜよ」「おんしゃー、何者ぞ?」「ニッポンの夜明けぜよ」とかうるさいのなんの。
なのでソッコー能力を用いて永遠の眠りについてもらった。
一件落着と思いきや、事件は彼女が帰ってから発生してしまう。
壁から剥がれなくなっていたのだ。おっさん……ではなく坂本竜馬が。
重ね貼りは、禁忌だったらしい。知らなかったとはいえ、一体化してしまっていた。
以来、アイドル声な坂本竜馬のポスターが俺の部屋の壁には貼られている。
男の娘……なんて趣味じゃない。
タマタマ付いてるじゃん。出来ることなら俺は二人まとめて成仏させたい。
だがしかし「私を殺しちゃうの?」と大好きなアイドルの声で嗚咽まじりに嘆かれては、強制執行は無理な話というものである。
そんな事情があり、ポスター竜馬子は俺の部屋におよそ2年少々居ついている。
「今日は自主休講にしよう。面倒くさいし、投稿小説の件も大事だからなあ」
「それいいかもー。フランス語なんて、しゃべれなくても全然平気だよ!」
「あ! フラ語は無理だ。サボるわけにはいかない」
会話をする時はポスターを、竜馬子を直視さえしなければいいのだ。声だけを耳にしている限り、坂本竜馬ではない。心の眼で見れば、好きなアイドルとの言葉のキャッチボールなのだ。
着替えを済ませ、玄関へと向かう。
とはいえ、ワンルーム。部屋も玄関も一緒くたのようなものだけど。
絶対にサボれない、負けられない戦いがある。第2外国語がそれだ。
3年生で受講している時点でかなり恥ずかしいというのに。
もしも4年次でも履修、となればヤバイどころの話ではなくなる。
「ああ、そうそう」
俺は鍵をガチャリと開けながら後ろを振り返る。
「今晩、第2回ポイントゲットするにはどうすればいいのか会議を開こうと思う。帰ってくるまでに、皆もよく考えておくように」
とたんに、部屋中のモノたちがざわめいている。
「自分のコトデスヨー。アンダースタン? 他人任せはヨクナイネー」
スティールの声だった。
分かりやすく言うと、カーテンが揺れていた。
何故、スティールかというと米国製のカーテンだからだ。
もう少し詳しく説明すると、アメリカ&カーテンという2つの単語で連想するものといえばスティールカーテンだからだ。
なお、スティールカーテンの由来が分かるのは日本で多分数千人くらいはいるはずの、アメリカ4大スポーツの1つNFLファンだけだろう。
言わずもがなかも知れないが、部屋の窓を覆っているのは布製のカーテンだ。
スティールという名前だが、鉄や鋼で出来ているわけではない。
危ない危ない。窓を開けっ放しで外出するところだった。
靴を脱ぎ部屋の中へと戻っていく。
カーテンことスティールの喉が鳴っている。ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「ん? どうした。風で揺れていた。ただ、それだけのことだろう?」
窓に手を伸ばしながら、そう語りかける。
「ソ、ソウネー」
俺は暴君ではない。誰もかれもをむやみやたらと処分したりなどはしない。
むしろどちらかと言えば、慈悲の心を持つ仁の人である。
もっとも、ポテチや板チョコと比べてカーテンは値段が高い、という現実的な問題が存在している点を忘れるわけにはいかない。
賞味期限? というか実用耐久年も長そうだし。
「俺が留守にする間の責任モノを指名していなかったな。スティール、今日はお前にしよう。それとこの窓は全部閉めないでおく。春のそよ風を受けながらアイデアをひねっておいてくれ。そもそもここは5階だし。窓を開けっぱでも泥棒とかは入らないだろう。んじゃ、行ってくる」
再び、玄関へと向かうべく180度くるりと回りかけていた時だった。スティールが叫んでいた。
「ヒラメdeath!」
「ん? どうした?」
USA育ちだからだろうか。スティールは時々おかしな日本語を話す。この場合、魚のヒラメではないし死んでもいない。閃いた、という翻訳が正解となる。
「ツブヤイターdeath!」
スティールは右腕を掲げて、デビルズサインを出していた。
人差し指と小指が立っている。中指と薬指を折りたたみ、そこへ親指を添えている。
「おいおい、ヘヴィメタルについてお前と語らっている時間なんて今はないんだぞ。そもそもdeathじゃない、殺してどうする。語尾に付けるのは、です、だ。いや……」
スティールと俺の、目と目が合った。
「Death!」
「そうか! ツブヤイターで宣伝すれば、と。そう言っているのだな!」
俺も右腕を突き出し、デビルズサインを作った。
ちなみに、親指は必ず中指側に添えておかなければならない。親指を立てたままの3つ指ポーズだと、所によっては愛してるのサインになるからだ。
俺にホモっ気は全くない。
「採用death!」
「Yeah!」
スティールの雄叫びを背にしながら玄関のドアを勢いよくバタリと閉める。鍵をガチャリとかけるやいなや、俺は足取りも軽く駆け出していった。
大学へ少しでも早く着くべく。
昨日の夕方以降、電池切れで使えなくなっているままのスマホ。
こいつを少しでも早く再召還したいが為に。ツブヤイターでつぶやく為に。
それには、電気というエネルギーを与えればならない。




